第25話 聞かせられない類の話題
「……この槍は言うなれば、道教や神道で使用される『御札』の記憶容量を増やしつつ何度でも再利用できるようにしたアーティファクトと言える。まぁ、『再利用』の部分はミスターソヨギのチートスキルに頼っているから槍単体に関しては『作るのに手間の掛かる御札』程度でしかないけどね」
今回の『八王子Deep攻略』に際して幾度か行われたWEB会議でソヨギ用に作っているという槍に関してトラヴィスはそんな風に説明した。
「古く遡れば石碑に刻まれたルーン文字など、物に術式を書き込んで道具に魔術的効果を付与する技術は多用されてきた。アイビーやオリザが使うパワードスーツなどにもそう言った加工が施されている。この効用は言うまでもなく術式構築の省略だね。本来、術式を一瞬で構築しようと思えば、術式が自身の一部になる程に深く理解し習得するか、それが可能なアーティファクトに魔力を込めるしかない――ああ、無論オリザのチートスキルは超例外だよ?――。
御札はこのアーティファクトの使い捨て版。術式が掛かれた御札を魔力で爆熱させることで、一度だけ簡易的にそれなりに出力の大きい魔法を行使できる。魔力さえあれば使用者に適性の無い魔法も行使出来るし、威力も継続利用前提のアーティファクトをよりも強力。ただし、使い捨て。……この御札を何度でも再利用出来れば便利なんじゃないかっていうのがいま造っている槍なんだ。術式を刻み付けた槍に魔力を注ぎ込んで効果を発現させる。もちろん槍はその時点で駄目になってしまうけどそこでソヨギのチートスキルの出番さ。槍は瞬く間に再生されてソヨギの手元に戻る。しかも槍に記述された術式も元に戻る。槍の形状も凝らない。表面積を広くするために出来るだけ複雑かつ規則性のある形状にしたいね……」
グングニルに任命(アサイン)したその星の連なる槍をトラヴィスに渡す。トラヴィスは槍を眼前に掲げ、槍の全長をしげしげと眺める。
「驚くほどなにも感じない。ただの槍だね」
むしろ感心した様子で呟くトラヴィス。
「オリザの動画で、一突きで霊体を浄化させたと訊いていたから多少は大神由来の魔力を帯びているんじゃないかと思っていたけど、本当に何もない」
「……そもそもチートスキルとはそういうものではなくて? 魔力や物理的な力を介さずなにかを成す超能力ではないのかしら?」
訝し気に意見を口にするアイビー。
「それにしてもなにも無いから驚いているんだ。槍がグングニルに任命されることで魔力を帯びるチートスキルだと予想してたんだけどね」
「……例えば神社の鳥居や十字架とか、なんの含みも無しに描いた図形に周囲は特別な意味付けをしてしまう。牧村さんの槍の神威もそういう類のものなんじゃないでしょうか?」
シズは抑揚の無い口調で意見を言うと(というか、トラヴィスとアイビーの翻訳AIの喋り方に抑揚があり過ぎる)、トラヴィスは「なるほど、もっとも原始的な魔術のひとつ、とも言えるのか」と納得したように頷く。
「いや、マジでオレが勝手に『グングニル』って呼んでるだけだし、そんな大きな影響あんのかな……」
真剣に槍を凝視したり触ったりするダンジョン探索トッププロの3人の様子に気圧されながらこっそり呟くソヨギ、オリザとジンジは、小さく苦笑いを返した。
トラヴィスは、槍をテーブルに置き、パイプ椅子に腰掛け、どこからともなくノートパソコンを取り出した。
「想像以上にグングニルやオーディンの魔力の影響は無さそうだからね、術式の組み直しが必要かな。そのあと術式の記入を使い魔にさせるから……、一時間半は掛かりそうだね。その間、みんなには探索の準備を始めておいて欲しい」
トラヴィスが槍に加工を施している間、パワードスーツに着替えたソヨギは、自衛隊などが展開する運動場の片隅で、金網フェンスに向かって槍投げの練習をしていた。
念願の、モーター駆動式パワードスーツである。
まぁ私物ではなくトラヴィスサイドから貸し出された装備であるが。今回の貸し出しの申し出に対してはちゃんと二つ返事で受け入れた。というか、今回の『攻略』に関しては予想される事態が危険過ぎて生身で挑む選択肢が無かった。
パワードスーツの使用自体は前以て、愛知にある大型ミリタリーショップで試着体験で予習をしてきたが、いま行っているのは、トラヴィスが準備している槍の予備を用いた投擲練習である。
飛来した槍がぶつかると、金網は波立つように揺れる甲高い金属音を響かせながら槍を弾く。モーター駆動の全身の軽さを確かめるために小走りで金網フェンスに近寄り、槍を拾い上げる。
……普通に槍として運用すればあっという間にへし折れるような代物である。星形のブロックを並べて重ねた部分が簡単な溶接が施されているだけであまりにも脆過ぎる。というか、現時点で少し曲がっている。金網フェンスに向かって投げているだけでそのうちぽっきり折れてしまうだろうとは思う。
ただ、これをこれから使用する場面は、槍を突いたり投げたりするような古代の戦場ではない。壊れてもすぐ修復されるのが前提の魔法とチートスキルの現場なので、道具自体の強度は割と度外視されているのだろう。
「……やっぱり、投擲フォームちゃんと綺麗ですよね」
投げた槍を拾い、体育館の入り口まで戻ろうとするソヨギに、大轟寺シズが話し掛ける。
「そう? ありがと」
「元陸上部でしたよね。槍投げより走り高跳びの方が得意だったとかどこかで聞いたことがあります」
「あはは、そうだね……。グングニル・アサイン」
照れ笑い半笑いを止め、ソヨギがキメ顔でそう呟くと、星形図形の連なりの辺りで曲がっていた槍の先端が持ち上がるように真っ直ぐに戻った。その際、シズは何故か一瞬肩を震わせて驚いた。
「……あ、そっか。それがいまの『グングニル』なんですね?」
「ん?」
「いや、いまトラヴィスさんが槍に術式書き込んでる最中なのにチートスキル使ったらトラヴィスさんの手元から飛んできちゃうじゃんって思って」
「あはは、これは練習用の予備の方。一旦こっちの方に任命し直してるんだ」
「そういうことですよね。ちょっとびっくりしました」
照れ笑いをするシズ。……シズもソヨギ同様に私服からパワードスーツに着替えていた。ソヨギと違う点は、パワードスーツの上から白い外套を羽織っている所だ。魔法使い専用の装備で、魔法構築の際、魔力の拡散を防ぎ効率良く魔法を行使出来るようにするためのものらしい。見た目的にも魔法使いらしくなって中々凛々しい。
「あーそうだ牧村さん……」
「なに?」
シズは恐る恐るという感じで話し掛けてきた。
「前々から訊くべきかどうかずっと悩んでたんですが……」
「うん?」
「牧村さん、オリザ先輩と付き合ってるの?」
「はいぃ!?」
全く予想外の不意の質問に、ソヨギは素っ頓狂な声で声を上げてしまった。遠くで作業している自衛官数人がソヨギに視線を向けてきたので、ソヨギはバツの悪そうな顔で目を伏せた。
「……いや、一応確認したくて。もし付き合ってるなら、そういう前提で二人に関わらないと、なんか拙いことやっちゃう可能性が有るじゃないですか?」
言い訳がましく取り繕うシズだけど、喋り方の感じからソヨギのリアクションを楽しんでいるらしいのが感じ取れた。感情の起伏が表面上あまり無いように見える青年だが、実際割と情緒豊からしいことは先日幾度か行われたWEB会議でなんとなくわかっていた。
「いや、あはははは、付き合ってないです」
ソヨギは返答する。
「……そうっすか?」
「いや、むしろ何を見て付き合ってるように見えたの?」
「あー、なんか、空気感が……、妙に打ち解けてる感じがするんですよ……」
「えぇ……、普通だよ。幼馴染の延長だし」
「幼馴染……」
すげぇ釈然としてなさそうなシズの眼差しである。
「てか割と、灯藤さんが男の人、というか他人に対して積極的な感じって、誰に対してもじゃない?」
「あーはい……。いや、そーなんですけど、牧村さんに対しての場合、やっぱちょっと違うんですよ」
シズは一度素早く背後に視線を向ける。恐らくオリザの不在を確認したのだろう。恐らく、彼女はまだ着替え中だ。
「オリザ先輩の異性に対して打ち解けてる感じって、こう……、意識的に最適解を選んでる感じなんですよ。自分と相手の距離感を最初に定めてそこから意識的に変えないようにしてるけど、オリザ先輩の場合その所定の距離感がなんか近い位置に設定されてるから、最初から打ち解けてくれてるように誤認しちゃうんですよ」
「……ほう」
神妙に頷くソヨギ。ただ、オリザが異性と接する姿を客観的に眺めたサンプルケースが、山野辺ジンジと義山厳太郎と目の前の大轟寺シズしかない。あと一応トラヴィス・フィビスか。あとは動画配信内でオリザが異性と会話している姿ぐらい?
……こう思い返すとまあまあサンプルケースがあるな。
そのサンプルいずれにおいてもオリザは積極的に相手と会話しており、陽キャ全開だなぁ、と内心感心していたのだが。
「多分、オリザ先輩本人からすれば打ち解けようとしてるんだと思うんですけど、相手を見てるって言うよりか、間合いを詰めつつ自分の型に嵌める、みたいな対人を基本にしてる感じなんですよね、客観的には」
スゲェ踏み込んだ話をブっ込んで来るな……。ソヨギも思わず周囲を見渡して安全確認をしたくなった。よし、周囲にオリザ及びその関係者は居ない。
「でもそれ、オレに対しても同じじゃない?」
「あー……、牧村さんに対しては多分ちょっと違うんですよ。自然体と言うか、取り繕ってない緩い感じで接して」
「……それはオレもちょっと感じるときはあるよ」
ぶっちゃけて危険な話題を披露してくれたなら、それに答えなければならないのは礼儀かもしれない。
「ただそこで勘違いしちゃうと距離感間違えちゃうと取り返しが付かないことになりそうだから理性で無理矢理想像力を昂らせないようにしてる部分はあるよ」
「あー、それ凄いわかります」
ちょっと目を見開きながら同意するシズ。割と珍しいハッキリとした表情の変化である。
「あのルックスで気さくに距離詰めてくるのほぼ暴力ですよ、間違い無く。ちゃんとビジネス感出してきてくれてるのに面と向かった男共は高確率で不具合を起こします」
……そんなに?
「ただオリザ先輩の油断した態度もそうなんですけど、牧村さんがあんまり照れずに自然に接してるのも付き合ってる感に拍車を掛けるんですよ」
「いや、うん、だからそれが、『幼馴染の距離感』っやつなんじゃないかな?」
「はぁ……」
ソヨギが『幼馴染』という単語を持ち出す度にシズは胡散臭そうな表情でソヨギを見る。都合の良い言い訳を咎めるみたいな眼差しで。
「てかシズくんは灯藤さん相手に照れたりするの?」
「照れではないですけど、緊張して身構えますね。特に裏の無い好意を真に受け過ぎないようにしないように」
「んー。オレはトラヴィスさんやアイビーさんと話する方がよっぽど緊張するけどね……」
「あの二人相手に感じる緊張感とオリザ先輩に感じるそれは全然質感が違うじゃないですか?」
「それはそうか……。シズくんあの二人に対しては全然緊張してないように見える」
「あの二人に対しては……、仕事って共通の話題がありますからそれに関するやり取りなら別に緊張することは無いですよ」
「へぇ……」
……それは、仕事がデキる人間だから至れる感覚である。そんな指摘絶対にしないけど。
大轟寺シズが今回の『八王子Deep攻略』に参加したのはソヨギやオリザよりも早い時期からだ。八王子Deep最深部におけるトラヴィスがデザインした攻略法(チャート)とシズの魔法の相性が良いことから、トラヴィスが八王子攻略を準備している最初期から打診があったらしい。
「特にトラヴィスさんは、必要なことも必要無いことも自分から次々話してくれるタイプの人ですからね、慣れてくると逆に楽ですらありますよ」
「あー、それはよくわかる……」
「あとまぁ、仕事の話が終わればそこでWEB会議終了ですし。喋り方はあんなですけど、両方とも非常にビジネスライクで助かりますね」
「二人とも多忙だろうしね……」
その後、二人はトラヴィスの長話エピソードやお嬢様翻訳を使いながら配信する動画が日本語圏でウケてアイビーが少し味を占めてるみたいな本人達の前では出来ない話題で少し盛り上がった。
ソヨギは内心、巧くオリザの話から話題が逸らせたのにホッとしていた。
自分がオリザに対してどうしたいのか、正直できるだけ結論を急ぎたくない話題ではあるのだ。何を決断するにもとりあえず覚悟が足りていない。
いやそもそも、いま目の前に鎮座している『八王子Deep攻略』こそが何よりの懸念材料で頭がいっぱいなのだ……。
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