第24話  アメリカから来た探索者




 一見、ただただ民家が並ぶだけに見えた八王子の街並みだが、途中、明らかに人の気配が無くなる。


 街並みも少々異様で、取り壊される途中の建造物や、鉄製の足場や防音シートで覆われている建物がやけに多い。


「この辺は元々、ダンジョンから流出したモンスターが活動していた地域だからね」

 景色の様子の変化についてジンジが説明する。


「周辺に流出したモンスターが駆逐されて『八王子Deep』の上層階が『攻略』されるまではこの辺は避難区域だったんだ」

「なるほど……、再開発が始まったのは最近なんですね」

「そう。でも本格的に人の手が入り始めたのは本当にこの数か月前からだよ」

「……トラヴィスさんが『八王子Deep』攻略着手を発表した辺りからですか」

「そういうことだね。

 あ、見えてきたよ……」


 ジンジが視線で進行方向の先を示す。


 道路の傍に、詰所のようなプレハブ小屋が設置されており、複数名の自衛隊員が駐屯している。道路とプレハブ小屋の両サイドには金網の高いフェンスが伸び、ここから先が人間社会から隔絶された場所であることを示す。『八王子Deep』の監視所である。


 詰所の傍で静止され停車したワンボックスカーに、自衛隊員が一人運転先まで駆け寄って来る。ジンジは窓を開け通行証らしいカードを見せると自衛隊員はすぐさま離れ、そのまま道を通された。


 監視所に隔てられた先の風景は、先程までの風景とはまた様相を変化させていた。


 監視所を通り過ぎる目前までの風景は解体作業・建設作業・改修作業が多数並走する街並みで、人の営みのポジティブさが感じられた。しかし監視所を超えた先の街並みには『戦場の風景』を思わせるささくれた空気感に満ちていた。人の気配がしないのもそうなのだが、半壊した建物がそのまま放置されていてアスファルトの道も所々ひび割れている。この区域は明らかに人の手が入っていない。

 地下迷宮無秩序形成現象が起きてから数十年、ずっと放置されてきた廃墟群なのだ。


 四人を乗せたワンボックスカーはそのまましばらく廃墟群を進み、低いコンクリートの壁とフェンスに囲まれた建物に行き着く、明らかにかつて学校だった施設だ。校庭に直結する門から、学校内に乗り入れる。


 学校の校庭内は殆ど基地のような様相になっていた。迷彩柄のテントが立ち並び、軍用車だと思われるホロ付きトラックやジープや何らかの特殊車両が何両も停めてある。迷彩服姿の人物もまばらに作業しており、校内に入ったワンボックスカーにその内の一人が小走りで近付き、軍用車両が停めてある場所の隣に停車するように誘導された。


 駐車のためほぼ基地と化した学校の校庭を走行している間、ソヨギは車の窓越しに、その姿を見た。


 軍用車が停めてある反対側の区画に、民家ほどの高さの土の盛り上がりがある。

 その盛り上がりは校庭の半分弱の面積を占有し、塀やフェンスを破壊し学校の外の道路や民家も地面から突き上げていた。


 そして盛り上がりの下には空洞。学校の校庭には本来あり得ない急なスロープを形成して緩やかに地中へと続く道を示していた。


 『八王子Deep』の入り口である。


 ワンボックスカーを停車し、降りる4人。そのあとジンジを先頭に取り敢えず体育館を目指す。


 徒歩での移動中、ソヨギはまたちらりと校庭の反対側のダンジョンの入り口に目を遣る。


 隣に立つ校舎と同じくらいのサイズのスコップで校舎に対して垂直に地面を抉り取ったような大穴が周囲を飲み込むように鎮座している。

 ダンジョン化の効果なのか、抉り取られた土がカマクラの雪の屋根のように盛り上がり巨大な屋根を形成していた。見慣れた人類の建造物と並立して異様な土の山が聳え立っている様子はソヨギの常識感を狂わせるちぐはぐさがあった。


 その土の屋根で覆われた穴の奥からは仄かにだが淡い白色の光が漏れ出ていた。設置された照明による光だと思われる。『八王子Deep』の攻略進捗率は現在90%程度。ダンジョン内部にはもうかなり手が加えられているとのことだ。






 体育館に入るとやはりそこも基地としてカスタマイズされており、バスケットコートやバレーコートのラインが描かれた床にはパソコンやら書類を広げたテーブルが並べられ、端には何らかの精密機器やら資材が詰め込まれている。


 一行の元に迷彩服ではない普段着姿の人物が現れ、体育館の端にある幕で仕切られた区画を指し示す。この人物は恐らく自衛官ではなく、今回の動画配信のためのスタッフだろう。


 幕に覆われた区画に進んでいくと、会議室のように並べられたテーブルとパイプ椅子があり、すでに2人の人物が着席していた。


「おお、よく来てくれたね!」


 上座に座っていた人物、白人男性が立ち上がりにこやかな顔で大袈裟に両手を広げソヨギ達に近付いてきた。そしておもむろに片手を差し出し、一団の先頭に居たシズと握手をした。


「ダンジョン攻略に参加する機会を頂き、ありがとうございます」

 シズに引き続きオリザも握手。

「こちらこそ光栄だよ。キミの武勇伝のイチページに名を連ねる機会を得られたんだからね」


 甘いマスクで返答するこの人物の名はトラヴィス・フィビス。一応、今回配信に参加するダンジョン探索配信者の一人としてこの場に居るわけだけれど、他のメンバーとは明らかに一線を隔する経歴である。


 そもそもトラヴィスはアメリカのアーティファクトテクノロジー系企業を一代で立ち上げた経営者である。彼の企業はトラヴィス自身の研究も含め、奇光石から抽出した魔力を様々なエネルギーや他の魔法の触媒に変換する技術に関する特許を複数所有している。魔力変換魔術のエキスパートでもあり経営者でもありダンジョン探索者という、その経歴の中からダンジョン探索者は外しても良いんじゃないかと思わなくはない人物なのだが、そもそも彼の魔法使いとしてのルーツが学生時代に地元で行っていたダンジョン探索らしく、仲間達とダンジョンから拾ってきた奇光石の欠片でジャンク品のアーティファクトを稼働させようと四苦八苦した末に生み出した技術が彼の技術力のバックグラウンドらしいので、40歳を目前にした今でもダンジョン探索をライフワークと捉えているとのこと。


「初めましてミスターソヨギ。キミのチートスキルは素晴らしいインスピレーションを与えてくれたよ」

「え、あ、ああ……、ど、どもです……」

 そして流れるようにソヨギにも握手を求めるトラヴィス。何か気の利いたことを返そうとしたソヨギだが即座に頭の中が真っ白になってしまったのでたどたどしい発声が辛うじて成功しただけになってしまった。


 トラヴィスの服装は、スラックスに仕立ての良いジャケットをシャツの上から羽織っているいかにも若手実業家然としたスタイル。自己管理をしっかりやっているのが察せられるスマートな体格で金髪をオールバックにしている。整った顔立ちににこやかな笑みを浮かべているのだが、どうもなにか胡散臭い印象をこちらに与えてくる。彼が話す英語を日本語に翻訳しているAIの音声チョイスが何故か『スパイ映画に出てくる、世界を牛耳ろうとしている悪い実業家』みたいな過度に自信ありげでいちいち含みがありそうな怪しさを醸し出しているからだ。ただ申し訳無いけど、トラヴィスの雰囲気とあまりにもマッチしている喋り方なので、ソヨギからは何も言わないと心に決めていた。パーフェクトな組み合わせである。


「よろしくお願いしますわ、ミスターソヨギ」


 そしてもう一人、非常に優雅な口調で握手を求めてくる黒人女性。


 彼女の名はアイビー・エヴァン。こちらもトラヴィスとは別のベクトルで凄まじい経歴の持ち主である。

 元々レスリングの世界的な選手だった彼女は二十代後半でのレスリング引退後、心機一転ダンジョン探索者として活動するようになった。

 彼女の探索時の戦闘スタイルはパワードスーツを着込み鈍器や刃物を振るう近接戦闘特化。アイビー自身も魔術の才があり、魔力を込めたパワードスーツや近接武器で運動性や攻撃力をブーストしつつモンスターの中に飛び込んでいく様子は鬼気迫るものがある。複数の兵器会社や魔術関連企業がスポンサーに付いており、それらの企業のテスターや広告塔としても有名だ。


「わぁ、手汗が大変なことになってらっしゃいますわね! ごめんなさい、ちょっと驚いてしまいましたわ」

 ソヨギと握手した直後、アイビーは目を丸くしながら手の平を開閉する。


 ……元プロスポーツ選手で今も鍛えているらしいアイビーは(いまは上下とも長袖のフリースのスポーツウェアを着ているから見て取れないが)筋肉質でありつつも背が高くしなやかな体付きをしており、シャープでクールビューティー然とした顔立ちもあり非常に近寄りがたい美しさを有しているが、そのワイルドな美しさと冗談みたいに丁寧なお嬢様言葉が絶妙にマッチしていない。……どうも、彼女が自らの好みでチョイスしている翻訳AIの学習データが明らかに特異な偏りを示しているのが所以らしい。この翻訳AIを利用している理由をアイビーに尋ねたところ「声の響きが優美だから」という回答を得られたが、翻訳される直前のアイビー自身の発生から「……cool」という単語が聴こえてきたのがソヨギの中では未だに引っ掛かっている。  

 『cool』を『優美』と翻訳してしまうのは正しいのか? そんな疑問が脳裏をチラつくが、アイビー自身がお嬢様口調を『cool』だと思っているならそこに口出しするのは間違い無く野暮である。口出ししないと心に決めていた。


「緊張してらっしゃるの?」

「いや、はい……、まぁ……」

 曖昧に笑って誤魔化そうとしてしまうソヨギ。緊張が指摘されて慌てている部分もあるが、ソヨギはソヨギで、握手したアイビーの指の感触が想像以上に固く、力強かったのに驚いてしまったのだ。


「緊張しているところ悪いけど、ソヨギには先にひと仕事片付けて貰わないといけないんだ」


 そう言いながらトラヴィスは、幕の端に置かれていたアルミ製の大きなツールケースを持ち上げ、テーブル上、ソヨギの目の前に置いた。


 ケースの蓋を開けると中に入っていたのは奇妙な形をした金属の物体。


「これが、例の槍……ですか?」


「そう、その先端部だね」

 ソヨギが恐る恐る訊くとトラヴィスが得意げに頷く。


 その金属の塊はふたつの部位で構成されている。


 ひとつは鋭く円錐状の尖った槍頭の部分、そしてもうひとつは槍頭の根元に続く手の平に納まるサイズの星形の物体が大量に連なっている部位である。あらゆる角度から星の形が確認できる多面体、小星型十二面体が縦横に二個ずつ角同士が溶接された状態で並び、それが六列並んだ計24個の星の集合体だ。






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小星型十二面体が連なる様子。上から見たイメージ



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側面から見たイメージ


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 トラヴィスはもうひとつ、不織布の細長いケースを取り出し、その中から投げ槍を取り出す。こちらはアルミニウム製の見慣れた競技用の投げ槍らしきもの(長さは150センチくらいか?)。


 トラヴィスはツールケースから星の連なる槍頭を取り出し、槍頭の反対側の小星型十二面体の整列の最後尾、星が4つ並んだ中心に空けられた隙間に競技用の投げ槍の先端を差し込む。奥まで差し込むと、かちり、とアタッチメントが嵌まるような音がした。


「それで完成、ですか?」

「いや、まだ最終調整が欲しいね」

 一応確認するように競技用の槍から槍頭の整列した星形の部分を引っ張り接続を確認するトラヴィス。


「この槍に名前を付けようかと一瞬考えたんだけどね、止めたんだよ。ソヨギが使う槍は全て『グングニル』と呼ばれるべきだからね、やはりこの槍はグングニルだよ」

「……そんな、大それたもんじゃないですよ」

 陶酔した様子で大層なことを言うトラヴィスに、ソヨギは苦笑いで応える。微妙に、茶化されているようにも感じてしまう部分もある。


「最後の仕上げだ、これをグングニルに『任命(アサイン)』してくれたまえ」

 そう言いながら、トラヴィスの作品である『槍』を渡されるソヨギ。


 トラヴィスからそれを受け取り、ソヨギはそれを軽く持ち上げ、全長を眺めた。

 『穂』の部分が少々奇抜なだけで、ソヨギにも十分これが『槍』として認識出来る。少なくとも、ムービーカメラが取り付けられた槍よりもよっぽど真っ当に『槍』らしく思える。


「グングニル・アサイン」

 自分の中の認識を変えることで、チートスキル発現対象を自宅に置いたままにした投げ槍からこのトラヴィス謹製の槍へと移す。


 ソヨギは目の前のテーブルに新しく設定し直した槍を水平に掲げ、パッと手を離し、


「グングニル・アサイン」


重力に従い自然落下する最中にチートスキルを発動。

 トラヴィスによって造られた槍は重力を無視して上向きに浮かび上がり再びソヨギの手に納まった。


 トラヴィス、アイビー、シズの3人から小さな感嘆が漏れる。


 いや、あなた方からこんな曲芸驚かれても居た堪れなくなるだけだし……。





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