第三部 大静寂作戦

第23話 八王子のダンジョン




 『迷宮拡散(ミノスロード・スプレッド)』以降の都市開発。それは混乱と悶絶とその場しのぎに満ち溢れている。


 地下迷宮無秩序形成現象は場所を選ばない。山の中、海辺、観光地、老人ホームの真下、心霊スポットなど、本当に場所を選ばない。そして何より深刻視されたのは大都市の中心地にダンジョンが発生してしまった場合だ。


 ダンジョンの核となる巨大奇光石は不意に地下奥底で形成される。そこから地上へと根を張るように整備された『回廊』が広がり、都市の地下施設を破壊しながら延び広がり、枝分かれした回廊のひとつが地面に顔を出し、ダンジョンの入り口が開かれる。

 ダンジョンの核たる巨大奇光石はそのままモンスター生成ポイントも兼ね、周囲の物質と魔力を結び付け、モンスターを大量発生させる。


 モンスターの大部分はダンジョン内に留まっているが、一部はダンジョンの外に出てくる。活発にダンジョン外で行動するタイプのモンスターや、際限無く生成され続けダンジョン内が手狭になり押し出されるようにダンジョン外に出てくるモンスターがそれで、ダンジョンの入り口を中心に、モンスターによる人的被害が拡大する。


 そうなると、既存の都市は機能を失う。


 多重の構造と秩序の殻に包まれ、利便性で整えられた都市の中心が内側から食い破られる。

 当然、現れたダンジョンの周囲に居る人間は安全な場所へ逃げ去り、代わりにそこに殺到するのは、都市を守るために構造と秩序をもたらす人々。ダンジョンの入り口を中心に壁が張り巡らされ戦闘員が配備されダンジョンを都市から隔離する。


 こうして東京都に穿たれたダンジョンの入り口は計4つ。


 『迷宮拡散(ミノスロード・スプレッド)』発生直後、多発的に出現したダンジョンの対処法は当時一切確立しておらず、非常に広い範囲のモンスターの拡散を許してしまった。混乱のあとモンスター発生個所・ダンジョンの入り口を割り出した当時の人々は、モンスターが流出した広範囲を壁や戦闘員で囲み、その壁を少しずつダンジョンの入り口に向かって前進させていくことで都市の生活圏を奪還していった。


 しかし土地は取り戻せはしたものの、ダンジョンとその包囲網によって寸断された地下を含む鉄道網や道路網、戦闘や経年劣化で使い物にならなくなった建築物の復旧には非常に時間が掛かり、その上、数十年に渡って再構築された一時しのぎの都市インフラとの兼ね合いなども考慮に入れねばならず都市開発は混沌を極めていた。 

 さらに、ダンジョン包囲網の外縁部の都市機能が麻痺し人々が逃げ去った過疎地域には、他地域・他国のダンジョン化禍で家を追われた難民やホームレス、そしてダンジョン密猟者や裏社会の人間が集まり、治外法権化した小規模なスラムを形成する区画さえ現れた。


 ダンジョンを中心とした孔のような暗黒地帯を避けながら行われるのが現代の都市再開発事情である。

 チートスキル発現や希少資源の採掘、ダンジョンそのものの研究など、ダンジョンがもたらす利益はもちろん無視出来ないが、主要都市に現れたものに関しては人々の生活や社会を脅かす側面が大きく幅を利かせてくる。


 そして、ダンジョンの恩恵を享受する一方で、ダンジョンを完全に制御するためにその『消滅方法』も同様に模索されている。






 2か月前に栃木の心霊スポット兼ダンジョンに訪れた時はこんな短いスパンでまた東京に来ることになるとは思ってもみなかった。ソヨギ自身、自分の置かれている環境の変化に密かに驚いていた。


 今回の目的地は東京都の西側に位置する『八王子Deep』なので、名古屋から横浜まで新幹線で移動し、そこから電車で北上して八王子駅に降り立った。先日新幹線で東京駅に乗り込んだときと違い、裏手口から東京にお邪魔したような感覚になってしまう。


 まぁ裏口にしろ表玄関にしろ、2か月ぶりの東京だ。


 駅と一体になったデパートから屋外に出て高架歩道を渡り、バスターミナルの出入り口辺りで地上に降りる。しばらくバスやタクシーの往来を眺めていると、見覚えのあるワンボックスカーが目の前までやって来た。


「お疲れさま~」


 スライドドアを開けると、後部座席に座る灯藤オリザがほんわかした笑顔で手を振る。


「……お疲れ」

「……ん? もしかして、調子悪かったりする?」

 後部座席に乗り込みドアを閉めたとき、オリザに顔を覗き込まれながらそんなことを尋ねられた。


「え……、そんな風に見える?」

「うん、なんかやつれた感じって言うか、顔色が悪い」

「あー、いや、はい。そうだよね。これは、体調とかじゃなくて、ただの緊張」

「ああ……」

 オリザは納得したように、そして少し愉し気に表情を緩めた。


「まぁ……、今日の案件は緊張するよねぇ」

 しみじみと共感するオリザ。

「灯藤さんは緊張しないの?」

「ん~、まぁしてるよぉ?」

「いや、全然そんな風に見えないな……」


「いやぁ、緊張してる仲間が一人増えて気が楽になったねぇ」

 運転席から、山野辺ジンジの安心したような声が聴こえてくる。


「……やっぱり探索に直接参加しないのに緊張してしまうもんなんですか?」

 ジンジの隣の助手席に座った、白髪の少年がジンジに尋ねる。いや、華奢で童顔だが成人はしている。白髪の青年という言い方の方が妥当だろう。


「うーん、まぁ、みんなよりはマシかも知れないけどそれ故に、って部分もあるね。こっちのしょうもないミスで探索や配信を台無しにしたら最悪だなーって怖さがある」

「なるほど」

「いまだって手が震えてる状態で運転してるし」

 ……いや、それ出来れば訊きたくなかった情報だ。いつの間にか出発しているワンボックスカーの外の風景に目を遣りながら、不安な気持ちが膨らんでくる。


「大丈夫です? 運転変わりましょうか?」

「……シズくんは運転できるんだっけ?」

「はいペーパードライバーだけど出来ます。全員を生存させて目的地に到着させられれば奇跡だと思います」

「ははは、ダメじゃん」

 非常に淡々とした口調で繰り出される白髪の青年:大轟寺シズの冗談に、ジンジはくすくすと笑う。


 大轟寺シズはダンジョン探索者である。

 灯藤オリザと同じ事務所に所属する配信者であり魔法使い。年齢は21歳、大学生との掛け持ちであり、大学では音響学の研究をしているとのこと。使用する魔法も『音波』を操る魔法に特化しており、最近観た動画では、コウモリのエコロケーション能力を応用したダンジョン内の観測やトラップ検知を実践して注目を集めていた。


 ハッキリ言って貴重な人材である。業界内でも『若き天才』とかそんな評価を受けている。そして本人は感情の起伏が少なく淡々としているようだが寡黙と言う訳ではなく、むしろウケ狙いでワザと感情の起伏を消している節がある。

 先日のWEB会議で、デビュー当時は白髪じゃなかったよね、みたいな質問をしたとき「キャラ付けと若気の至りが暴走しているだけのおしゃれですので、気にしないでください」と言われてしまった、真顔で。


 現時点でも十分成果を出している将来有望株。オリザに引き続きソヨギと比べると遥かにネームバリューが高いコラボ相手だ。というか、今日のコラボ相手も探索内容もソヨギにとってはあまりにも分不相応で、緊張しながらも逃げずに八王子にまでやって来た勇気に対して自分で自分を褒めるべきだと思う。


「……ソヨギくんは車の運転って出来るんだっけ? ちなみにわたしは無理」

 もはや存在にホッとさせられてしまう隣の人気ダンジョン探索動画配信者に訊かれる。

「仕事で使うから出来るけど……、手の震えならジンジさんに負けてないよ?」

「あはははは、運転はこっちに任せといて。演者の皆さんは着くまでゆっくり休んどいてよ」

 結局ジンジが運転するのが一番マシそうだという結論だけが残り、一行は震える手の運転に任せて駅前から西へと向かうのだった。






「……八王子駅の様子なんですけど、なんか想像以上に落ち着いてましたね」


 駅前を離れると、周辺の景色はマンションや住宅などが目立ってきた。道の向こうや建物の隙間に薄っすらと山の緑が見て取れる。都市の中心から離れているのが景色で感じ取れた。

「というと?」

 ソヨギの発言の続きを促すジンジ。


「『八王子Deep』周辺地域に避難注意報が出てるんでしょ? 駅の中、もっと混乱してるかと思いましたけど、割と淡々としてましたから」

「あー、まぁ無警戒に見えるのはわかるね……」

 ジンジはちょっと大袈裟に同意して見せるが、同時にどこか、聞き慣れた話を訊くときのようなウンザリとしたリアクションが感じられた。


「そもそも関東のダンジョンは都市とダンジョンに自然の防波堤が無くてさ、生活圏とダンジョンが地続きのような感覚があるんだよ。石川県のダンジョンとか、先日の養老山や上三川のダンジョンも山奥にあるダンジョンで人里から隔絶されている感じがあるでしょ? 東京にはそれが無いんだよ」

「未だに八王子界隈に住んでるような住人は、モンスターと隣り合わせの生活に最早慣れ親しんでしまっているんですよ」

 シズも呟くように付け加える。


「そもそもが大部分、『八王子Deep』の上層階が攻略される前から根付いてるような住人ばかりですからね。再開発で新しく入ってきた人達以外は避難しようとしないんじゃないかな?」


「えぇ……、でも今回は『ボス・エネミー』を相手にする訳でしょ?」


「……むしろ、『八王子Deep』が無くなることを寂しがってる声がちらちら」


「いやいや東京人、ちょっと逞し過ぎやしない……!?」

 シズの発言に、狭い車内の中で思わず声を上げてしまうソヨギ。


「時代だよねぇ~。程良く感覚が麻痺してる」

 呑気に笑うジンジと

「そもそもわたし達が成功させないと大災害になるかもなんだけどね」

 ちょっと困ったように笑うオリザの声がそれに続く。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る