第26話 オープニング配信




 ……トラヴィス謹製の投げ槍への術式の再調整から術式記述が終了。それに伴いソヨギが『グングニル・アサイン』の対象を練習用に使っていた予備の槍から術式が刻み込まれた槍へと再度変更。その後の他4人による投げ槍の使用感確認と並行してトラヴィス個人の身支度を経て、『八王子Deep』への探索準備が完了した。






「えと、映像の方、送れていますか?」

 ソヨギは通信でスタッフルームにいる山野辺ジンジに話し掛けた。

「大丈夫、二人とも映像は異常無さそうだよ」

 イヤホンの向こうでジンジが応答する。


 ……今回の生配信は各探索者全員がコンピューターの機能を内蔵したカメラ機能付きVRゴーグルを装着しており、全員の視線から生配信を行うことになっている。

 ジンジは今回パーティーには同行せず体育館に仮設されたスタッフルームにてオリザのバックアップと並行してソヨギの配信も手伝ってくれることになっている。有難いことこの上ない。


「ああ、一応自衛隊のテントや設備には出来るだけ視線を向けないように。一瞬ちらっと映るぐらいなら大丈夫みたいだけど凝視はしないようにね」

「はい」

「わかりました」

 オリザとソヨギは素直に従う。


 ただそうなると視線が向けられる方向が限られ、同じようにスタッフとやり取りしているらしいシズとアイビーが居る校舎側か、八王子Deepの大穴の入り口だけである。


 八王子Deepの入り口、それは現実感が狂うほど極端な大きさで、地面を踏み固めたような大型車両が通れそうな幅の道と、複数の投光器によって照らされた先には緩やかな下り坂が続いている。その奥のダンジョンからも投光器の光とは違う仄かな光が漏れ出ており、ダンジョンそのものによる自然発光も確認出来る。


「ええと、もう時間ですけど、配信を始めちゃっていいんですか? トラヴィスさん無しで」

 ソヨギの隣に立つ灯藤オリザが通信越しにジンジに確認を取る。

 オリザも探索準備は整っており、パワードスーツに赤いフード付き耐火性マント、そしてゴーグルを装着し銀色の松明を手にしている。


 時間は夕方過ぎ、周囲はもうすっかり暗くなっているが、グラウンド中に設置された大量の投光器でグラウンド内は非常に明るかった。


「……うん、始めてしまっていいみたい。トラヴィスさんもじきそっちに行くよ」

 オリザへの返答を共に訊いていたソヨギはトラッキングされたグローブを虚空に掲げ、拡張現実内に浮かぶアイコンをタップしソヨギ自身の配信画面を呼び出す。


 配信開始のボタンを押そうとした直前、『待機人数2067人』という数字を見て思わずギョッとしてしまう。まだ配信を開始していないのに予約画面の状態で既に2000人以上がソヨギの配信を待っているというのだ……! チャンネル登録者数10000人弱の配信者にとっては異常としか言いようのない数字だ。いや、そのチャンネル登録者数も、昨日見たときの三倍に膨れ上がっている。なんかこう、頭がバグりそうだった。自分が、何に関わってしまったのか改めて思い知らされてしまう。


 ……そう、待機人数やチャンネル登録者の異様な膨れ上がりも、これからソヨギが関わる探索、もとい『攻略』と比べたらハッキリ言って些事ではある。それはそれとして期待を寄せてくれる視聴者の皆様に感謝をしつつ、拡張現実内で配信開始のボタンを押す。グローブの中の掌が、手汗で湿っているのを感じ取りながら。


「ええと……、どもー、こんにちは……、聞こえてます……?」




○:始まったか……

○:おっ?

○:映った!

○:来た来た来た来たあぁぁぁ

○:ホントに八王子Deepに来たのか!

………………………

……………

……




「……うわ、コメの量エグっ」

 とりあえず、最初の感想を口に出してみるソヨギ。


 配信を開始した瞬間、ソヨギがこれまで自分の配信で観たことが無いレベルのコメントがコメント欄に怒涛の勢いで流れていった。見慣れた名前の視聴者のコメントも幾つか観られたが、大部分が見覚えのない名前の視聴者で、ソヨギの生配信を始めてみる者も多く居るだろうと察せられた。


「ええと、まぁ、いまこの動画を観ている皆さんはもうわかってると思うんですが……」

 濁流のようなコメント欄に軽く気圧され一瞬頭が真っ白になったが、生配信中なのでなんとか何かを喋ろうと言葉を紡ぐ手がかりを探そうと視線を拡張現実のウィンドウから『現実』の方に向けた矢先、目の前のオリザの背筋を伸ばした立ち姿が目に入った。その立ち姿にはある種の緊張感があった。スイッチが切り替わり、配信者としてのオーラを発しているよう。


「当チャンネルをご覧下さっている皆さんこんばんは、灯藤オリザです」


 身体から少し離した左手を掲げて、手の甲を自身の顔に向けて話を始めるオリザ。  

 パワードスーツの手の甲には小型カメラが内蔵されており、自撮りするとき用のカメラとして便利である。


「もしかしたら今日初めてわたしのチャンネルを観て下さっている方も多いのかな、と思います。初めての方、初めまして」

 真顔ながらも弾けるような緩急のある喋り方で、聴き易さと真剣さと可愛らしさをしっかりと同居させている。


「動画のタイトルにもあるようにいま居る場所は……、ゴーグルのカメラの方に切り替えますね……」

 そう言いながら右手で空中の見えないボタンを幾つかタップする。


「そう、八王子Deepに来ています。……内部に光源があるタイプのダンジョンで、ダンジョンの奥からほんのり光が漏れてきているのが見て取れると思います」

 そう言いながらオリザは右から左にゆっくり頭(厳密にはVRゴーグルのカメラ)をパンする。


「時間はもう夕方過ぎで辺りは真っ暗なんですけどライトがたくさん立ててあってとっても明るいですね。ダンジョンの入り口には自衛隊が厳戒態勢で待機していて、あんまり映せないんだけど……」


 そう言いながら振り向きこちらを見るオリザは、棒立ちのままオリザの様子を観察していた他3人の姿を見て、きょとんとした顔をする。


「え、ごめん、みんななんでわたしの方見てるの?」

 先程までの余所行きのハキハキした口調が戸惑いの声に変わり、他3人の姿を見渡した。


「いや……、キッチリやるなぁと思って、正直魅入ってた」

「先輩の手腕に感心してしまって……」

「いや2人とも、先に自分の視聴者さんに挨拶しなよ! せっかく観に来てくれてるんだしさ!?」

「正直先輩が一生懸命仕事している姿の方がボクが説明するより撮れ高が大きいし」

 悪びれず卑屈なことを言うシズ。……しかし実際はオリザほどでは無いにしろ大轟寺シズも非常に多くのファンを抱えているしなによりオリザとはファン層が違う。ただの被虐ネタなのだろうけど、「キミも十分人気者だろ?」とソヨギは内心思わなくはない。


「……それに、事前説明をこちらでする必要は無いと思いますわよ?」

 気だるげなお嬢様言葉でアイビーは窘める。アイビーも無論パワードスーツを着込んでいるが、彼女のそれはオリザ同様オーダーメイドの高性能品。手には青龍偃月刀を持っている。非常に柄の長い太刀で見た目は槍っぽくもある。刃の部分にはいまは革製のカバーが取り付けられている。


「どうせトラヴィスがダンジョンに入る前に嬉々として語り上げることでしょうし。二度手間になりますわ」

「あー……」

「ですよね……」

 アイビーの予測により、脱力感と納得感で投光器の明るさとその影の暗さが同居する校庭が満たされた。


「あ、牧村さん、ダンジョン内で撮影するときは出来るだけオリザさんとアイビーさんとトラヴィスさんを画角に入れるのを意識しながらの方がいいですよ?」

「あーそっか、オレ達だけで探索するし、中ではスマートドローン使えないからね」

 そう言いながら顔を見合わすソヨギとシズは、特に示し合わせたわけでも無くスッと、同時にオリザに顔を向ける。「ちょ、ちょっと……!」と困ったように笑いながら身体を腕で軽く隠す。


「ま、まぁ妥当だけど……。ならわたしもキミ達を写し続けるわよ?」

「いやー、あまり推奨出来ませんね。もっと撮る価値のあるもの撮らないと」

「撮る価値のあるもの……」

 オリザがそう呟き、刹那の間顔を見合わせていた3人は、特に示し合わせたわけでも無く同時にスッと、腕組みして様子を眺めていたアイビーに視線を向けた。


「あは……! あははははははっ! 息ピッタリですわ……! あはは……!」

 手を叩いて大笑いするアイビー。ただ、アイビー自身の豪快な笑い声とお嬢様ナイズされた甲高い高笑いが同時に響き渡り、二人の人間が同時に笑っているように聴こえた。




○:コントかよw

○:アイビーの声、本人の声(英語の方)は脳が無意識で聞き流してるけど、笑い声になると途端にモノラルになるなwww

○:これからボスエネミーに挑むとは思えん空気感やwww

○:トラヴィスって、そんなに話が長いんか?

○:ソヨギさん、シズ君のことも映してあげて




 んー、視聴者のリアクションもとりあえず上々か? 演者の一挙手一投足により配信画面のコメント欄が滝のように流れる経験をいま初めてしている。……この気持ち良さは癖になりそうだけど、平常心を保つためには意識的に気にしないようにする必要がありそうだ。


 そのとき、体育館側で人の動きがあり、そちらに視線を移す。


「いやあ、待たせたね!」


 パワードスーツとVRゴーグルを身に付けたトラヴィスが両腕を広げながら4人の元に現れた。白と青の派手なマントを羽織り、先端に精緻な意匠と大型奇光石が取り付けられた杖を手にしている。胡散臭い笑顔と相俟って『後々敵側に寝返る秀才魔法使い』みたいなルックスだとソヨギが密かに思っているトラヴィスの定番装備である。


「槍の様子、どうだった?」

「問題無いです。魔力の伝導も滞りが無いようでしたし」

 ソヨギの持つ槍を見つつ、その場の4人の顔を順に忙しなく眺めながらのトラヴィスの質問に、シズは代表して答えた。


「わかった。それはなによりだね。ん、ああ、カメラはそっちか」

 トラヴィスは満足げに頷きながら、トラヴィスを追って来たヘッドディスプレイを装着したスタッフを見止め、カメラに向かって鋭く指を差す。ダンジョンを背にする形でカメラマンと向かい合った。


「日本国の皆さん、そして世界中の視聴者の皆さんこんにちはこんにちは、トラヴィス・フィビスです。……えーとああ、私は動かなくてもいい? キミが動くか? そう、私の左右に他のメンバーも写り込めるようにね」


 そしてカメラに向かい早速挨拶を始めるトラヴィス。そして少しだけ、英語にてカメラマンと演者の立ち位置の調整を行い、また話を再開する。


「まず謝辞を述べさせて貰いたい。今回のダンジョン『攻略』に賛同してくれた探索者諸君。そして私の活動を支えてくれるスタッフ一同。八王子Deep攻略の許可を下さりバックアップもして下さっている日本政府、自衛隊の皆様。そしてそしてなにより、八王子Deepの攻略の足掛かりを作って下さった無数の探索者達と、世界中でボス・エネミーと戦って『情報』という貴重な資源を持ち帰って下さった偉大な先駆者達に心からの感謝を述べたい。

 ダンジョン攻略による人類生活圏の奪還。それはここ、八王子に限らず現在の人類が求める安全と秩序のひとつでしょう。自然界の法則をヒトの手で制御することは我々人類がこれまで歩んでいた道筋であり、未来へ飛躍するための重要な足掛かりです。

 迷図拡散(ミノスロード・スプレッド)発生以降の時代、ダンジョンは人類史にとっての劇薬でした。人類の歩んできた歴史の合わせ鏡のような性質を持つ超地球的存在であるダンジョン、それは魔術産業の発達を始め多くの恩恵がもたらされましたが、同時に、多くの無辜の民が危険と隣り合わせの生活を強いられる過酷な時代に放り込まれてしまいました。斯く言う私はダンジョンから恩恵を受けてきたタイプの人間です。しかしそれ故に、人類とダンジョンの関係を次の段階へ進めなければならないと考えています。危険に晒され続ける土地や人々を尻目に安全圏から恩恵を掠め取る段階を越えなければならない……」


 …………その後、ボスエネミー討伐時の魔力変動観測の重要性やトラヴィスの会社が日本政府との協力を打診する経緯など、動画視聴者の数割くらいは知らないかもしれないがいまこの現場に立っている全員には機知の話題を丁寧に長々と語り上げた。


「……ね? 二度手間にならずに済んだでしょ?」

 したり顔で目配せするアイビーにオリザは苦笑いで返事した。





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