第8話 行きて帰りし探索者達




 その視線の正体は奈落の底で生成されているクレイゴーレム達だろうという確信をソヨギは抱いた。

 無論、クレイゴーレムはヒトの形をしているだけで顔に当たる部分はのっぺらぼうだ。

 しかし、落下してきた拳銃の暴発を切っ掛けに、奈落のゴーレム達は一斉に上層の我々に注目し始めたのが皮膚感覚で理解出来てしまった。


 そして奈落から響き始める無数の足音。地の底から無数の太鼓が打ち鳴らされているように振動と、音が響き渡って来る。


「気付かれた……」

 呟いた義山は既にバックパックを背負い、奈落に対して背を向けていた。


「逃げるぞ」

 そう言いながら全員の顔を見渡したあと、一目散に横穴に駆け出す義山。


 事態の急変に、オリザは、一瞬泣き出す寸前のような戸惑いの表情で他の探索者や密猟者を見渡したあと、義山の後ろ姿を認め表情を引き締めて後を追う。

 松明を掲げ、蛍光魔法を構築し、光る二つの球体をダンジョンの細道の先へと飛ばす。


 オリザが動くのを待っていましたとばかりに即座にその背後に続くジンジ。


 ソヨギは背を向ける3人を追いかける前にちらりと、中空に吊り下げられた男を一瞥してしまう。

 男はいよいよ焦った様子で怒鳴りながらするすると天井の孔へと回収されていく。


 吊られた男を放棄しそのままあっさりと元来た道を戻る三人に、ソヨギは内心舌を巻いていた。


 ソヨギはクレイゴーレム達が奈落から駆け上がってきていると理解した瞬間、色んなことを考えてしまった。密猟者はそのままにしていいのかとか、あの密猟者が出入りした孔からなんとか脱出できないか、とか。

 しかし、さっさと撤退を選んだ義山とそれを見て瞬時に考えを一点に絞ったオリザを見て、ソヨギもその選択肢に従うしかなくなった。

 素早く決断しなければならない状況で、『最善』を選びたくなる欲求を振り切って素早く決断出来る能力は未だ自分には身に付いていないと痛感させられる。


 他の3人同様、バックパックを背負い、小さな横穴に向かって駆け込んだ。




 蛍光魔法に照らされた回廊の向こう、曲がり角の先からクレイゴーレムが一体顔を出す。

 しかし先頭の義山は殆ど走る速度を緩めず、腰でアサルトライフルを構えて単発撃ち。


 命中して硬直したクレイゴーレムにそのまま突撃し、タックルで崩れかけのクレイゴーレムを粉砕しながら角を曲がる義山。


 そのワイルド極まりないアクションに続く3人は能天気に感嘆の声を漏らしてしまう。


 このダンジョンの細く長い回廊を確実に進むためには、前衛の義山とオリザの存在は必須である。

 義山が居なければそもそも道がわからないし、オリザが居なければ不意に現れるクレイビートルの群れに対処出来ない。


 ただ背後から、残響する足音と振動が伝わって来る。

 恐らく奈落の底から登ってきたクレイゴーレムの集団が回廊まですでに侵入してきている。


「ダンジョン中に奴らの振動が伝わっている! 横穴から別のモンスターが出てくるから注意してくれ!」

 走りながら背後のメンバーに叫ぶ義山。


 前や横の攻撃は義山とオリザに任せれば大丈夫だろう。

 しかし背後から迫るゴーレムに対しては現状対処方法は無い。何よりゴーレム達は疲れない。

 このままでは、出口に到達するまでに追い付かれてしまう可能性がある。

 

 誰かが、殿をやらねばならない。

 

 オリザとジンジに続き曲がり角を曲がったソヨギは、回廊の幅が短くなっている場所に当たりを付けて、走りながら柄杓の合を外していた投げ槍の両端を土の壁の両側に埋めた。

 丁度地面から少し浮いた位置、走行には非常に邪魔になる位置だろう。


「マジか……」

 ジンジは、関心を通り越して呆れたような口調で呟く。

「いや、アリ! アリ! 面白いっ!」

 オリザはヤケクソ気味に爆笑。


「意外と馬鹿にならない時間稼ぎになると思うんですけどっ!」

 そう言いながら走る速度を上げ、ジンジと並走したソヨギは愕然とさせられた。


 ジンジが、走りながら前の虚空に指を蠢かせていた。

 この状況で、拡張現実のキーボードに指を走らせているのだ……!


「えっ……、この状況で……!?」

「監視所にモンスター流出の危険を伝えないといけないしね!

 それとあとコラボ配信の依頼!」

「コラボ配信!?」


 それ、今やることなの!?


「あそこの運営さん、メチャクチャ有能で有名だから多分反応してくれると思うけどっ!

 おっと、来た!」


 不意にジンジは走りながら前傾姿勢になり、片手を地面に沿わせるように下げた。


 すると先程回廊に配置していたリスのような姿の電波中継ロボットが前方から駆け寄って来て、地面スレスレに添えられたジンジの腕を駆け上がり、そのままジンジのバックパックの中に潜り込んだ。

 ダンジョン探索の道具にしてはあまりにも可愛い造りである。ソヨギは状況を忘れ、一瞬だけほっこりとした気持ちになってしまった。


 そうだ自分も、そろそろ『相棒』を回収しなければならない。

 タイミング的にはそろそろだろう。


「グングニル・アサイン!」


 ソヨギが横に手をかざし唱え、しばらくそのまま走る。

 すると中心からぽっきと折れて2本に分かれた投げ槍が背後から飛んできてソヨギを追いかける。


 真っ二つに折れている。

 その事実にソヨギは怖気が走った。

 

 折れた2本の槍の片方はソヨギの手元に、もう一方は手元の片方の折れた断面部にその断面部同士をピタリと接合させ、元の一本の槍へと再生した。


「おお凄い! 変な言い方だけどちゃんとチートスキルっぽい!」

「ありがとうございます。チートスキル以外の何物でも無いんですが言いたいことは伝わります!」


 それよりもだ。


「この槍を回収できる範囲って大体100メートル以内なんですけど、回収したとき槍が真っ二つに折れていたんですよ」

「……100メートルの距離までクレイゴーレムが迫ってるってことか!」

 背中越しにソヨギとジンジの会話を聴いていた義山が苦々し気に叫ぶ。


「余裕見て80メートルくらいの距離で槍を呼んだのでもっと近付いてるかもしれません!」

 もっと言えば、この約100メートル以内(かつてアトラトルを用いて飛ばした投げ槍の最長距離)というのは、ダンジョンの壁を取っ払った最短距離のことなので、細かく蛇行するダンジョンの構造を考えればもう少し距離の余裕はあるのかも知れない。


「槍の足払いで上手く倒れてくれていればもっと距離は稼げているかもですけど……!」


「ソヨギくん!」

 オリザは不意に、自分が背負うバックパックを捨てた。


「ソヨギくんのこと背負うから、乗って!」


「え……?」


 両腕を後ろに差し出しながらのオリザの提案に、ソヨギは一瞬言葉が詰まってしまった。


「ソヨギくんパワードスーツ着てないでしょ!? 走るペース落ちてるからわたしがおんぶするよ!」


 まぁ、凄まじい拒否感が湧き上がってしまう。


 しかし、オリザの提案は絶対的に正しい。奈落の空洞からここまで、ずっと走りっぱなしだ。現状完全にバテてしまっている。


 そもそも、打ち合わせの際にジンジの方からパワードスーツの貸し出しを提案されて断ったのがいけなかった。

 少し厚手のダイビングスーツのような構造の、モーター駆動で装着者の筋力をサポートするそれは、かなり高価な装備でタダで貸すと言われても腰が引けてしまったのだ。


 王手企業におんぶ抱っこになりたくない、という見栄も働いていたのかもしれない。


 結局「槍を投げるときに逆に邪魔になるかもしれない」とかもっともらしいことを言ってレンタルを断ったのだ。断ってしまったのだ。


 ダンジョンを守られながら行軍して槍を投げるだけの仕事だと高を括っていた過去の自分を今、切実に殴りたい。

 ダンジョン内では何が起こるかわからない。

 どんな手を使っても万全を期さねば、生きては帰れないと十分理解出来ないでいたのだ……!


「わかった、オネガイシマス……」


 溢れ出る羞恥心を押し殺しながらオリザの提案を飲む。槍は、ジンジに託した。


 オリザは立ち止まり、腰を屈めながらソヨギを待つ。


 かつての同級生の女子に密着する事実を無視しながらオリザの背に身体を預け首に手を回すと、松明を持ったままソヨギの足を持ち上げ、一気に駆け出した。


 ソヨギ以外の三人はパワードスーツ着用済み。

 オリザと義山の戦闘服には運動補助の機能も付いている(因みに義山のものは私物)し、ジンジも一見登山用ウェア姿だが中にパワードスーツを着込んでいる。

 

 ソヨギを背負い再び逃走を再開する三人の走るペースは明らかに上がっており、明確に足手まといだったことが示されてしまって、幼馴染の背中の上で、ソヨギは羞恥心を押し殺した。



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