第9話 Enjoy aging!
「スパーク・ウィップ!」
ソヨギを背負いながら灯藤オリザは魔法を発動させる。
ソヨギの脚と束ねるように握っていた松明から緋色の糸が発射し、進路のクレイビートルの群れを閃光と炸裂音と共に蹴散らしていく。背負われながらソヨギは、松明は構えなくても魔法は使えるんだな、と割と今はどうでもいい新事実に関心する。
走りながら山野辺ジンジは、道幅が狭くなっている箇所でしっかりと足元に槍を仕掛けてくれている。
しかしソヨギはジンジと違い背後を確認出来ないので、設置したタイミングと、回収するタイミングはジンジに任せるしかない。
ジンジに声を掛けられ、ソヨギは呪文を唱える。
槍の回収だけが現状のソヨギの役割だ。
回収した槍は毎回しっかりと折れており、100メートル圏内にクレイゴーレム達が迫っているのを暗示する。
もしかしたら足払いに意味は無いのか? とも思わなくもないが、回廊の背後から響いてくるドラムのような重低音が仕掛けた槍に差し掛かるであろうタイミングで、一瞬乱れて止まっているような気も、しないではない。
効果は確認できないが、リスクの低い手間なら怠らない方が良いだろう。
自分が役に立っていることを祈りながら、オリザの背中から再生した槍をジンジに手渡す。
……走る三者のスーツのバッテリーには、まだまだ余裕が有るはず。このまま逃げ切れる可能性は、ある。
しかし問題はそのあとで、このままではクレイゴーレムの軍団をダンジョンの出入り口を守る監視所まで連れて行ってしまうことになる。
ジンジが既に連絡をしているが、地方の監視所ゆえモンスターの大群に即時対応する戦力など存在しない。
人里までダンジョンのモンスターを近付かせる訳にはいかないので、ダンジョンの出口・監視所の辺りで、迎撃に転じなければならないのは不可避だろう。
不意に、視界が拓け、ソヨギは思わず目を細めた。
空気も軽く、爽やかになった気がする。
ここは外だろうか、回廊に比べれば広い空間になっており、暗いが視界が確保されている程度には見通しが利く。
そうかここは、行きに昼食を摂った谷底とダンジョンが繋がった地点、養老山しゃかりき老人ホームの鉄骨渡りを見上げた場所なのだ。
そう気付きソヨギは何気無く上空を見上げた。
そしてそこに広がる予想だにしなかった光景に絶句させられた。
鉄骨から落下した者を地面の激突から守るために張り巡らされた防護ネットの上に、大量の老人達が腹這いになって張り付いていた。
全員ジャージ姿でイヤーマフを付け、片手にはなんと散弾銃を携え、一様に異様に血色の良い、溌溂とした表情でダンジョンから谷底へ駈け込んで来たソヨギ達を見下ろしている。
「え、え、え、え、え、え~~~~~~~!?」
この、異常極まりない光景にソヨギを背負うオリザも素っ頓狂な驚きの声を漏らす。
が、後ろのジンジは「やった、やった!」と走りながらガッツポーズをする。
「流石しゃかりき老人ホームの運営さん、エンタメ解ってるわ~」
ヘッドディスプレイで目元を隠したまま口元だけニヤリと歪めてニヒルに微笑む山野辺ジンジ。
いや、待って、さっき走りながら拡張現実キーボードをカタカタやってコラボ依頼してた相手って、上の老人ホームの人達!?
谷底の道、網の上で腹這いになる老人達の真下を通り過ぎた辺りで不意に義山が立ち止まり、表情を引き締めて振り返る。
「ここで迎撃しよう! ここを突破されるとモンスターが人里に雪崩れ込んでしまう」
そしてそのまま先程谷底に出てきた横穴、クレイゴーレム達の足音が響いてくる闇の向こうに向かってアサルトライフルを構える。
上空の光景に圧倒されていたオリザも義山の所作に併せて瞬時に気持ちを切り替える。
素早くソヨギをその場に降ろし、松明を掲げ蛍光魔法の光の玉を回収する。
義山の隣でダンジョンの暗がりを見据える。
ソヨギとジンジは、そそくさとオリザと義山の背後に移動する。
ジンジは前衛二人の背後に隠れつつも前傾姿勢のまま細かく立ち位置を調整しながら首を動かし、これから起こる事態を撮影する最適なポジションを探っている。口元には自然な笑みが零れ、ソヨギは内心ゾッとさせられていた。
探索者一行が通り過ぎたタイミングで網の上の老人達は一斉に伏せた姿勢のまま散弾銃を構え、真っ直ぐ一点のダンジョンへの出入り口に視線と銃口が集中した。
その自然と統率が取れているように見える光景は意味不明な威圧感があり、先程見た茸が仄かに灯る大空洞とは全くベクトルの違う珍妙なスペクタクルがそこには存在していた。
誰もがダンジョンの出口を固唾を飲んで見守り、沈黙の中無秩序な足音だけが確実に膨れ上がっていった。
そして暗い孔の奥から躍り出てきたクレイゴーレム。
しかしすぐさま上空から破裂音が一発振り下ろされ、クレイゴーレムは硬直しながら倒れた。
その後も二体目・三体目が出てくるが、陽の光に晒された瞬間、網の上の老人による散弾銃の射撃で倒れ伏してしまう。
「間違い無く、装弾に抗魔加工の弾丸を何個も混ぜてるタイプだ」
構えたまま微動だにせず、義山は苦笑気味に呟く。
「札束でぶん殴るってああいうのを言うんだな。流石高級老人ホームとしか言いようがない」
「え~、そんなに高いんですか?」
「3ケースで散弾銃一丁買える」
「えっ、ヤバ……。あ、そっか、小さい弾ひとつひとつに術式籠めるから、コストが上がっちゃうんだ……」
「数が少ない内は上のご老体に任せればいい。撃ち零した奴を優先的に狙うぞ」
「弾丸の節約も、出来ますもんねぇ?」
「ああ、おじいちゃんおばあちゃんのお小遣いで楽させて貰おうぜ」
銃声と共に倒れ伏すゴーレムを眺めながら、そんな軽妙な会話をする義山とオリザ。
……最初にこの場所に通りかかったとき、ここでの昼食を最初に提案したのは義山だった。まぁ、ダンジョンの中で食事をするよりマシだろうし、老人ホームの鉄骨渡りの映像も撮れ高的にそこそこ強力だからだろうとソヨギは思っていた。
しかし、ここで昼食を摂った理由にはもうひとつあったのだといま気付いた。義山は知っていたのだ。この谷底が、このダンジョンにおいて最も安全な場所だということを。
……老人達の銃撃に臆する気配無く、クレイゴーレム達は出口から湧き出てくる。
単体での登場が素早く処理されていたのは最初の内だけで、ある段階からまるでバルブを解放して吹き出るように複数体が一斉に絶え間無く孔から飛び出し始めた。
おもむろにアサルトライフルで単発撃ちを始める義山。
老人達は網の上で網目から狙っているゆえに、それぞれがカバー出来る範囲は上空からとは言えかなり狭い、上天におわす老人達のキルゾーンを超えると谷底を這う若者達の出番だ。
老人ホーム入居者達の弾幕を乗り越えたクレイゴーレム達を義山は確実に撃ち抜く。
抗魔加工の弾丸により術式が寸断され、震えながら倒れ伏すクレイゴーレム。
しかしその土塊を踏み越えて更なる土人形達が弾幕を踏破してくる。
「ファイヤー・ボール!!」
灯火を掲げ、オリザが叫ぶ。
その呪文に呼応し、松明の先端に緋色に昏く光り、表面に炎を揺らめかせるを拳サイズの球体が形成され、突き出した松明の先端から真っ直ぐ射出された。
目標はクレイゴーレムの胴体。
着弾と同時に、轟音を上げ爆発する。
目標物への着弾と同時に火球は周囲を貪るように膨張し、大爆発を引き起こす。
何かを燃やすための魔法では無く、魔力を燃やした結果に爆発を発生させる魔法なのだ。
残されたのは、上半身が消し飛んだ煤塗れの脚のみ、それすらも瞬く間に崩れ去り、跡には何も残らなかった。
天井の老人達から(主に男性の)歓声が上がった。
上空の網に張り付くおじいちゃんおばあちゃんのあまりにも生き生きとした表情にソヨギは内心慄いてしまう。
深い皺の刻まれた目元をカッと見開き、瞳を爛々と輝かせながら一心不乱に標的を撃っている。
オリザの魔法攻撃が命中した瞬間、そのガンギマリ顔の視線がオリザに集中し、遠目に視ているソヨギの方が気圧されてしまった。
よく見ると、老人達が張り付いた網の向こう側の鉄骨の上にも何人か老人が座っており、中に装弾のケースを入れた籠のようなものをロープで吊るし、網の上の老人達に弾丸を補給している。
その表情は真剣だが一様に生き生きとしており、これらの行動が全て、老人虐待を意図したものでは無いと示している。
ガンギマリ顔と言えばソヨギの隣のジンジもいま多分そんな感じで、目元はヘッドディスプレイで隠れているものの、半開きの口元と、視線を一切逸らさず空中のキーボードを乱打している様子はこの光景にいかに夢中になっているかを如実に表している。
ジンジはこのバズり散らかすのが約束された福音的光景を自ら撮影しながら、飛び交うコメントに目を走らせ、SNSに宣伝をばらまいている最中なのだろう。
社会人の宝島がいまここにあるのかもしれない。
偏差的に連なり続ける銃声と火炎魔法の爆発音。
倒れ伏す土と石の怪物、更にそれを踏み越えて行進する怪物。
クレイゴーレムが倒れるたび、走り込むたびに湿った土と石が巻き上がる。
しかし、そんな舞い飛ぶ土と石の中に、不自然に空中に浮かんだままのものが幾つか目に留まる。
「石が浮いてるぞ!?」
義山も気付いたらしく、ノールックでリロードしながら叫ぶ。
「『ストーン・バレット』だよ! 気を付けて!?」
ジンジも、オリザに向かって注意を呼び掛ける。
クレイゴーレムによる魔法攻撃らしい。マジかよ……!
宙に浮いた十数個の大きな石ころは空中に静止した直後に前方の、オリザと義山に向かって飛んでくる。
「スパーク・ウィップ!!」
オリザは呪文を起動させる。
松明の先端から発射される緋色の糸の束が空中で広がり、先端から火花を発する触手となり次々と飛翔する石弾に接触、爆竹のようなけたたましい破裂音と共に全て、丁寧に叩き落していく。
動体視力、どうなってんの……!?
「上にも飛んでる!」
破裂の残響の中でオリザが叫ぶ。浮遊した石弾の内の何割かはダンジョン探索者ではなく上空の、網を這う老人達に向かっていった。
しかしそのまま石弾は老人達に激突することは無く、突如網の手前に現れた紫色の半透明の壁によって阻まれた。
「介護職員のシールド魔法だっ!」
石弾が飛翔してきた方向を射撃しながら義山の叫び。
やはり老人虐待の意図は無いらしい。レクリエーションのケアもバッチリだ。
「上の守りは気にしなくていい! こっちへの攻撃だけ防いでくれ!」
「はい!」
……その後も数分、クレイゴーレムの怒涛の進軍と石弾の乱舞は続いた。ダンジョンの虚穴から溢れ出るが如き未知からの怪物は厚い弾幕と魔法の壁により徹底的に抑え込まれた。
その間、牧村ソヨギは特に何もしていなかった。
何も出来ないときに何もしないのはそれなりに大事なことなのだ。
槍を投げた所で、クレイゴーレムの身体に突き刺さるかどうかすら怪しい。
そんな愚かな行いを思い付く暇すら無く、目の前の暴力の押し付け合いに圧倒されていた。
……やがて、銃弾の音は疎らになり、最後の破裂音が響いたあと、恐る恐る安全を確かめるような沈黙が谷底を満たした。
谷底には、土に還ったクレイゴーレムの身体が幾つも山のように地面を盛り上がらせていた。ダンジョンの入り口の横穴は、もう半分くらい埋まってしまっているかもしれない。
十分に、平穏の訪れを示す沈黙を噛み締めたあと、灯藤オリザは上空の老人達に向かって松明を掲げ「やりました! ありがとうございました!」と晴れやかに勝利宣言をする!
谷底に向かって、しわがれた声の歓声が響き渡った。
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