第7話 吊られた男




 そろそろ休憩すべきじゃないか?


 義山に提案され、ソヨギは素直に従うことにした。もはや数えていないが多分50投くらいぶっ続けで投げているし、さっき3回連続で的を外している。


「肩痛くない? 大丈夫?」

 右肩を回しながら地面に腰を下ろすソヨギに、オリザはお茶で満たした水筒の蓋を渡す。 

 ありがとう、まだ大丈夫。礼を言い受け取るソヨギ。あぁ、冷たくて美味しい……。


 義山は7つ目のポリ容器をバックパックに詰めている。

 そのバックパックに満杯のポリ容器を詰める作業は徹底して手早い。

 不意のモンスター出現にかなり警戒しているらしい。奈落の下から螺旋状のスロープを登って来る可能性もあるし、この空間に入って来た横穴からモンスターが出てくる可能性もある。

 目標の量が集まらなかったとしても移動せねばならなくなった瞬間に即バックパックを背負って逃げ出せる準備を整えている訳だ。


 残った空のポリ容器はあと5つ。

 いつモンスターが迷い込んで来るかもわからないので出来るだけ早く済ませてしまいたい。


「一応、発光茸の粘液を今の量集められた時点で、成果としては充分ではあるよ」

 ジンジが、休憩中のソヨギの傍にしゃがみ込んで話し掛ける。


「牧村さんの肩的にそろそろ限界ならこの辺で切り上げてもいいよ。用意したポリ容器を全て満たす必要は特に無いし」

「もう50回くらいに投げてるんじゃないか?」と尋ねてくる義山。

「視聴者のコメントでは54回、だそうです」


 ……ソヨギのコンディションに気を遣っている部分ももちろんあるだろうけれど、休憩直前の三回連続ミスが自分でもかなり酷かったと思うので、そもそもの限界なのでは? と勘繰っているのだろう。

 こんな地獄の窯の縁みたいな場所に長居をしたくない気持ちは全員一致している。これ以上成果が見込め無さそうならそろそろ退散する選択肢を視野に入れたいのだろう。


「……まだもう少しなら投げられると思います。休憩も出来たので」

「そうかい?」

「残りのポリ容器全部を一杯にするのは無理かもですけど」

「ああ、うん、そこは気にしなくても大丈夫だからね」


 実際、ある程度肩は休まったが、ちゃんと投げられるかどうかはちょっと判断出来ない。もし投げてみて想像以上にダメそうなら素直にギブアップを宣言しようと思う。


 ソヨギは柄杓に改造された槍を再び手に持って立ち上がる。


 そして目標の、向かいの絶壁の発光茸に視線を向け


「……え?」

「……え?」

「……え?」

「……え?」


 全員一斉に戸惑いの声を漏らす。


 4人の目の前には、絶壁と足場の間を遮るように一人の人間が浮いていた。


 いや、よく見ると、その人物はロープに吊られている。天井に空いた穴からロープに吊られ、ここまで降りてきたらしい。作業着にジャケットを着込み、手には異様に柄の長い柄杓が握られている。


 4人の漏らした声に振り向く宙吊りの人物。首の動きで、吊ったロープごと回転し、全身を足場に立つ4人に向けることになる。


「……え?」


 やはり戸惑いの声を漏らす吊られた人物。


 見た目は40~50代の男。服装は林業か農業に係わる仕事をしている人のように見えるが、(戸惑ってはいるものの)目付きに異様な鋭さと怒気を孕んでいるように見えて、堅気の人間では無いのではないかという直感をソヨギに与えた。




 ……ところで、日本国内でダンジョン探索を行う際、関係省庁への申請が必須となる。

 理由はいくつかあるが、『複数の別のパーティーがダンジョン内で鉢合わせするのを防ぐ』のも大きな理由のひとつと言われている。ヒトの眼が行き届かないダンジョンの深部で武装した集団同士が成果物を巡って諍いを起こす事態を未然に防ぐ必要があるのだ。


 無論、ソヨギ側は申請を出している。王手動画サイトに生配信をしている以上、その辺のルールの順守は絶対だ。

 基本的に行政側の不備でもない限り、同じ日時に二組のパーティーが同じダンジョンを探索している状況はあり得ない。


 となると残された可能性はひとつ。

 

 目の前の吊られた男は、密猟者なのだ。




「「…………」」


 まぁ、密猟者だと推測出来たのはともかく、この状況はどうしたものだろうか?   

 

 両者とも目を合わせたまま硬直してしまった。

 密猟者側も、恐らくダンジョン探索専門誌に掲載されていた義山のレポートを読んでこの空洞を見つけ出し密漁に乗り出したのだろうけど、まさか同じタイミングで正規の探索者に遭遇するなどとは思いもしなかったのだろう。


 無論それはこちらも同じで、ソヨギに至っては、宙吊りの人物が密猟者だと気付くことは出来たが、それにどう対処すべきかまでは考えが至らず、アトラトルに槍をつがえて振りかぶる直前の中途半端な姿勢のまま、頭が真っ白になっていた。


 暗がりの中、天井の孔から差し込むゴッドレイに照らされた宙吊りの中年男性と面と向かうだけの時間がただ過ぎ去る。ほんの一瞬でしかない時間が、ソヨギには異様に長く感じられた。


「戻せ」


 最初に声を発したのは宙吊りの男の方だった。


「引き上げろ! 今すぐ! 引き上げてくれぇ!!」


 宙吊りの男は不意に上空に向かって吠える。

 孔の向こうでロープを引っ張っている仲間に指示を出しているのだ。


「ま、待ちなさい! あなた、密猟者でしょ!? 逃げないで下さいっ!」

 ロープが引き上げられ、上空へと回収される男にオリザが叫ぶ。


 ……その後の展開において、オリザの非を責めるのは簡単であろう。

 しかし、未来がどう転ぶかなど誰にもわからないし、オリザの行動によりより最悪な別の未来を未然に防げたのかも知れない。


 しかし、オリザの判断はあまりにも瞬発的で、果断だった。


 叫ぶオリザを忌々し気に一瞥した宙吊りの男は右手をおもむろに懐に忍ばせた。


 そんな動作を、映画で見たことあるなとソヨギがぼんやり思っている裡に男が取り出したのは拳銃。


 吊られた男の視線は、わかりやすい凶器:アサルトライフルを肩から下げたまま反応にワンテンポ遅れている義山に向いている。


 ――後々考えれば、確かにあんな不安定な状態で吊られた男が発砲する可能性は低いだろう。逃げるための時間稼ぎで牽制として構えているだけだったかもしれない。

 しかし、そのまま義山が撃たれる可能性ももちろんあった。


 ただ、吊られた男の見込み違いは、最大の脅威はアサルトライフルを携行した義山では無かったという点。


 灯藤オリザは、反射神経と動体視力が鋭過ぎた。


 あらゆるダンジョンで、あらゆるモンスターを絶対的な暴力と集中力で捻じ伏せてきた彼女は、不意の脅威にも異常なほど敏感で、コンマ一秒で変化する状況に、周囲の危機に瞬発的に対応出来てしまう。

 アイドル顔負けの容姿でありながらも、鉄火場における対応力の高さは平時の人間を大きく超えていた。


「スパーク・ウィップ」


 吊られた男が、懐から拳銃を取り出した瞬間、構えのモーションに入っている途中にオリザは小さく呟き、オリザが無造作に握った松明から緋色に輝く糸が目にも止まらぬスピードで蛇行しながら吊られた男の手元まで延び、その拳銃に触れた瞬間小さく発光した。


「ぎゃっ!」


 小さく叫び男は


 右手の拳銃と物干し竿のように長い柄杓を手から放してしまう。


「あ」


 虚空に思わず声を漏らすオリザ。


 恐る恐る、身を乗り出し空洞の底を見下ろすソヨギ。


 吊られた男が持っていた拳銃と柄杓は、虚空に向かって自由落下し、ぼんやりと発光茸が照らす地底へと溶けていった。


 ぱん。


 拳銃が地面に接触したのだろう。無慈悲な暴発音が大空洞に響き渡った。


 その瞬間。


 見上げてくる無数の視線をソヨギは感じ取った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る