第6話 作業配信
この『養老山Deep』内の大空洞を発見し世間に公表したのはガイドを務める義山厳太郎。
未知の深淵に続く螺旋階段の奈落も多くの業界関係者を驚かせたが、それと共に、割と上層に発光茸が生えていた点も注目を集めた。
発光茸が自生するダンジョンの中でも比較的アクセスが容易な場所、とは言えここに辿り着くまでの幾重にも枝分かれし土属性モンスターが徘徊するダンジョンは安定攻略がかなり難しい。
義山のレポートを目にしたダンジョン探索配信者の事務所の山野辺ジンジは、『養老山Deep』の程良く高い難易度とそれに見合う報酬(発光茸の粘液)に目を付け、義山にアポイントメントを取り、打ち合わせの末今回の探索&採取のためのパーティーを編成した、という訳だ。
その後も向かいの絶壁に向かって9回槍を投擲。
全10回中命中は7回。まぁ、悪くは無いのだが。
最初は立て続けにヒットして内心安堵していたのだが、同じ場所ばかりに命中し過ぎていて茸が押し潰されそうになりつつあったので別の個所を狙いおうと調整を試みたが、逆に狙いが安定せず、狙いが大きく外れてしまったことが何度か。
まぁ、許容レベルの成功率である。その点は事前の予行練習が功を奏して一安心なのだが、ソヨギの胸中には別の懸念が膨れ上がっていた。
この絵面、地味過ぎないか……?
今回のダンジョン探索の動画配信を視聴する者の大部分は間違い無く灯藤オリザのフォロワーだろう。チャンネル登録者数80万人を抱える動画配信者の活躍が見たくてアクセスした生配信に映っているのが『淡々と暗闇で槍を投げ続ける謎の男』という事態は、果たして許されるのだろうかとソヨギの中で疑念が拭えずにいた。
「あの天井の穴って、どうなんですか?」
その人気動画配信者のオリザは、ソヨギの邪魔にならない背後で義山に何やら話し掛けていた。
「飛行魔法とか使えば、あの穴から直接ここに降りて来れそうな気がするけど……」
「可能ではあるけど、問題はあの穴の傍まで行くまでだな。あの穴の辺りは山中でも特に険しい場所で道も整備されていないからアクセスする手段が無い。しかもクレイビートルがあの穴から這い出ているらしくて山中での発見報告をたまに聞く」
「うわぁ、え~」
「対モンスター用の手段が整っているなら、ダンジョンを通って来た方が実は確実だし、楽ですらある」
ジンジの方も、ソヨギの投擲を背にそちらの会話を撮影している。一度映像に収めればあとは単純動作の繰り返しである。自社の看板タレントが誰かと会話している映像の方が価値があると判断するのは妥当と言う外無い。
――数週間前のオリザの動画配信は記憶に新しい。『恐山Deep』内の大空間における『巨大牛木型でいだらぼっち』の共同討伐コラボ配信。20メートル級の巨体から発せられる膨大な呪詛魔法を、オリザは燃焼した魔力で得られる推進力で宙を飛び回り回避し、火球魔法を発射し戦う姿は現代の戦闘魔術師の到達点のひとつと言わざるを得ないほどに壮絶なもので、凄いとは聞いていたけれどヤバ過ぎるだろこれ!? と驚愕しながらソヨギも動画配信に釘付けになっていた。
大規模戦闘が必要なダンジョン攻略では必須の戦力とすら言われている人材なのだ。そんな彼女がただ淡々と他人の槍投げを眺めて駄弁っているだけの動画、というのは許されるのだろうか?
まぁ、派手な戦闘の動画ばかり配信してもマンネリ化してしまうというのはソヨギにもよくわかる。現にオリザは、今回のような地味なダンジョン探索や持ち前のルックスとトーク力をフル活用した雑談配信なんかも頻繁にやっている。
それはそうと、ソヨギには内心引っ掛かっていることがある。
今日の『養老山Deep』の探索配信においてソヨギが呼ばれた理由は今この瞬間、安全地帯から安全に発光茸の粘液を採取するために他ならないのだが、ディレクターであるジンジが神槍作製チートスキルのソヨギの存在を知ったのは、オリザに教えられたからだそうだ。
「企画中の探索配信にうってつけの人材が居る」とオリザから紹介されたらしい。
ジンジとの個別の打ち合わせ中に何気無くその事実を聞かされて、ソヨギは内心動揺した。
その話を聞かされる前に初顔合わせと合同の打ち合わせを終わらせており、オリザによる紹介だとは思ってもいなかったのだ。
動画配信者としての牧村ソヨギは、最近フォロワーが四桁になったレベルの零細配信者である。
地元で仲が良い何人かには動画配信をしていると話しているがオリザにはそんな話はしていない、というか、高校を卒業してから会ったことすらない。
誰かがオリザに動画のことを教えたのか? 偶然見つけたのか? 見つけたとしても何故底辺動画配信者の自分とコラボしようなどと考えたのか? 深い意味は無いのか? そんな疑問をモヤモヤと抱いてしまう。
そして11回目の槍投げ。
今まで同じ所にばかり当たっていた槍は狙い通り少しズレた位置に命中。
心の中でガッツポーズをしながら周囲を確認し、グングニル・アサインと呟く。
謎の力で宙を浮きながらソヨギの手元に戻って来る槍。
合に回収された粘液の量も多め。
すぐさまポリ容器に粘液を注ぎ込む。
二つ目のポリ容器も満杯になり、義山がポリ容器に蓋をして、蓋をくるくると回し密閉を確認してから、容器に付着した粘液を布で拭ってから降ろされていたバックパックにポリ容器を詰め込む。
「……てか牧村くん、槍投げ上手くない? ほぼ命中してるじゃん?」
12投目のモーションに入ろうとした矢先に、オリザが槍投げの邪魔にならないように近付いてきて、興味深そうに話し掛ける。
「ああ、今日のために結構練習したから」
「えー、いやでも多少練習したくらいでポンポンこんなに当たる?」
「たまにに刺突漁をしてるっていうのはあるけどな」
「あー、例の水棲モンスター」
「そうそれ」
それくらいしかこのチートスキルを活かす場がないのだ。
「えっ? 牧村くん、高校の頃陸上部だったよね?」
多分ただの雑談と判断したソヨギは、そのまま槍投げに移行することにする。
「ああ、そうだよ」
「槍投げに関するチートスキルが発現したのって、その頃の経験が理由だったり?」
放たれる12投目。
「……まぁ、僕と槍の関わりはその辺りかな。槍投げより走り高跳びの方が得意だったんだけどね」
命中。11投目と同じ場所だ。
グングニル・アサイン、そう呟き槍をまた手元に戻す。
「学生時代、陸上やってたときは、大人になっても仕事で槍を投げることになるなんて、想像もしてなかったよ」
そう呟きながら新たに蓋が開けられた空のポリ容器に粘液を注ぐ。オリザはくすくすと笑う。
「わたしも、コラボ配信で同級生が槍投げしてる姿を見ることになるなんて思いもしなかった」
……発現するチートスキルの内容はヒトによってそれぞれ違うし現状法則性も見出されていないが、少なくとも発現者の人生にある程度反映された内容の能力になるらしい。投げ槍を見たことも聞いたことも無い人間は投げ槍に関する能力を発現しないし、松明を見たことも聞いたことも無い人間は松明に関する能力を発現しない。
オリザが松明と関わりを持つ切っ掛けとなったと思われる出来事は恐らく、子どもの頃オリンピックの聖火ランナー石川県代表に選ばれたことにだろう。彼女の人生で『松明』と関わりを持った出来事はそれしか存在し得ない。
しかし、それは別段、オリザの人生に大きな影響を与える大事件という訳ではなく、刺激と波乱と幸多き彼女の人生においては『子どもの頃の思い出』のひとつとして過去に埋没していく程度のものだった(そんなような話を動画配信の雑談枠で明かしていた)。
オリザは、ソヨギとコラボ配信をするとは思ってもみなかったと言った。
ソヨギにとっては、オリザが人気動画配信者になっている事実やダンジョン探索界隈のエースになっている事実はそれほど意外性は無かったのだ。ああ、灯藤オリザならそれぐらいは出来るよな、と妙な納得感すらあった。
因みに、高校生の頃のオリザはバレー部のキャプテンを務め、その年のバレー部は県大会で優勝している。同じ運動部でも、具体的な結果を特に残さなかった自分とは格が違う。
天は二物を与えず、なんて格言は世の不条理を認められない奴のたわ言だとソヨギは確信している。
灯藤オリザは『天』とやらに色々と与えられ、それを十二分に活かそうと心血を注いでいる人間である。正直、眩しくすらある。
そんな相手と、コラボ配信をするなどとは思ってもみなかった。
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