第3話 『神槍作製』と炎の魔法使い
――旧来から、動画配信活動において他の配信者とのコラボ配信は手っ取り早く視聴者やフォロワーを稼ぐ手段として重用されてきた。ダンジョン探索配信が流行する昨今もそれは例外ではない。今回の探索配信は、灯藤オリザと義山厳太郎と牧村ソヨギの三者によるコラボ配信と言える。
「でも、よく一週間も休みとれたよねぇ?」
暗く狭い回廊にも若干飽きてきたらしいオリザは隣を歩くソヨギと雑談に興じていた。
「公務員ってそんなにガッツリ休みを取れるものなの?」
「ああ、オリザの生配信に出るって言ったら思いの外アッサリ有休が貰えた」
「へぇ~、副業に理解があるんだ?」
「直接の上司はオレが動画配信やってるのは知らなかったみたい……」
「あらら」
「ただ、人事部の人の方が動画配信に理解があって、色々上司に説明して貰って、休みが取れたよ。あと、灯藤オリザのことは上司も知ってたよ」
「わぁ、どうもです!」
「我が町をよろしくお願いします、だって」
「え、ああ、地元地元……。自然が多いよね、石川県」
「……それ、褒めてるかどうかと問われると、かなり微妙だよ?」
「あはは……。えー、あー、あと、トリッキーなダンジョンが結構あるよね!」
「いや、それやっぱり地元の特色としてはどうなんだろう……?」
このような雑談も、目の前を歩く山野辺ジンジに撮影をされている。彼のヘッドセットにはなんと背面にもカメラが取り付けられているのだ。オリザとソヨギの愚にも付かない同窓会トークはジンジのカメラを通し、全世界に生配信されている最中である。
オリザの喋り方も、どこか抑揚が激しく営業トーク然としていない訳ではないが、元々彼女は地元にいた頃から華があり快活な女の子だったので、ソヨギもあまり違和感無く会話することが出来た。
いま現在リアルタイムでとんでもない人数が(少なくともソヨギ単独の動画配信では絶対目にしないレベルの人数が)視聴しているであろう現実をなるべく考えないようにしながら、色んな意味で『プロ』に徹する。
「でも、実は未だにまだちょっとビビってるんだけど、オレが灯藤の動画に出ても許されるもんかなって」
「ん~~?」
オリザは、心底不思議そうに首を傾げる。
「一応ダンジョン配信者同士のコラボって名目で付いてきてるけど、こっちは余りにも零細過ぎて、同じ肩書で肩を並べて大丈夫なのかと心配で……」
「でも、ソヨギくんもチートスキル覚醒者なワケだし、それに頼って来てもらったんだから、そこは胸を張ってもらって全然良いと思うよ?」
「チートスキルって言ってもなぁ……」
ソヨギは自虐気味に呟きながらバックパックに取り付けた槍のケースを一瞥した。
「『投げた槍を自動的に手元に戻す』ってだけの能力だからなぁ……」
「……弱くはない能力のような気はするけどなぁ」
「弱くはないと思うよ、弥生時代の戦争とかなら。銃や魔法が発達した二十一世紀の鉄火場で投げた槍が手元に戻って来る能力に需要は無いよ?」
「でもなんか、応用が利きそうじゃない?」
「チートスキルって言っても色々制限があって、オレがいままで投げた距離以上は戻って来れないし、ロッカーに入れてドアをガムテープで目張りした状態で能力を発動しても槍は出て来れなかったよ」
「ん、ん~~~~??」
何とか努めて、ソヨギの能力の良い部分を引き出そうとしていたオリザも、その『制限』に眉をひそめて難しい顔をした。
「ぶふっ……!」
オリザとソヨギに背中を向けながら二人の会話を聞いていたジンジは、不意に笑い声を吹き出した。
「いや、ごめんよ。配信のコメント見ててね。牧村さんの能力について盛り上がってたコメント欄が、今の制限の話を聞いた瞬間一気に絶句しちゃって……」
「いえ! 灯藤さんのスタッフから笑いを取れた時点で上々です! 爪痕残せました!」
「いやあはは、志、低過ぎだし」
ソヨギの対外向けの卑屈さに、オリザは小さく笑った。
この『チートスキル』と呼ばれるもの、端的に説明すると『無秩序形成されたダンジョンに入った人間に付与される不可逆的な超能力』とされている。
どうしてダンジョンに入ると超能力を獲得するのかは未だ謎とされているが、最も関心を集めている説は『ダンジョンの特異性が侵入した人間も冒険者として組み込み、ダンジョン探索者として最適化された人間に成るから』である。
そもそも奇光石が何らかの呼び水となった地下迷宮無秩序形成現象自体が正体が解明されていない現象なので仮説に重ねるだけでしかないのだが、何気無い地下領域が異世界のように変質する現象の延長線上にそれに関わる人間も異能を発現する、という理解はある程度辻褄が合い一定の説得力があると多くの人に捉えられた。
チートスキルの獲得条件が、『ダンジョンに入る』『ダンジョンの生成物と深く接触する』のふたつが挙げられるが人によってチートスキルが発現する者と発現しない者が分かれ、しかもどんな能力を獲得するかも実際に能力を手に入れてみないとわからない。
義山とジンジはダンジョン探索を生業とし何度もダンジョンの中を探索しているが、未だにチートスキルを発現していない。その点で言えば、そもそものチートスキルを発現したソヨギはその時点で特別と言えるのだが……。
「いやでも、前に見た動画は面白かった! 海岸沿いのダンジョンの入り口で水棲のモンスターを延々と投げ槍で狩猟し続ける動画」
努めて明るい口調のオリザに、ソヨギは苦笑いで応える。
「あれは、完全にコメント芸と言うか、視聴者に助けられてた動画だけどね」
「ソヨギくん、なんだかんだで自分の能力、結構気に入ってるよね? 自分の能力を自虐芸に使うのに積極的と言うか」
愛らしくも意地悪な笑みと共に指摘するオリザの言葉に、ソヨギは視線を逸らしながら「まぁ……、うん」と認めざるを得なかった。
投げた槍が手元に戻って来るとかいう2000年くらい前なら多分強力だったチートスキルを最大限活用しようと知恵を絞って考えた結果生まれた動画のひとつが、前述の狩猟動画である。
地元石川県海岸沿いの岩場に形成されたダンジョンの入り口はそのまま海水が入り込む海蝕洞のようになっており、小型の水棲モンスターがその波打ち際にしばしば発生している。それを岩場から槍を投げて一突きにし、チートスキルを発動して手元に槍を回収してそれを繰り返すだけの動画だ。
能力によっては巨万の富をもたらし得るチートスキルを用いてただ淡々と地味な刺突漁を行う姿は動画視聴者達の同情を誘い「オレは一体何を見せられているんだ……」「チートスキルが惜しげも無くフル活用されてるのに絵面があまりにも地味」「チートスキルガチャ敗北者の末路」「これ、ストラップの付いた銛でよくね?」などの温か味のあるコメントで溢れていた。
最後は、投げ槍を能力で回収している最中に獲物が槍から抜け落ち、別途用意していた網で掬い取ろうとしたところ別の水棲モンスターに噛み付かれ、そのまま網が水中に引き摺り込まれてしまう、というオチまで付いた。
ハッキリ言って自虐ネタではある。それに動画の内容がどうあれ「面白い」と言ってもらうのが動画配信者にとっての最大の賛辞なので、オリザの感想は、まぁ、素直に嬉しい部分もあった。
「わたしのスキルって、正直あんまりダンジョン探索向きじゃないんだよね」
「そうかな?」
困ったような顔で言うオリザだが、ゴミスキル持ちの自分の前でそんなことを言われても困る、とソヨギは思ってしまう。
「ダンジョン内で本気出しちゃうと爆風とか熱とかで大変なことになっちゃうし、ダンジョン内で炎を出し過ぎると酸欠になりかねないし。本気で魔法をフル活用出来る状況って少ないんよ」
「……蛍光魔法とか、さっきの『スパーク・ウィップ』とか、十分凄い魔法だと思うけど?」
「あーありがとう。でもあの辺の魔法って割と誰でもできるヤツだし」
「…………」
オリザの言う『誰でもできる』の『誰でも』は、オリザの周辺に居る国内最高水準のダンジョン探索者や魔術師を指しているのであり、世間一般の『誰でも』ではない。専門的に魔法を勉強している人間でも、オリザの『誰でも』の領域に辿り着けない者は無数に居る。それを自覚しての発言かどうかがわからず、自分の劣等感の傷口を広げたくも無かったので、ソヨギはただ閉口するしかなかった。
オリザのチートスキルは『松明を持つと火系統の魔法に対する感応性が大幅に上昇する』というもの。火に属する魔法の威力と成功率が大きく上がる。それ単体では意味のないスキルではあるが、魔法を勉強する努力さえあればその真価は大きく発揮される。
実際、オリザは努力した。奇光石の発見で大きく発展した『現代魔術』を勉強し、自身のチートスキルの真価を発揮するための知識を深めていった。
実際、オリザは地元に居たときから『優秀な人間』だったとソヨギは思っていた。頭が良くて人当たりが良く、弾けるような笑顔で息を飲むほど美しい女の子。
山と漁村しかなかつた片田舎でアイドルのようでさえあったオリザは、確かに、あんな田舎で燻っているだけの人間にはならないだろうなと当時から思っていた。
たとえチートスキルが発現しなかったとしてもだ。
「でさ、わたしこの複数人でパーティー組んでダンジョンを探検するみたいなコラボ企画、凄く気に入ってるんだよねぇ。お互いの長所を持ち寄ってダンジョンに挑むって感じが、いかにも冒険! って感じで子どもの頃からの憧れだったからさ」
「……うん」
「だから、今日は参加してくれてありがとうね」
「それはこっちもだよ。一人だったらこんなヤバいダンジョン来ようとも思わないし」
……オリザとは幼馴染ではあるがそれ程深い接点がある訳ではない。田舎の漁村ではそもそも子どもが少ないから、会ったら多少会話をする程度の関係でしかない。同じような環境で育って片や世界でも名を轟かすほどに成功し、片や地元でこそこそとニッチな動画を撮影する。コンプレックスを感じないた言えば嘘になる。
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