第2話 養老山ダンジョンの探索




 『迷図拡散(ミノスロード・スプレッド)』『ダンジョン化禍』と呼ばれる、地下に埋没した奇光石の連鎖的活性化による全世界における地下迷宮無秩序形成現象は、人類に未曾有の被害を与えると共に、途方も無い恩恵とイノベーションも同時に与えた。それは社会にとって新たな苦難であり福音であり、特に、近代に渡って『科学』に煮汁まで吸い尽くされていた『魔術』の分野において爆発的な革新を推し進めた。 


 新たなるルネッサンスとも呼ぶべき科学や魔術を始めとする各学術分野での爆発的急成長は同時に庶民が気軽に怪物に襲われる危険も隣り合わせで、市街地の中心に突如地下迷宮の入り口が形成され中から怪物が這い出てきたり、希少物質・未知の素材を求めてダンジョンを探索し帰らぬ人になるなどダンジョンに纏わる事故・災害は枚挙にいとまが無い。


 新しい時代の只中でのポジティブな躁状態とあらゆる人々の命がアッサリ奪われてしまう刹那性が表裏一体となった社会背景は、『冒険心』と『怖いもの見たさ』を両立する娯楽に人々の関心を向かわせていた。


 ダンジョン動画配信者もそんな世相が生んだ職業のひとつである。


 ダンジョンを散策する様子を動画配信しようという、単純と言えば単純な生業なのだが、サバイバルのプロや元軍人や民間軍事会社の要員やチートスキル発現者や魔術師などが独自のノウハウや装備を以てダンジョンを探索する様子は、知見に富み娯楽としても興味深いものとして捉えられた。未知の発見と怪物に襲われる恐怖の二面性は大きな魅力として世界の視聴者に楽しまれた。




 別に命懸けではない老人達の鉄骨渡りに見下ろされつつ、四人のダンジョン探索者は休憩を終え、谷底の横穴から更に奥へと続く道を進む。


 ……岐阜県山中地下を山並に沿うように形成されたダンジョン『養老山Deep』は天然の谷もろとも縦断する形で無秩序形成されたダンジョンであり、ダンジョン通路途中が外界に露出している箇所がいくつかある。老人ホームの鉄骨渡りの谷もそのひとつだ。


 谷の先へと続く横穴の幅は縦横共に3メートルほど。外壁は再加工されておらず土を地層をそのままくり貫いたような状態で、湿った土の匂いが青年の鼻を突く。


 照明が無いタイプのダンジョンなので内部は真っ暗なはずだが、四人の進行方向には丸い光の玉がふたつふわふわ浮いていて、深夜の都会の歩道橋程度には視界が確保されていた。


 灯藤オリザが魔法で造成した照明である。光の玉は一定距離を置いて常に術者の前方を進み続ける。

 これは懐中電灯などを携帯するよりはずっと確実性の高い視界確保の手段で、この手の照明魔法が扱えるかどうかがダンジョン探索動画の生配信において同時接続者数3000人を超えるためには絶対必要な技能だと業界では言われている、らしい。


 湿った土と苔の匂いに満ちたダンジョンを浮遊する照明を頼りに隊列を組んで進む。


 先頭はオリザが着ているものに似た外殻付きの戦闘服を着込んだ男性。ただし色は鉄のヘルメットやバックパックは暗い茶色で統一されており、ダンジョンの外壁との保護色になっている。

 彼の名前は義山厳太郎、中京地方の山中を中心に活動するマタギである。

 40代中盤であるが、皺の深い日焼けした顔が、彼が長期間過酷な環境に身を置いてきたことを物語る。マタギではあるが身に付けている身体能力を強化するパワードスーツとしての機能もある外殻付き戦闘服やサプレッサー付きアサルトライフルなどは完全に対モンスターを想定した装備。養老山Deepを単独で探索する、ダンジョン探索者も兼業している。


 そのあとに続くのはバックパックを背負い赤い外套のフードを被った灯藤オリザ。その手には1メートルほどの長さの銀色の錫杖のようなものが握られていた。ラッパのように杖の先が花のように広がり、台座を思わせる意匠が施されている。魔術的な触媒という意味では錫杖に近い道具だが彼女のそれは、錫杖ではなく松明なのだ。彼女は炎・光・熱を操る魔術師として広く知られている。


 その後ろから一定の距離を置いて付いてくるのが山野辺ジンジ。ヘッドディスプレイに登山用ウェアにバックパックと、前衛二人と違い荒事を想定した持ち物は一切見られない。オリザの背面を、常に画角に収められるよう注意深く歩いているようだ。


 そして殿を務める青年。

 年齢はオリザと同じくらい、登山用ウェアにバックパック、キャップを被る服装はジンジの装備に近いが、青年にはひとつ他の探索者とは決定的に違う道具を所持していた。青年のバックパックの側面に革製の小学生高学年ほどの丈はある細長いソフトケースが取り付けられていた。


 これは言うなれば神槍。青年・牧村ソヨギのチートスキルにより神槍グングニルと同様の性質が付与された槍なのだ。




「止まってくれ」


 先頭を歩く義山が片手を上げ、後続の足を止めさせる。


「クレイビートルが2体、10メートルほど先だ」


 義山が指を差す先には球体の光源に照らされた湿った土の回廊。その上に目を凝らすと、人間の足の裏ほどのサイズの黒い塊がふたつ、かさかさと真っ直ぐ四人に向かって近付いてきている。


 それは超巨大なダンゴムシを思わせるフォルム。粘土質の土が地下迷宮味秩序形成現象の副次的な効果により魔法生物として象られたモンスター、クレイビートルである。


「行きます」

「よろしく頼む」

 オリザがすかさず前に進み出て義山も即座に脇に避ける。


 松明を目の前に突き出したオリザは、接近する二体の巨虫を真っ直ぐ見据えながら、小さく呟く。


「スパーク・ウィップ」


 途端、明かりの灯されていない松明に点ほどの光が灯り、そこから緋色に輝く糸が蛇行しながら延び


 「「ぱん」」


 小さな乾いた破裂音がふたつほぼ同時にダンジョン内に響き、二体の巨大ダンゴムシは前半分を破裂させながら宙を跳ねた。


 横に退いていた義山は、バックパックに吊るしていた棍棒を片手に警戒しながらも素早い足取りで前半分が砕け散ったクレイビートルの残骸に近付き、軽く棍棒で突いた。残った後ろ半分も、過剰な破壊により実在性を留められなくなり、ぼろぼろに砕け落ちた。


 義山は土塊に還ったクレイビートルの亡骸を掻き分け、中から硬い石粒を拾い上げた。


「……流石に、あの威力じゃ奇光石は焼き切れてるな」

「あ……! もう少し手加減した方が良かったですか?」

「いや、手加減せずに素早く仕留めてくれていい。今日の獲物はこいつらじゃないしな、見事だったよ」


 拾った石粒に視線を合わせ、撮影しようとしていたジンジに気付いた義山は石粒を掌に載せ、見えやすいようにジンジに差し出した。

「普段の探索中にクレイビートルに出会ったら棍棒で叩き潰して倒している。状態が良い奇光石が回収できる。まあまあな小遣い稼ぎになるからな」

「棍棒って……、危険ではないんですか?」

 不安げに尋ねるオリザ。

「2・3体ならそれで十分対処出来る。ただそれ以上増えると手持ちの装備ではどうにもならない」

「あー……」

「銃の方は大きな獲物向けだから的が小さくてすばしっこいクレイビートル向きじゃない。その点さっきの攻撃魔法は便利だ。視認した場所を破裂させられる魔法なんだろ?」

「はい、小さくてすばしっこいモンスターには凄く便利ですね」

「こいつらは単独ならそれ程脅威にはならないが噛み付くと金切り声を上げて仲間をどんどん呼び出してくる。4体以上見掛けたときは……」


「ひょあああぁぁ!!」


 不意に、背後から響いてきた素っ頓狂な悲鳴に義山とオリザとジンジは弾かれるように振り向いた。


 そして予想外のモノを目にする。


 ダンジョンの天井に背負った槍の先端を引っ掛け、バランスを崩したソヨギが背中から倒れそうになる直前の瞬間である。


 ……幸い、バックパックがクッションになって背中を地面に打ち付けるのは防がれたが、亀がひっくり返ったような状態になり、即座に起き上がれず手足をばたつかせてまごついてしまうしまうソヨギ。


「え、ちょ、大丈夫!?」

 割と本気で心配した風なオリザがソヨギの元まで駆けより、手を差し出す。


「……回廊の幅が場所によってかなりムラがある。天井の高さは常に気を付けた方が良いな」

 助け起こされるソヨギの方に視線を向けず、前方を警戒しながら淡々と助言をする義山。ジンジはオリザに助け起こされるソヨギの様子を目元の表情が隠れたヘッドディスプレイのカメラで淡々と撮影していた。


 ……羞恥心を押し殺した中でかつての幼馴染の心配げな表情を向けられるのは、中々情けないものがあった。



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