『神槍作製』とかいうゴミスキル持ちのオレがインフルエンサー幼馴染と挑むダンジョン探索動画生配信

沢城 据太郎

第一部 老人ホームを添えて

第1話 老人ホームを見上げる探索者達




 養老山しゃかりき老人ホーム。


 『生き生き老人の充実感ある老後生活』を理念として運営されている老人ホームで、岐阜県山中に位置するその場所は動画配信界隈において大きな注目を集めている場所でもある。


 その理由は『老人鉄骨渡り』という入居者向けのサービスにある。


 養老山山中に陥没して出来た幅50メートルほどの横長の谷に複数本の鉄骨が等間隔で橋のように渡され、その鉄骨の橋を渡って谷に落ちないように向こう岸まで渡り切る、というゲームである。

 流石に、鉄骨の下にはネットが張られ谷底まで落ちないようになっているが、鉄骨とネットの間には10メートルほどの幅があり鉄骨を渡る際は命綱を付けない。落下する老人達は己の死を実感できるほどの自由落下を味わうことになるだろう。


 このゲームに老人虐待の意図は無い。

 前述の理念通り、老人ホームの利用者達の活発な運動を促進するためのアクティビティであり、適度な刺激を与えることで老人達の脳を活性化する狙いであり老人虐待の意図は無い。


 因みに、鉄骨を渡った長さに応じて老人ホーム内独自の通貨である『トークン』が賞金として支払われ、老人ホーム内で嗜好品やサービスと交換出来る。無論鉄骨渡りなどせずとも十全なサービスは提供されているが、入居者達はこぞってこの臨死のゲームに興じる。その様子は老人虐待の意図は無いが動画配信サービス上で常時ライブ配信がされており、『老人落下百選』などの切り抜きまとめ動画と併せて結構な数の閲覧者数を稼いでいた。




 その老人達が落下する谷の底から、天を仰ぎながら昼食を摂る男女四人の姿があった。


「これ、本当に大丈夫なんですかねぇ……」

 二十代前半か半ばの青年が、谷の底から上空の風景――遠くに小さく見える青い空と空を縁取る谷の外苑、天に掛かる鉄骨とそれらを遮る視界一杯の網に圧倒されながら呟き、サンドウィッチを食む。


「見てる方が心臓に悪い光景だよねぇ……」

 隣に立つ女性が寄り添うように空を見上げ、チャンネル登録者数80万人を魅了する鈴のように愛らしい声色が青年の耳をくすぐる。


 青年は恐る恐る隣の女性をチラ見する。


 防熱性の赤い外套に、全身に薄い外殻を張り巡らせながらも長身でスレンダーかつ女性的なボディラインを無駄に強調するデザインと性能を両立する黒っぽい戦闘服。それを身に付ける女性の容姿も見目麗しく、整った顔立ちに愛嬌がありつつも蠱惑的な大きな瞳、整えられた黒のショートヘアが愛嬌のある美人顔に中性的な凛とした魅力を与える。


 サイバーパンクの世界から飛び出したヒロインのようなルックスの美女はコンビニのビニールの梱包から頭だけ出したサンドウィッチを片手に不安げに網の天蓋の向こうを見上げている。彼女が、実力・人気共に国内ではトップクラスのダンジョン探索系動画配信者:灯藤オリザである。


「……あの網自体にもさ、防護魔法が編み込まれてて、見た目以上に衝撃は少ないはずだよ」

 オリザの疑問に応えるように、青年の背後から別の男の声が響いた。

 見上げていた顔を青年の方に向け、青年の背後の人物に視線を向けるオリザ。横顔に見惚れていたのを誤魔化すために、青年も素早く声の主の方に視線を逸らす。


 オリザが『サイバーパンクのヒロイン』のような風貌だとすれば、その男は『サイバーパンクのサポート役』のような見た目である。まず目を惹くのが頭部に装着されたヘッドディスプレイ機器。頭部上半分を覆い目元まで隠したそれは拡張現実機能に加えそれ自体が高感度カメラとコンピューターを兼ねている。ディスプレイ機器を被る彼の視線そのものがカメラのアングルになり、彼が撮影した映像がそのまま録画・配信される。


 疑問符を覗かせて顔を向けたオリザを真正面から撮影しながらその男は両手の平を宙に漂わせ、指をそれぞれ忙しなく上下に動かしている。男が嵌めるグローブは指の動きをトラッキングし、拡張現実内のキーボードをタイプし文字入力を行える。  

 

 男の名は山野辺ジンジ、灯藤オリザ専属動画撮影カメラマン兼プロデューサー兼マネージャーとでもいう人物。服装は青年同様ポリエステル製の登山用ウェアで戦闘要員ではない。オリザの活動の記録・補助に尽力するまさに『サポート要員』である。ゼリー飲料を飲みながら配信用の撮影を行い、恐らくネットワーク上で何らかのデスクワークも行っているのだろう。恐るべきワンオペである(まぁ、個人勢配信者はそれらに加えて自ら『配信者』にならねばならないのだが……)。


「……急性ショックとかで、大変なことになったりしませんかね。見てるこっちがひやひやしますよ」

 青年も、自らの懸念を話の流れで口にしてみると、ジンジは不精髭の生えた口元をにやりと歪め、「ひやひやするから面白いんだよ」と楽し気に言う。


「それに上の老人ホームはいわゆる高級老人ホームだからね。単純な心臓麻痺程度なら常駐の医療スタッフの治癒魔法で対応出来るはずなので、鉄骨から網に落下して起る事故程度ではおじいちゃんおばあちゃん達は多分死ねないよ」

「高級老人ホームなのに動画配信で収益得てるんですね……」

「引退したとは言え、やはり社会との繋がりを恋しがるものなんでしょう。更にそれが経済活動として成立しているのならお年寄り達の『やり甲斐』なり『生き甲斐』に繋がるんじゃないかな? それと、あのゲーム自体がお年寄り世代が若い頃に流行った漫画のシーンの再現らしくて、そもそも結構人気なんだとか?」


「実益と、アクティビティの両立かぁ……」

 考え深げに呟きながらオリザはまた網の天蓋の向こうの鉄骨を見上げる。丁度、独りの老人が鉄骨渡りに挑まんとする瞬間で、青年も、思わず息を呑んだ。


「結局、わたし達は命を懸け金にしてエンターテイメントを興じるのに慣れちゃった世代なのかもね」

 オリザの声が谷底の仄かな暗闇の中で自嘲気味に響く。

「わたし達のダンジョン探索だって本質的にはお年寄り達の平均台と大して変わらない。モンスターと戦ったり探索する冒険者の命を掛けた配信を楽しんでくれる人達に向けて動画を撮ってるんだし……」

 何やら気だるげでもあるオリザの独白。


「――『当配信は、探検者・スタッフの安全に最大限配慮して撮影を行っています』」

「ハイその通り! 危なくなったら即逃げますので面白くなくても許して下さい!」

 茶々を入れるジンジの型式張った文言に、人差し指をビシッと突き立て戯れた笑顔で敗走宣言をするオリザ。

 ……何かこう、息の合ったノリツっ込みと言うか、ただオリザの色んな表情を引き出して撮影するための会話って感じだ。配信馴れ凄いな、青年は素直に感心してしまう。


「……あ」


 少し離れた場所に座る、土色の戦闘服の男がおにぎりを片手に、上空を見上げたまま声を漏らした。 


 他の三人も天を仰ぎ見る。


 遥か先の鉄骨を渡るおじいちゃんがバランスを崩し、今まさに落下しようとしている瞬間だった。


 身体が少しずつ傾き、虚空に身を投げ出し、少しずつ重力に負けてこちら側に落下してくる。走馬灯のように、目に映る老人の姿を脳が勝手にスローモーションに処理している。


 そして瞬く間に、おじいちゃんは網の上に落ちてきた。網が大きくたわみ、老人を中心に波紋のように衝撃が広がる。


「だ、大丈夫ですかぁ~!?」

 オリザは立ち上がり、心底心配そうに大きな声と共に、落下した老人に手を振る。

 ジャージ姿にヘルメットを被ったおじいちゃんは、手を振るダンジョン探索者の女性に笑顔で手を振り返した。


 山野辺ジンジはすかさず手を振るオリザの真下に身を滑らせ、手を振るオリザと、手を振り返す老人と、谷底から見上げる青空をひとつの画に纏め頭部のカメラに収めた。




 ……撮影の許可は、前以て『養老山しゃかりき老人ホーム』側から得ていた、とのこと。




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