第4話 隘路を行く
岐阜県山間部地下に発生したダンジョン『養老山Deep』の内部構造は実はかなり入り組んでいる。
方向感覚の狂う狭く細い回廊は幾重にも枝分かれし、どこまで行っても土壁をくり貫いたような岩と土が露出した場面しかなく、目印も無い。
しかしそんな中を迷い無い足取りで進んでいくのはチートスキル未所持でありながらダンジョン探索者を生業としている義山厳太郎だ。彼は中京一帯のダンジョンの単独探索で有名で、色々のダンジョンの攻略レポート、ダンジョン内特有の希少資源の獲得などで名を馳せている。
彼がこの複雑な回廊を迷い無く進める理由は、単純に道を覚えているから。今回の探索のために、山野辺ジンジがコラボしたを提案した案内役である。そもそも今回の企画の切っ掛けが彼の攻略レポートをジンジが見たかららしく、その『目的地』に向けての案内役はそのレポートの著者が適任だろうと判断されたのだ。
蛍光魔法で視界を確保していると言っても、見通しの利かない回路を長時間淡々と進むのは神経を使う。ただ付いて行っているだけのソヨギでさえ大変なのだから道順を間違えないように先導する義山の苦労はいかばかりだろうかと内心感心させられてしまう。
「止まれ」
不意に、曲がり角に差し掛かる直前で義山が一団を制止する。
ジンジの肩越しに進行方向の様子を確認するソヨギだが地面には這い寄るクレイビートルの姿は見られなかった。
「足音が聴こえる」
「クレイゴーレムだ」
オリザの言葉に返答しながら義山は曲がり角に向かってアサルトライフルを構えた。
そして、その土を押し固める足音がソヨギにもハッキリ聴こえるようになった次の瞬間、
曲がり角から暗い茶色の巨体が姿を現し
即座に義山はアサルトライフルを単発で発射した。
サプレッサーにより抑え込まれた発射音。命中した瞬間、その茶色の巨体は全身を痙攣させ、脚をもつれさせその場に倒れた。
やがて茶色の巨体の全身にはヒビが入り、形を保てずボロボロとその場で崩れ始めた。
……クレイゴーレムは基本的には先程オリザに倒されたクレイビートルとほぼ似たような魔法生物だ。少量に奇光石により指向性をもって象られたモンスター。
違いがあるとすれば人の形をしていることと、全長150~200センチの大型であることと、巨体で動物を押し潰し骸をダンジョン奥へ持ち帰ることだろう。
倒し方はクレイビートル同様、半壊させれば奇光石に込められた思惟を維持できなくなり砕け散るのだが、義山が行った倒し方はそれとは違い、抗魔加工の弾丸を魔法生物の身体に打ち込み、奇光石に込められた思惟を打ち壊す方法だ。
抗魔弾丸にはそのひとつひとつに打ち込まれた箇所に込められた術式をジャミングする術式が篭められており、クレイゴーレムに打ち込まれた時点で瞬時にその術式が発動、土の塊に対して掛けられたヒトの形を造るための魔法がズタズタに寸断され、元の土に還るという理屈なのだ。
「お見事です」
「……弾の経費はそっち持ちだから、引き金が軽くて助かるよ」
崩れた土の塊から注意深く安全確認しながらそんな軽口を口にする義山。
抗魔加工の弾丸の難点は非常にお金が掛かること。弾丸ひとつひとつに術式と魔力を織り込むという性質上、通常の弾丸とは比べ物にならない程度にコストが掛かる。しかし、魔法無しで中型・大型の魔法生物に対抗出来る利点は値千金の価値があり、ダンジョン探索者達に広く利用されている。
その後も、義山のナビゲートで回廊を進み、4体のクレイビートルと1体のクレイゴーレムを撃破する。
途中一度休憩をした際、ジンジはバックパックから頭部に翡翠色の宝石が取り付けられたリスの人形を取り出した。ジンジが中空に手を伸ばし、周りには見えないキーボードに何やら入力すると、リスの人形はスッと背筋を伸ばし上半身を振り神経質そうに周囲を見渡した後、その場にピタリと静止した。
電波中継ロボットの一種である。ダンジョン探索中に一定の間隔で配置し、受信した電波を魔術的な指向性を持たせて電波の届かない他の子機ないしは親機(ジンジのヘッドディスプレイ)と通信する装置である。ダンジョン探索配信を可能にする根幹技術と言ってもいい。
「そろそろ行こう。あと20分くらいで目的地だ」
中継ロボットを設置し、ジンジがひと息ついた辺りで義山が号令を掛け、一行はまた先へと進んだ。
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