後編
ヨシーノたちは色めきたつ。ラウフは険しい表情を崩さず、撃ってこいと言わんばかりにヨシーノたちの前で堂々と仁王立ちした。
「おっと、真打が登場か」
物陰からマッパは漏らす。その表情にも、声音にも焦りはひとつもなかった。
「あんたを倒すのは骨が折れそうだぜ、先生さん」
「それは俺の台詞でもあるな、Mr.ストリーキング」
マッパは最初からラウフしかいないかのように、一直線にラウフに視線を注いだ。それまでとは違い、全身の毛穴を開かせ、ラウフのみに神経を集中させている。そんな時であった。
「馬鹿め、こっちを見ろ」
部下のひとりが何かを抱えてマッパの前に躍り出た。感性が獣のように鋭くなっていたマッパは、その男がジョン少年を抱え、小さなその頭に銃口を突き付けているのだと悟った。
「坊主、ついて来てやがったのかっ!」
「マッパ! 僕のことはいいから! こんな奴ら、早く撃っておくれよ!」
ジョンを抱えた部下は「おっと」と、すぐに物陰に身を隠し、嘲笑いする。
「いいかこの変態やろうっ! お前が引き金をひいたらこのガキの頭に風穴を開けて、その穴から東大寺を拝ませてやるぜっ!」
「ったく、悪党ってのはやることが小ズルくて泣けるぜ」
マッパは諦めたように構えを解き、ホルスターに拳銃をしまった。形勢が変わったと確信したヨシーノが不敵な笑みを浮かべる。
「馬鹿な男だ。先生、お願いしますよ」
ヨシーノの言葉に頷き、ラウフは目にもとまらぬ速さで拳銃を抜くと同時に発砲した。その拳銃がどのガンマンが飽きずに持つリボルバーとは違う、変わった銃だとジョンは気付いた。
瞬間、ラウフの銃声はマッパのように大きく、比叡山の向こうで轟く雷の連なりのように豪快だった。ジョンは固く目を瞑った。あぁ、自分のせいでマッパが死ぬ。銃声の轟きが鳴り止むこと、自分の身体が地面に落とされてジョンは目を開けた。
不思議なことにマッパは立っていた。その身体には怪我ひとつもなく、ピンピンとしていた。その代わりにヨシーノとその部下たちが地面に倒れ込んでいた。すぐにラウフがヨシーノたちを撃ったのだと理解した。
「な、先生……どうして」
ヨシーノは胸に弾丸を食らいながらも、まだ絶命しておらず、息も絶え絶えにラウフを見上げた。
「Mr.ヨシーノ。俺には決して破らねぇルールがあります。 “卑怯な戦い方はしない”と“人質は使わない”、です」
「う、裏切りやがった……!」
瀕死のヨシーノは地面に落ちた拳銃に手を伸ばすが、ラウフが放った弾丸を胸に喰らい、地面に突っ伏した。
「これは助かった。礼を言うべきかい?」
「勘違いするな、ストリーキング。俺は飯が食える金が欲しかっただけだ。こいつらの土地権利書に興味なんかない。おまけに、ガキに
終わったと、ジョンは歓喜しかけた。これで父や町のみんなは脅かす脅威はなくなった。小躍りし、通りを駆け抜けた気持ちが湧き起こる。だが、その昂った感情を殺さざろう得なかった。なぜならば、ラウフもマッパも構えを解かないままだったから。
「マッパ、その人は悪い人じゃないよ。僕を助けてくれたんだっ!」
「坊主、こっちに来ちゃあダメだぜ。こいつは男と男の
マッパの返事に諦めることなく、今度はラウフに叫ぶ。
「おじさん! おじさんだって、殺し合いする意味ないじゃないか! お金を持って、どこかへトンズラすればいいだろう?」
「いいや、ダメだ。一流のガンマンにはな、‟プロはこの世に二人いちゃあならねぇ”っていう流儀がある。そこのストリーキングも、俺も一流で、プロのガンマンだ」
ジョンは次の言葉を失った。ふたりの男は睨み合い、身震いしそうな殺気を振りまき始めた。ヤマゾエ町から銃声が消えたが、不穏な空気はより濃くなり、ジョンの胸をひどく苦しめた。
「お前さんのネタはバレている、ストリーキング……いや、マッパ保安官。お前さんの早撃ちの正体は、
ラウフはいう。すると、マッパはピューと乾いた口笛を吹いた。
「ご名答。一ポイントと鹿せんべいをあげるぜ」
「その素早いスポットバーストショットの為に服を脱ぎ捨てたというのか、マッパ保安官」
「おっと、そろそろ俺のターンにしてくれ。俺もあんたくらいベラベラ喋りたいんだ」
マッパはパチンを指を弾き、その指をラウフに向けた。
「あんたの名前はショーゴー・ラウフ。元ナゴヤ・レンジャー隊員であり、八年前に同僚三名を殺害。それから二年前、シガ州甲賀シティで保安官を殺し、手配書が回っているお尋ね者だ」
「保安官じゃないさ。任命保安官だ。金に汚い、保安官バッジをつけた薄汚いブタさ」
不敵な笑みが同時に漏れた。しばらく無言の睨み合いが続いたかと思えば、互いに拳銃の弾込めを行った。マッパは自らのコルトSAAに弾を込めながらいう。
「C-96モーゼル・オートマチック拳銃か」
ラウフはクリップにはめ込まれた弾丸をレシーバー上部の給弾口に押し込んだばかりで、上目遣いで睨むようにマッパを見遣る。
「仕事に必要なのは武器の性能さ。いくら腕が良くても、弾数が少ないのは命取りになる」
「ロマンに欠けるな」
「リボルバーなんて、骨とう品はもう流行らないのさ。それもシングル・アクション※(ハンマーを手動で起こさないと射撃できないリボルバー)なんてな。オートマチックはいいぞ。ファニングはしない、リロードも楽だし、何より弾数の多さ。時代の流れは早いぞ、マッパ」
「あいにく、拘りと服は置いてきちまった。そんなに銃に拘るんなら、武器商人でもなればよかったのに。なんで悪党なんかになっちまったんだ? ショーゴー・ラウフ」
「時代が悪かったのさ。俺だって好きで悪党になったわけじゃない。不運の連続さ。特に最悪なのが、あんたみたいな凄腕保安官と同じ時代に生まれちまったのが」
「ありがたい言葉だぜ。服を着ていたらハグしてやりたいぜ」
弾丸を込め終えたふたりは改めてホルスターに拳銃をしまい、一直線ににらみ合う。ガンファイトだ。ジョンは知らないが、ラウフもマッパもガンファイトは何度も経験し、そして勝ち残ってきた。
「抜きの速さは互角といったところ。あとは運次第だな、マッパ保安官」
「おっと、あいにく運って言葉は使わないようにしてる。いつだって自分で道を切り拓いてきたからな」
「どこまでも食えない男だぜ、お前さんは」
睨み合いが続き、緊張の糸が危険なほど張り詰めていた。傍観しかできないジョンには苦痛で、いまにも声をあげてしまいそうになるのを、なんとか堪えるのに必死であった。
数秒か、数十秒か。沈黙が続くなかで、近くの商店の屋根にとまっていた一羽の鳩が飛び立たんと翼を広げた。それが、合図となった。
勝負は一瞬で、実にあっけないものであった。ジョンには銃声は一発に聞こえた。だが、それは両者が同時に発砲したからであって、決して一発だけではなかった。
銃声とほぼ同時に倒れたのはマッパだった。鍛え抜かれた筋肉質な尻を固い地面に落とし、ラウフを見上げていた。
一方のラウフは微動だにしなかった。が、その胸からみるみるうちに鮮血が滲み、やがて膝を地面に落として、うめき声を漏らしながら全身を泥と土の中に沈めた。
「クイック・ドロー……。そんな早撃ちをやるなんて……」
マッパは立ち上がり、尻の土やホコリを払い落すと拳銃を納めてラウフに歩み寄る。
「知っていたのか」
「お前さん、軍人じゃあねぇな……。上体を逸らすことによって、ホルスターに伸ばす手を近づけさせ、相手の狙いをずらす。やはり、本物のガンマン、か」
「アンタは決して悪党じゃなかった。道を間違えなければ、一緒に悪党退治をしていたのに」
「いいや、ダメさ。俺は、落ちるべくして落ちたのさ」
マッパはラウフの身体を抱え起こす。ラウフの呼吸は荒く、胸を大きく上下させるたびに口から胸と同じ鮮血をこぼす。
「……思えば、レンジャーを殺したのがケチのつき始めよ。奴らは中部の右翼主義者で、近畿出身者を冷遇していた。略奪に暴行なんか朝飯前で、殺されて当然の連中だったが、俺はお尋ね者さ」
呼吸が浅くなり、目に宿る光は薄れ始めた。それでも、その瞳の奥にはなにか希望を見出していた。
「俺のような無宿者が最期に行きつく先は荒野。ベッドの上じゃあ死ねないのは知ってる。こうなることは、わかっていたさ。悪党の終わりなんて、こんなものさ」
ラウフがニヤリと笑う。その顔は重荷から解放されたような、無垢なものが見えた。
「けど、お前を見てわかった。お前は、俺が忘れた光だった。いつか見た
やがてラウフの呼吸は薄くなり、「お前は、俺みたいには……」と口にかけて事切れた。
ジョンは泣いていた。ただただ、胸を締め付けられる痛みに涙を流すことしかできなかった。
マッパはラウフの被っていた帽子を顔に被せ、落ちていたモーゼル拳銃をラウフの胸元に添えた。ガンマン流の弔い方だ。そうして立ち上がり、通りの向こうへと歩き出す。
「おじさん!」
マッパの背中に向かって叫ぶ。
「おじさんは、このまま戦うの? そして──」
ジョンは口を噤んだ。ジョンの耳に口笛が届いたからだ。それは、マッパが訪ねてきた時と同じ曲であった。
ロッコーオロシ。
ジョンは理解した。もう口にすることはない。マッパは戦い続けるのだ。かつて、コウシエンで勝利のために白球を追いかけた若き戦士のように。
ジョンは涙を拭い、夕陽に溶け込むように去っていく全裸の男を静かに見送った。
めえめえ牧場の決斗 -Gunfight at the Baa Baa Corral- 兎ワンコ @usag_oneko
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