弱小ダンジョン配信者、勉強する
「カイトさんっすね、『白銀のブロードソード』『バックパック』これであってましたか?」
「ああ、確かに俺のアイテムで間違いない。助かったよ」
「それじゃあギルドカード出してもろて……はいっ、受け渡し完了っと。あざっしたー」
海斗とアリサはギルドにいた。ギルドはダンジョンに関わるありとあらゆる手続きが可能な総合窓口みたいなもので、冒険者登録から配信用スマホのレンタルに
そんな海斗はギルドにて神木ダンジョンに置いてきた物資を受け取る。海斗もアリサも病み上がりだったのでギルドのスカベンジサービスを受けることにした。スカベンジサービスはダンジョン内に置いてきたアイテムや武器を回収してくれるというもので、冒険者登録をした際に貰った無料クーポンを使って依頼したのだ。
ドロップアイテムが無かったが仕方ない、ブロードソードが返ってきただけ御の字と考えるべきだろう。依頼を完了すると
「武器は帰ってきたようね、よかったじゃない」
「おう、ドロップアイテムはダメだったけどな。そっちも終わったみたいだな、……どうだった?」
「別に何もなかったわよ、逆にちょっと不気味なくらいね。あの配信のあとすぐに連絡があって、そこで一応話はつけてたからスムーズなもんよ。蘇生契約の方が大変だったわね」
「何もないならいいんだが……。ちなみに後学のために聞きたいのだが、その、どのくらいだった?」
「85万円」
「は?」
「あ、これ1回分だから。かける3回で255万円、元魔天狼のコネで15万円引いてもらって合計240万円ね」
「はい???」
「あと、普通の冒険者は無料蘇生分がなくなったら神殿で直接交渉しないといけないからもっと吹っ掛けられると思うわよ」
「Oh……?」
ある程度は覚悟していたがこんなに高いとは、命を値段で買えると思えば安いのかもしれないが海斗には払えない金額だ。これからはもっと慎重にいかねばと再認識するのだった。
「しかし、オーディールの事を考えるとダンジョンはしばらく控えたほうがいいかもな」
「そのことなのだけど多分大丈夫、オーディールはかなり気分屋だから私の事なんてもう忘れているでしょうし、蘇生契約も更新したからダンジョン内で襲撃されることは無いと思う」
「殺そうとした相手の事を忘れるなんて、そんなことあり得るのか? 普通は執着するもんだと思うが」
「あいつにこっちの常識なんて通じないわ。慎重なように見えて無謀、冷静なように見えて短絡的、その場その場でころころ方針を変えるような変人よ」
「それじゃあ、アリサの事を殺しにくる可能性はあるんじゃないか。今の話だとむしろ、危険な奴だとしか思えないぞ」
「そうね、でも一つだけはっきりしている事があるわ。あいつは恐ろしく飽きっぽいの、私を殺そうとした事はあいつの中ではもう終わったことで今更興味もさらさらないのよ」
地球人の俺には到底理解できない感覚だが、パーティのメンバーとして近くで見ていたアリサが言うならその通りなのだろう、他のメンバー達もオーディールがその気でないなら襲撃してくることは無いだろうとの事だ。
「ほら、出てきた」
ギルド二階の対談室からオーディールとお付きの獣人が下りてくる。ダンジョン攻略の大物の登場にギルド内の視線があつまる。
「……ッ!」
オーディールは海斗とアリサの脇を通り過ぎてギルドを後にしていった。アリサの言う通り本当に興味がないらしい、近づいてきた時は警戒心から体が硬直したが奴はこちらを一瞥もしなかった。
「さ、行きましょう。13時の講義は向かいの訓練場でやるらしいわよ」
「おっ、おう」
ギルドを出るまで周囲の目が痛かった、魔天狼のアリサが脱退することが発表されたらもっと注目されるかと思うと少し複雑な気分になった。
***
訓練場は広い運動場と三階建てのコンクリート造りの施設で、どうやら廃校になった小学校を訓練場としてリノベーションしたらしい。校庭のド真ん中にあるのはプレハブ小屋だろうか、守衛に聞くとダンジョンがあるらしい。深度15m推定危険度極小とかなりしょぼいのだが、今は初心者の適正訓練などで使われるらしい。そのまま守衛に促されてついて行くと教室の中に案内された。
「こんにちは、講義を受けに来た方ですね。ギルドカードを出して紙にお名前と受ける講座を書き込んでください」
紙には50名ほどの名前が書きこまれていてそれなりに受講者がいることが分かる。「戦闘基礎論:講師パルシィ・アルガ」「ダンジョン基礎学:講師カイルストーン教授」「ダンジョン・クライシスから今日に至るまでの社会の分析:講師カカリム=カリム」、1時から3時半までの講義をこの3つから選択しろというわけか。個人的には戦闘基礎論を取りたいが、今回の目的とはズレるのでパスだな。
「アリサはどの講座がいいと思う?」
「そうね、カイルストーン教授というとダンジョン地質学の権威でダンジョンの魔力から深度や危険度を測定する手法を確立した事で有名な人だわ。この人がいいんじゃないかしら」
カイルストーン教授の講座は2階の教室で開かれているということでさっそく向かう、小学校の頃を思い出して懐かしくなっていると到着した。教室内は30人近くいるだろうか既に机は全て埋まっていてパイプ椅子に座って後ろで受けることになった。
「こんにちは、ダンジョン基礎学の講義を始めます。カイルストーンです。」
教授なんて肩書なのだからヒゲを伸ばした初老のジジイを想像したが、実際のカイルストーン教授は黒い長髪をゴムでまとめた20代後半ほど人物だった。痩せぎすで濃いクマを湛えた顔は疲れが見えるがかなりの美男子だろう。
「帝都のアカデミーではダンジョン地質学を専門に研究をしております。今回はダンジョンの基礎的な知識を講義していきたいと思います。と言ってもみなさんギルドで基礎知識講座は受けているでしょうから少し踏み込んだ所まで話していきたいと思います」
話始めるとその見た目に反してハキハキとした喋り方で、仕事になるとスイッチが入るタイプなのかもしれない。
「まず、ダンジョンとは何か。ダンジョン・クライシスと共に地球に転移してきたモンスターを生み出し続ける大穴というのがみなさんの共通認識かと思います。しかし、異世界からの民族の転移はダンジョン・クライシス後一度も観測されていませんがダンジョンは今日も生成され続けています。これは、ダンジョンは異世界から転移してきた物とそうではない地球由来の物の二つに分類することが出来るということです」
熱心な語り口にみんな聞き入ってしまっている。そこで、ふと疑問をもったので手を上げて質問してみる。
「質問です! 地球由来って言ってましたけどダンジョン・クライシスの前にダンジョンなんてないですよね? なんで生成されなかったんですか」
「いい質問ですね、答える前に少し説明する必要がありますね。君たちはダンジョンに潜って戦闘を通してステータスを上げていますが、このステータスとは何でしょうか。ステータスはギルドカードが持ち主の肉体から放たれる放出魔力から算定された能力値のことです。ダンジョン内には魔力が満ちていて生成されるモンスターにもこの魔力を持って生まれてきます。冒険者はモンスターを倒すとモンスターの持つ魔力を吸収して酷使した分野の身体能力が向上するわけです、魔法でモンスターを倒すと魔力が上がるといった具合にね。また、魔力の満ちたダンジョン内ではモンスターを倒さなくてもダンジョン内の魔力を吸収することでステータスを上げることが出来ます、ランナーなどは専らこの方法でステータスを上げていますね。質問に答えると、おそらくですがダンジョンから漏れ出した魔力が地中にしみこむことで新しいダンジョンが生成されているのだと思われます。ちなみにダンジョンの魔力は空中にも放出されているので地上で鍛錬すると僅かですがステータスを上げることができます」
ステータスと魔力にそんな関係があったとは、目から鱗で結構面白いな。
「さて、ここからはダンジョンごとの特色と生成されるモンスターの頒布について……」
***
「……ということでドロップアイテムになるかどうかは魔力量に依存しているわけで、っと。もうこんな時間ですか、これでダンジョン基礎学の講義を終わります」
あっという間の二時間半だった、今まで真面目に勉強したことなどなかったが、こんなに面白いならもっと学んでみたいと思ったほどだ。
「結構面白かったな、まさかダンジョンにも温泉が湧いてるなんて知らなかったぜ」
「それより質問しに行かなくていいの? ユニークスキルについて聞くんでしょ」
「やべっ、そうだった。先生! 質問いいですか!」
資料をまとめて帰ろうとしているカイルストーン教授を呼び止める。
「なんでしょうか?」
「先生はユニークスキルの発動方法とか知ってますか? 俺、この前ダンジョンでレベルアップした時にユニークスキルゲットしたんですけど、どうやって発動するのか分かんなくて」
ギルドカードからステータスを教授に見せようとすると止められてしまう。
「あまり無闇にステータスを見せるものではありませんよ。ステータスも個人情報ですから信頼出来る相手だけに――」
「大丈夫です! もう配信で見せちゃってるんで、一応名前は隠しました!」
「……ふぅ、まあいいでしょう。【欲しいものリスト】ですか。……アイテムを……配信……そうですか」
一瞬呆れたような表情を見せたがステータス欄のユニークスキルを見ると考えこむようにブツブツ独り言を言いだした。何か分かったのだろうか。
「どうです? なんか分かりましたか」
「そうですね、今の所はなにも。そう落ち込まないでください、ユニークスキルというのは使用者本人でさえ内容が分からないことが多いのです。ユニークスキルは通常の基礎スキルとは違い、獲得するための再現性のないスキルですので多くは謎に包まれているのです」
「そんな……それじゃあ誰にもこのスキルの使い方は分からないってことですか?」
「そうは言っていません、内容が分からないユニークスキルはレベルが上がるごとに可読領域が増えていくという傾向が高いそうです。地道にちゃんと頑張っていればいずれ分かると思いますよ」
「せっ、せんせい……! 俺がんばります!」
俄然やる気が出てきた、いつかこのユニークスキルを自分のものにしてやるんだ。カイルストーン教授は感動で震えている俺を労うと手を振りながら教室を出ていった。
「どうやらいい答えを貰えたようね」
「ああ、進むべき道を示してもらったぜ」
訳知り顔でアリサが訪ねてくる、今回はいい経験が出来た。次があればまた参加したいと本気で思っていた。海斗とアリサは教室を出ると他の受講者たちに続いて帰ることにした。しかし、一階に降りた所で急な尿意に襲われた、講義に集中しすぎてだいぶ溜まっているようだ。アリサに断りを入れると急いでトイレに走る。
「あれっ、こっちじゃないのか。えーと、確かこの先に……あった! うおーー漏れる漏れるぅ、――っあぶね!」
トイレに駆け込もうとした所で、人にぶつかりそうになって思わず急停止する。170センチある海斗のお腹までほどの身長しかない女の子だった。どこかの民族衣装のような複雑な刺繡をほどこした服を着ていて、腰に届くほどの黒髪を編み込んで後ろに垂らしていた。チェコレート色の肌に浮かぶ瞳には涙が滲んでいた。
「大丈夫か? なんでこんな所に子供が……」
「うるちゃいっ!!! お前も講義を聞きに来たんだろ!」
大声で怒られてしまった。別に自分よりはるかに年下の子供に怒られても別になんとも思わないが、何か嫌なことをしてしまっただろうか。
「あ、ああそうだけど。親とはぐれたのか? 今講義終わったから一緒に親御さん待とうか」
みるみる内に少女の顔が真っ赤に染まっていく、人見知りなのだろうか。こんな時アリサがいたら上手く扱えるんだろうな、俺は子供の相手は少し苦手なのだ。
「ぅぅぅぅっぅううううううう!!!」
「大丈夫だぞー、お兄さんが一緒にいてあげるからパパかママを待ってような~」
精一杯の猫なで声を出しているが依然少女の機嫌は戻ってくれない。というかさらに悪化しているような気がするのは気のせいだろうか。
「ワ――――――ッッッッ!!!!! おバカッッッ―――!!!」
海斗を睨みつけカッと眼を見開くと、少女はあらん限りに叫びながら走りさってしまった。いったい何が悪かったのだろうか、子供は扱いがむずかしいなぁと海斗は思うのであった。ちなみに少し漏らしていた。
「なんか、めちゃくちゃ元気なくなってない?」
「いや……べつに」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます