ドラキュラに日本の生活は難しい

りょ

第1話 ドラキュラ、日本に立つ






 1803年。


 とある国のとある城。


 城の近くの町に住む住民は、松明を掲げ、手には木の杭と十字架を握りしめ、かの恐怖の象徴を殺そうと勇ましい声をあげて行進していた。


「「ドラキュラを殺せ!」」


 一定の間隔で叫び続ける町民たち。それはまるで鳴る音が気色の悪いメトロノームのようだ。


 城の門まで彼らはやって来ると、ここまで持って来たのか、巨大な丸太をぶつけて門をこじ開けようとする。


 もちろん錠などしていないので、簡単に門は開き、丸太を持っていた者どもはバランスを崩してしまった。


「怪我をした者は後ろに下がれぇ!」


「く、ドラキュラめ…!」


 門を越え、彼らは我の待つ広場までついにやって来た。


「やあ諸君。遅かったな」


「ドラキュラ、貴様の存在は我らにとって恐怖でしかないのだ! その蒼い瞳は我らを惑わし、その牙でいくつもの同胞の血を奪ってきた。その端正な顔立ちで女を誘い陥れた罪。それは万死に値する!」


「そんな、褒めないでくれ」


「褒めてなぁい! 杭を心臓に突き刺されたくなければ、この棺に入るが良い!」


 それが合図だっのか、町民は一斉に道を開け、不格好で重そうな棺を運んで来る。


「丸太もそうだったが、君たちは重いものが好きだな」


「早く入れ!」


「はいはい、わかってるよ」


 我も痛みは感じるのでな。心臓に杭なんて打ち込まれた日には死んでしまう自信がある。


「ほら、入るからどいてくれ。って、ちょっと待て、誰だ棺の中にニンニク入れた奴は!?」


「良いから入れ!」


「まじ無理! 臭いきついってぇ!!」


「押し込めぇ!」


 死の香りに鼻を壊された我は、町民どもの腕力に勝てず、棺に押し込まれてしまったのだった。


 棺が閉められたために、あの激烈な臭いは行き場を失い充満していく。


 我は棺を開けようと暴れ回ったが、町民が釘で蓋をしたせいで、その労力も無駄になってしまった。


「おぉえっ、ちょっマジで、換気口開けて…」


「うるさい!」


 持ち上げられたのか、一瞬浮遊感を感じ、動き始めた。臭いと揺れとで吐き気はピークにまでもってかれる。


「マジで、ほんっとに…」


「ここで良いだろう」


「今度はなにぃ…?」


 臭いに慣れたのか、それとも鼻が潰れたのか分からないが、町民たちの声が遠ざかっていくのがわかった。


「置いてかれたってこと?」


 棺に耳を当て、外の様子を音から探ろうとすれば、水の流れる音が聞こえてきた。


 どうやら川に流されてしまったらしい。


「…容赦がない。はぁ、棺が開けられるようになるまで寝て待つか。十年以内には起きたいがどうだろうな」


 そこから我は眠りについた。もはやニンニクの香りが心地良くなってきたような気がする。


 いや、そんな事は無かったか。


 どのくらい流されたのか。気づけば棺は川から海へ、嵐に揉まれて海底へと沈んでしまった。



******




 途轍もなく大きな揺れで、我は目覚めた。


「な、ななな、なんだ!?」


 棺が回転しているのか、それとも世界が回転しているのか、良くわからないほど振り回された。


 そして眠っているうちに忘れていた、悪魔の存在を思い出す。


「うぉえ、ニンニクの臭いまだ残ってる!? しかも更に強烈にぃ…」


 鼻をつまみ、口呼吸を意識する。大きな揺れと強烈な臭いに耐えていると、そのうち何かに乗り上げた衝撃がして、揺れがおさまった。


「…ん、止まった?」


 そろそろ釘も朽ちた頃だろうと、我は足に力を入れ、蓋を蹴り上げた。


 真っ暗な視界から、今度は空一面の星空が見えた。周りからは波の音が聞こえて来る。


 体を起こすと、そこは砂浜だった。


「これは海か。本で読んだ事がある。と言うか夜で良かったぁ」


 日光を浴びてしまうと灰になってしまうからな。


「ここはどこだ?」


 辺りを見回すと、後ろには白い光で溢れていた。蝋燭とは違う明らかに異質な光。


「な、なんだ?」


 困惑していると、遠くから声をかけられている事に気がついた。見ると、金髪の女が駆け寄ってきている。


 見たことのない服装に、顔の形も見たことのない民族だ。


「あー、ここはどこかな?」


「¥〒〆€☆#」


 言語が違うから意思疎通が出来ないのは当然か。しょうがないな。


「すまないが記憶を見させてもらうよ。なに、プライベートは覗かないさ。はっはっは」


「……?」


 まあいい。


 瞳を合わせ、頭の中を覗く。催眠の応用である。


「なるほど、ここは日本。私のいた所よりはるか東の国だな。何年経ったのか––」


 ん?


「2023ね、ん?」


「お兄さん大丈夫ですか?」


「ん、あ、ああ気にしないでくれ。おっと、日本語で話せているかな?」


「あ、はいばっちりですよ!」


「一つ聞きたいんだが、今は西暦何年かな?」


「今は2023年ですね!」


「……」


 二世紀経ってらぁ…。





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