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 事件から16時間後、警視庁本部庁舎。会議室には本件――ロシア製補助駆動装甲によるテロ事件――の捜査に関与した人員が集められていた。捜査一課や組織犯罪対策課。外務省特捜課からは卯月と朋来、三辺、そして予備要員として待機していた岬と磯崎である。会議室の最前列には、捜査一課長や組対課長、理事官等が捜査員たちと向かい合っていた。特捜課の面々は、彼らの輪から弾かれるように少々離れた席が用意されていた。

 捜査員の一人が立ち上がり、パソコンを操作して会議室正面のプロジェクターで画像を投影する。

「本件の被疑者は三人。各資料を参考にしてもらいたい。一人目はエルザ・リード。アイルランド出身の白人女性で、元・IRA闘士。二人目はグリモフ・ミハイロヴィッチ。ロシア出身のテロリストで元・PMSC〈グリント〉社員。三人目は不明だが、上記二人と共に偽造パスポートで入国したベトナム人男性とみられる。被疑者は全員死亡」



・エルザ・リード(32歳・女)

 元・IRA(=アイルランド共和軍)闘士。イギリス国内における3つのテロ事件への関与が指摘されている(詳細はイギリス当局からの情報を待つ)。10月17日、共犯者二人と共に偽造パスポートで成田国際空港より入国したと推測される。


・グリモフ・ミハイロヴィッチ(38歳・男)

 ロシアのPMSC(=民間軍事警備企業)〈グリント〉の元・戦闘員。ロシア当局からの情報によると、東部軍管区第45FRA師団に補助駆動装甲の装着要員として6年間在籍。除隊後〈グリント〉に入社し2年間在籍。退社後の動向は不明。10月17日、共犯者二人と共に偽造パスポートで成田国際空港より入国したと推測される。


・被疑者氏名不詳

 10月17日、上記二人と共に成田国際空港より入国したと推測される。偽造パスポートにはベトナム国籍と記載されていた(偽造国籍の可能性あり)。



「被疑者氏名不詳だと」

 別の捜査員が声を上げる。

「制圧時、顔面を破壊されたためパスポートとの整合性が確認できなかった」

「......」

 一瞬にして場の空気が重くなる。

「あいつらだぜ」

「特捜課の連中......」

「やってくれやがったな」

 恨み言がこだました。

 捜査員がパソコンを操作。投影画像が、今回使われた補助駆動装甲、Kib-81“ヴォエヴォーダ”の資料に代わる。

「これは防衛省が保有する資料だ。特別に譲り受けた。本件で使用された得物は、ロシア製Kib-81、愛称はヴォエヴォーダ。ロシア語で「戦士」という意味だ」

 FRAである以上人型のようだが、長く先端に向かうほど重装甲な腕部のせいでフォルムが歪に見える。頭部に当たる単眼型センサーは前後に長い。

 戦士。戦士ヴォエヴォーダ戦士シュジャー。その言葉を聞き、三辺はひやりとする。彼――戦乃朋来――も、かつて戦士と呼ばれていた。戦場に身を置くことは、であろうとであろうと同じ?機械と人という、絶対的な違いがあるとしても......?

「そしてこれが、使用された銃器だ。ロシア製のKord重機関銃。銃把部分には、補助駆動装甲が使用するためのアダプターが装着されていた......これらに関し、直接的な戦闘行為を行った特捜課から意見を頂戴したい」

 実質的な指名に対し、朋来が待ちかねていたかのように立ち上がり前へ。青いワイシャツの上に羽織った、灰色の都市迷彩服が揺れる。

「この機種、Kib-81はロシアのキブリーシャ・コンツェルンで開発された第二世代機だ。サーボモーターと動作追従系は、伝統的なダイレクトコネクテッド方式......つまり電子系統を介さずに接続されている。西側で多用されているSBW(スレイヴ・バイ・ワイヤ)と違い、強磁場環境下でも安定した制御ができる。まあ、この辺りは周知の事実だと思う。ヴォエヴォーダは安価かつ堅牢、整備性は同世代機を遥かに凌駕するものであり、遊びが持たれているため多少部品が歪でも動く。工業力の低い国でも生産できるため、「ブラックモッド」と呼ばれる密造品が大量に出回っている。俺がPMSCでの研修に使ったのもこれだった。そしてKordは......読み方はコルド、だ。以上。性能に関しては、まあ常識の範疇だな」

 最後は大儀そうに言い切り、自席に戻る。

「貴様、被疑者に関する謝罪もないのか」

 捜査員の一人が言った。

「......謝罪?」

「そうだ。貴様が頭を吹っ飛ばしたおかげで捜査に支障が出とるんだ」

「敵は俺を殺そうとしてきた。一刻も早く制圧する必要があった。俺は戦場で必要な事をしただけだ」

「経過論は聞いていない。捜査に影響が出るとは考えなかったのか」

「危機を回避する必要があり、俺はそれを実行した。問題はないはずだ。アンタの結果論はどこまでも危険だ、ということに気づけ」

「な、貴様......!」

 若い男の捜査員が激高して立ち上がる。

「俺とお前の主張を分かつのは、立場だけではない。過去に基づく経験、状況の判断力と要素、持ち合わせる常識の差......上げ始めたらキリがない。そもそも俺は、FRAを操ることに関しては本職だ。だがアンタらはどうだ。警察はFRAの運用に関する常識すら持ち合わせていない。この議論は無駄以外の何物でもないと思うがね」

「もうやめろ」

 穏やかで、しかし鋭い女の声が響く。三辺の左斜め前に座る、戦術執行部二番機「ワイバーン」装着要員の岬江美。ベリーショートの黒髪に、切れ長の目。黒いライダースーツの前を開けている。

「見苦しいぞ、戦乃」

「そいつは悪かった」

 フン、と微かに笑いつつ、朋来は自席に座る。

「悪手ですね」

 三辺は隣の卯月に耳打つ。

「そうだな。だが間違ってことは言っていない」

 卯月は微笑みを浮かべつつ、三辺を見つめ返した。


 課長クラスの長い訓示によって会議が締めくくられ、特捜課の面々は無言の圧力で部屋から追い出された。真っ先に退室した朋来に至っては、自動販売機でペットボトルの紅茶を買っている。卯月と岬、そして磯崎は何か話し込んでいるようで、図らずとも三辺は朋来に接近してしまっていた。

「......どうした」

 無意識のうちに、三辺は朋来に注目していたらしい。朋来はペットボトルを開きつつ、三辺に視線を投げ返す。

「い、いえ」

「聞きたいことがあるなら聞け。後で後悔されてもな」

「......」

「そんなに怯えんでも。飴でも食うか」

 朋来は微笑み、迷彩服の胸ポケットから出した飴玉を渡してくる。

「聞きたいこと......」

「ああ、なんでも教えてやるぞ。恋愛遍歴以外なら」

「あなたのこと、課長から聞きました」

「......そうかい。嫌な話だったろ」

「いえ、いつか聞かないといけないと思っていましたので」

「聞いちまったことを正当化するなよ。後から効いてくるんだ、そういうのは」

「そんなこと」

「いや、あるね。どうせいつかは聞くんだ、ってな。いつかって、いつだ。聞きたくなかったから「いつか」なんて理由を付けて、受けたショックをどこかに押し込んでいるんだ」

「じゃあ、どうすれば」

「受け入れるのさ」

「えっ?」

「受け入れるんだ。世の中にはこういう奴もいる。自分には到底信じられないが、それでも奴なりの事実なら、ってな」

「......はい」

「まあ海外で研修を受けたのは本当だ。ここに来ることが決まったとき、半月だけ。北アフリカの会社だったんだが、課長が経歴づくりのために根回しをしてくれてな」

「戦場に行ったんですか」

「ふふん。まあ慣れたもんだ。あのヴォエヴォーダは、ガキの頃から使っている機種だからな」

「......過去に、日本に来たことは」

「ないよ。でも、俺のいた中東のゲリラに何人かの日本人がいた」

「えっ?」

 三辺は目を丸くする。これもまた、信じられない言葉だった。

「いわゆる左翼テロリストだったり、その真逆の過激な保守派だったり。いたんだよ、昔は。紛争真っ最中の国に行って、武器の使い方を学びませう、って人たちが。過激な遣唐使みたいだな」

 朋来は壁に背中を預け、クックッと笑っている。

「みんな爺さんに近い年齢だったがな。国にいたときは殺したいほど互いを憎んでたはずなのに、遠い場所で同じ集団に収まると、なぜか仲良くなっちまうみたいだ」

「はあ......」

「俺はブローカーに、日本人って偽って売られたらしくてな。それで爺さんたちから日本語も教わったんだ......笑えるだろ?普通なら東洋人はみんなチャイニーズだってのにさ」

「......」

「受け入れてくれたかい?俺のヒミツ」

「そう、ですね」

「それでいい。どうせなら、後の二人のことも教えてやろうか」

「え、いや。いいです......」

「遠慮するな、と言いたいところだが」

「......?」

「ここは警察だったな。でかい声では言えないから、また今度だ」

「は、はい」

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外務省特捜課・戦術執行部 立花零 @ray_seraph

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