3
卯月は中央合同庁舎から早々に退散し、指揮車両で世田谷区に急行していた。敵の進路上にある世田谷区には、戦術執行部の一番機「ヴァルケン」をトレーラーに乗せた状態で待機させている。
指揮車両には、運転手を含めて三人。卯月と共に、白衣を纏った若い女性がモニターを睨んでいた。
「
「問題ありません」
三辺と呼ばれた女性が言葉を返す。彼女は特捜課技術部の主任であり、戦術執行部が保有する三機の補助駆動装甲の整備を担っている。
「兵装は20ミリ、各ユニットの自己診断結果は良好です」
「敵の進路は」
「変わりありません。現在、調布市内で破壊活動を継続中。予想では5分ほどで世田谷区内に侵入します」
「......では、彼に出撃命令を」
「了解。一番機装着者、聞こえますか」
三辺がマイクに吹き込む。
〈......肯定だ〉
「直ちに機を装着してください」
〈了解した〉
フレームド・アーマー、通称FRA。現代における、新たなる力の化身である。
その力の化身は、今輸送トレーラーの荷台に懸架されている。ちょうど中世の騎士甲冑にように、人を抱え込む装甲体の集まりである。当時のそれと違うのは、強力なバッテリーを搭載し、各部のサーボモーターが有機的につながり合い、装着者の力を数十倍に増幅する点である。マスター・スレイヴ・オペレーショニング。装着者の動きを、機体の動きに反映する。
外務省特捜課・戦術執行部が保有する第3世代FRA、12式補助駆動装甲。オリーブドラブの陸自モデル、灰色の都市迷彩の空自モデルと異なり、漆黒に塗られている。両前腕部に追加した複合空間装甲には、白文字で
それに加え、肩部、脚部、胴部の至る場所に分厚い複合装甲が取り付けられていた。左肩には〈FSIT-01〉の文字。普及型の12式に大量の装甲を追加し、増加した重量に対応するため各部の駆動モジュールを高出力化した特注機体。通称・ヴァルケン。戦術執行部が保有する三機のうちの一機で、突撃戦闘を得意とする。
装着者である
朋来の頭部を、HMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)が覆う。内部に外界の景色が投影され、それに照準レティクルや機体各部の情報が重なる。
オペレーションモード、マスター・スレイヴ。追従角、増幅割合ともに適正。装着者バイタル監視システム、正常。火器管制装置、適切に作動。電子戦装備、待機状態。
メインシステム・戦闘モード。朋来が腕を動かすと、ヴァルケンの右腕ユニットが追従。床上のラックから20ミリ機関砲を取り出す。
トレーラーの後部ハッチが開かれる。
〈オペレーションを開始せよ〉
無線機から卯月の指令が下る。機体背面のロックが解除された。トレーラーから歩み出て、世田谷区の路上へ立つ。
〈三辺です。敵は予測進路上を直進中。あと2分で会敵〉
「こちらから仕掛ける」
ヴァルケンは機関砲を持ち上げ、片膝を折って走り出す。第一・第二世代機よりも繊細な足取りで、予測進路を進む敵との距離を詰めてゆく。
HMDに映る小さな影。敵機である。砲身を切り詰めた機関銃では有効射程外だが、向こうはKordを乱射しつつ近づいてくる。
「会敵。これより制圧を開始」
走る速度を上げ、電線に引っかからないよう気を配りつつ跳躍。敵機のカメラがヴァルケンを捉える。視線が、あるいは照準が重なった。
すかさず朋来は、操作悍の引き金を絞る。20ミリAP弾をセミ・オート射撃。一発が先頭のヴォエヴォーダの左肩部を貫通する。射撃を支える腕を破壊され、12.7ミリがあらぬ方向で空を切る。
〈搭乗者を無力化するんだ〉
ヴァルケンのシェルに響く、卯月の冷静な声――20ミリ弾でFRAの胴体を貫けば、無論ながら搭乗者は死ぬ――そういう作戦であるとは理解していたが、指揮官が率先して「殺せ」と命じるとは。
左腕が損壊したヴォエヴォーダの前に着地。それを渾身の力で蹴りつけ、巨体を地面にたたきつける。敵機は勢い余ってKordをアスファルト上に打ち付けた。他の二機が狼狽し、散開する。
倒れたヴォエヴォーダの胴体に機関砲を押し付け、引き金を絞る。装甲とコクピット・シェルを食い破ったAP弾が、搭乗者を即死させた。
〈右方向!〉
三辺が叫ぶ。すかさず右腕を持ち上げ、追加装甲でヴァルケンの胴体を護る。向かって右に散開したヴォエヴォーダがKordを射撃。しかし12.7ミリは、腕の強固な装甲に弾かれた。朋来は機関砲を左に持ち替え、盾にした右腕の横から砲口を突き出す。敵機を照準、引き金を絞る。20ミリを二連射すると、二機目の胴体に大穴が空く。撃破、搭乗者――即ち、被疑者――死亡。残り一機。
左方向に砲口を移動させ、自動照準が有効化する前にマニュアル射撃。電子的な補佐はないものの、停まったFRAを撃ち抜くのは「的当て」と同義である。
最後の一機に着弾。機体胴部の上端近くを貫通。FRAのそこは、装着者の頭部が収まっている部分。犯人の遺体の状態は、見るに堪えないだろう。
調布市と世田谷区の間、昼間の路上。早朝より続くFRAテロ事件が制圧された。煙を上げるカーキ色の三機に囲まれ、重武装の漆黒の機体が直立している。
〈オペレーション終了。トレーラーに帰投してください〉
三辺が感情を押し殺して告げる。
溜息をついた卯月は、懐から黄色いパッケージを取り出す。モンテクリスト・ミニシガリロ。由緒正しきハバナ・シガーである。丁寧に取り出して咥え、エングレーブのない銀のジッポーライターで火を点けて、指揮車両の中であるにも拘らず吹かし始めた。
「あの、ここ」
「禁煙ってルールはないよ」
「......はい」
「いやなら「やめろ」って言ってな。減俸とかしないから」
「では」
「もう火点けちゃった」
「......」
卯月は指揮車両の換気装置を「強」に入れる。彼なりの配慮なのだろう、と三辺は自分に言い聞かせた。事実、彼のシガリロの香りは嫌いではない。ただし三辺は、車両に搭載された機器への影響を懸念しているのだ。
「彼のバイタルは」
「異常ありません。精神起伏もフラットです......凄い、どうして?」
思わず感想が漏れ、疑問が浮かんだ。
すると卯月が、頷きつつ話し始めた。
「彼の過去については話したかな」
「いえ。ただ先程、海外でPMSCの研修を受けた、と」
「あれは嘘......というより表向きさ」
「表向き?」
「彼はそもそも、日本人ですらない。国籍も戸籍もなかった」
「......それは、どういう」
「
「中国の人口抑制策によって発生した、無戸籍の子供です」
「そう。彼は元々、黒孩子だった」
「どうして日本に。あの名前は?」
「戦乃は7歳の時、悪質な人身売買業者によって中国国外へ売られた。少年兵としてね。ずいぶんと長い間、様々な紛争地でFRAに乗せられていた」
「そんな」
三辺は目を逸らす。彼の後ろは、覗いてはならない。そんな気がしたのだ。
その感情を知ってか知らずか――おそらく解っているのだろうが――卯月は構わずに続ける。
「そんな彼と出会ったのは、5年前。私が外交官として、南アルグランドに駐在していた頃だ」
南アルグランドとは、アフリカ中部にある小さな内陸国である。長きに渡った外来河川の使用権を巡る紛争が、数年前にようやく解決した国である。その解決の裏では、日本による援助がかなり大きな役割を果たしたと言われている。
「5年前の南アルグランド......それって」
「そう、日本大使館襲撃事件の年だ」
紛争終結後とはいえ、元より極貧国家な南アルグランドである。最悪な治安を象徴する事件が、5年前の日本大使館襲撃である。浄水場の竣工パーティが開催されていた日本大使館を、反政府ゲリラのFRAが襲撃したのだ。
「私は妻と二人で、駐在員として大使館にいた。パーティの最中だったが、その警備に当たっていたのが彼......今の戦乃朋来で、当時の名前は「シュジャー」と言った。スワヒリ語で「戦士」という意味だ」
「戦士?」
「彼は少年兵時代を生き抜き、フリーランスの傭兵となっていた。どういうわけか日本語も喋れたので、私と妻は彼と話し込んだよ。彼のは拙い日本語だったが、しかし話しやすくもあった」
「......ご友人になられたのですか」
「そうとも言えるかな。そんな時、大使館で爆発が起こった......FRAの自爆だ」
その事件は、三辺もよく覚えている。自爆特攻に始まり、多数のFRAが大使館になだれ込んだ。その映像は、今もネット上に転がっている。
「彼は私と妻に逃げるよう告げ、一人で敵に立ち向かっていった。彼の機体は武装も粗末なものだったが、FRA用のナイフと対人機銃だけで、一瞬で三機を屠ったのだ」
「それが、この強さに繋がるのですか」
「彼が敵を食い止めている間に、私と妻は逃げた。だが妻は、子供を身籠っていた......走ることなどできなかった。私たちは、別の方向から侵入した敵のFRAに狙われた」
「......」
「だがそれを察知した彼が、敵機に飛び掛かってくれた。私たちは逃げた。ゆっくりとだが、必死に。敵機は彼のナイフで沈黙した。そのはずだった」
「えっ」
「敵は自爆した。彼の機体は吹き飛ばされ、敵機の破片から守るために私は妻に覆いかぶさった。だが破片は私の腹を貫き、そのまま妻の胸に刺さった」
「そんな」
「恥ずかしいことに、私は失神していた。妻の方が遥かに重傷だというのに......三日後、集中治療室で目が覚めた時、既に妻は死んでいた。生まれるはずだった子供も一緒に」
「!!」
「彼は包帯だらけの姿で、私の見舞いに来た。あろうことか、彼は深々と謝罪した。私の妻を護れなかったことを悔やんでいた。心の底から」
「どうして」
「私は宥め、感謝を伝えた。彼が帰った後、私は朦朧とする意識の中で考えた......当時、外務省に新部署を設立する計画が進んでいた。対テロ特措法の改正に伴い、外務省内に国内で活動するテロリストを制圧するための部署を作るためだ」
「その部署が、この特捜課」
「そう。私は帰国前に、大使館を通じて外務省に直談判した。新部署の責任者として、自分を起用して欲しいということを」
「通ったんですね」
「どういう原理が働いたかは知らないが、そういうことだ。私は帰国の最中、飛行機内で特捜課の課長に就任した。その頃、戦術執行部で特製のFRAを運用することも決まっていた」
「それで、彼を雇ったんですか」
「そう。帰国後すぐに、私はシュジャーに連絡を入れた。パーティの最中、彼の連絡先を手に入れていたからな。私は彼に、特捜課で働くことをと提案した。世のため人のため、君の力が必要だ、と。そして彼は承諾した」
「だから彼はここに」
「私は特捜課のFRA装着要員として、彼を迎え入れた。二番機「ワイバーン」の
「......繋がりました。ようやく」
「私は彼に居場所を、戦う理由を与えた。しかし私は、それ以上の物を彼からもらった......彼は、この特捜課にとって必要な人材だ」
「理解しています」
「彼を労わってやって欲しい。無論、命令ではないがね」
「はい......!」
卯月は指揮車両の天井を見上げた。過去を思い出したことを、修正するかのように。
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