第14話 凱旋



――――魔獣の死体を村へと運びながら ヴィトー

 


 血抜きと内臓抜きを終えた魔獣の足にロープを結び、魔獣の体をそこらで剥ぎ取った樹皮の上に乗せて、簡単なソリのような形にして……そしてそれを恵獣に引っ張ってもらう。


 魔獣から助けた恵獣の親子はどうやら俺達のことを気に入ってくれたようで、俺達がソリの準備をしていると自然な形でソリの前に立ち、それを引いてやるぞと態度と表情で示してくれた、という訳だ。


 ソリがあるとは言え巨大な魔獣を引くとなれば大仕事で、手伝ってくれるのは凄く助かるのだけども……ソリを引いている間ずっと、何故だかこちらをチラチラと見てくるのがどうにも気になってしまう。


 独特の青紫の瞳、シェフィが言うにはこの色は極夜……一日中太陽が出てこない日に対応するためのものなんだとか。


 この瞳の色だと暗闇の中でも遠くを見通せるんだそうで……冬が終わると恵獣はその瞳の色を、青紫から金色へと変えるらしい。


 そうして今度は雪が反射する日光や白夜に対応して……季節ごとに瞳の色を変えることでこの極限世界を生き抜いているんだそうだ。


 そんな青紫の瞳でじぃっと、じぃっと俺のことを見つめて……俺のことを見つめ過ぎて木にぶつかりそうになったりもして、一体何がそんなに気になるのだろうかと首を傾げてしまう。


「っかー……これでヴィトーも恵獣様持ちかよ、精霊様と一緒で恵獣様も一緒で? なんだよ、まったく……オレ様達だって狩りだなんだと頑張ってるのによぉ、女達の話題はヴィトーが独占かぁ?」


 そんな風に恵獣と見つめ合っていると、槍を構えて警戒しながら先頭を行くユーラがそんな声を上げてきて、俺がいやいや、まだ俺が飼うって決まった訳じゃないのにと、そんな言葉を返そうとすると、それよりも早くサープがカラカラと笑いながら口を開く。


「はっはっはー! 仮に魔獣を二十匹も四十匹も狩ったって、精霊様が側に居たって女達がユーラのこと話題にすることはないッスよ~。

 だってユーラ、子供の頃から彼女達にイタズラばっかして、嫌われまくってんじゃないッスか~」


「しょ、しょうがねぇだろ、子供の頃はまだ男だ女だってのよく分かってなかったんだからよ!

 まさかあんな風にイタズラしちまってた連中から結婚相手を選ぶことになるなんてよぉ、思いもよらなかったしよぉ……ほら、向かいのコタに嫁いだねーちゃん、ああいう綺麗な年上の女と結婚するもんだと、子供の頃はそう考えちまってたんだよ」


「子供の頃そうだったとしても、もう良い歳の大人なんだから、贈り物をしたり綺麗な景色のとこ連れていったり、病気とか弱ってる時に薬草を届けてやるとか世話してやるとか、そういう気遣い見せなきゃ駄目ッスよ。

 しっかり狩りをして毎日働いて、優しく気遣いをして、愛が盛り上がるようなことしてやって……それからが恋の始まりってもんッスよ。

 ユーラの場合、恋が始まる前に色々と終わっちゃってるんで……かなり気合入れないと駄目なんじゃないッスか。

 ヴィトーはこれまでも皆の手伝いしたり、皆が嫌がること率先してやったりしてたッスからねぇ……その上、精霊様と恵獣様と来たらもう、比べ物になんないッスよ」


「嘘だろ!? このオレ様がそこまでの状況だってのか!?

 力はある! 狩りだって大の得意! それなりに財産だって溜め込んでるのによぉ!!」


 と、そう言って足を止めたユーラは懐から革袋を取り出し、口紐を雑に解いて中身をサープに見せつける。


 その中にあったのは大きな琥珀や、砂金を集めて作ったらしい金の塊や、沼地の商人との取引に使うデュカットと呼ばれる銀貨で……ユーラの言葉通り、かなりの量を溜め込んでいるようだ。


「毛皮を鞣して、骨を削ってアクセサリー作って、それらを商人連中に売りつけてこんだけ稼いだんだぜ? こんだけありゃぁお前……ストーブだって薪だって山程買えるんだぞ?

 精霊の工房に負けねぇくらい塩や砂糖だって手に入るし、酒だって浴びる程飲めるのに……駄目なのか?」


 それらを見せつけながらユーラが上げた声に対し、サープは何も言わず肩をすくめることで返事をする。


 ユーラと常に行動を共にしていて、一緒に狩りをしているサープも恐らく同じくらいの財産を溜め込んでいるのだろう。


 同じだけの財産がある上にサープは顔が良いだけでなく優しく、気遣いも出来る訳で……ユーラの状況は中々厳しいものがあるようだ。


「あー……まぁ、うん、どこがいけないのかが分かったんだから、これから頑張っていけば良いんじゃないかな?

 それだけの財産がありながら無駄遣いとか暴飲暴食とかしない自制心は大したもんなんだし……その自制心でもって、女性達の評価が変わるまで耐えきれば……きっと見直してくれるはずだよ」


 と、そんなユーラに俺がそう言うと……年下の俺に言われたのが効いてしまったのか、ユーラがガクリと肩を落とす。


 前世で重ねた年齢を合わせると俺は、ユーラの三倍程は生きていることになり、厳密には年下ではないのだけど、外見的には年下で……そのせいでユーラに余計なダメージを与えてしまったようだ。


 そんなユーラを見て俺が更に言葉をかけようとすると、まさかのまさかサープではなく恵獣の親がそっと俺の肩にその鼻を押し付けてきて、それ以上言ってやるなとその目で語りかけてくる。


 賢く思慮深いとは聞いていたけども、まさかそんな気遣いをするなんて……いや、それともただの偶然か? なんてことを俺が考えていると恵獣の親子は俺達に先を急ぐぞと促すように歩き始め……俺達もまた雪を蹴っての移動を再開させる。


 そうして村が見えてきて、村の周囲の見回りをしていた大人達が俺達のことを見つけて……魔獣を狩ったこと恵獣を連れてきたことを大いに驚き、報告のためか村の中へと駆けていく。


 そうして村全体がまたもや騒がしくなっていって……恵獣を連れ、シェフィを頭に乗せた俺と、肩を落としたユーラと、帰りを待っていたらしい女性に笑みを浮かべながら手を振るサープの三人は村の中央へと足を向けて……堂々の凱旋を果たすのだった。


――――あとがき


お読み頂きありがとうございました。


応援や☆をいただけると、恵獣の毛がもふもふになるとの噂です。

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