第12話 恵獣



 俺の前を歩くユーラとサープの手には槍が握られていて……魔獣や獣が近距離に来たならそれで突き殺すことになるが、基本的には猟銃での狩りがメインとなる。


 気配を殺しながら相手を探し、ギリギリ……相手が逃げもしないし襲いかかってきもしない距離を見極めて近付き、そこから狙撃する。


 狙撃と言ってもライフルではないので遠距離からのではないけども……それでも安全のために出来るだけ距離を取るつもりだ。


 一発で駄目なら二発、それでも駄目なら弾を込め直して……その間に距離を詰められたらユーラ達が対応をする。


 ユーラ達には銃がどんなものであるかを伝えてあるので、装填が終わり構えて狙いを定めたなら即座に獲物から距離を取ってもらうことになっている。


 それで上手くいくかは分からない、想定外のことが起きるかもしれない……だからこそしっかりと気を引き締めて、興奮しているのかドクンドクンと高鳴る心臓をどうにか鎮めながら足を進めていく。


 獲物を見つけるまでは会話はなし、声で獲物に気付かれてしまうのはまずいのでアイコンタクトとハンドサインでコミュニケーションを取ることになり……先頭を行くユーラが「こっちだ」と人差し指で進行方向を示すハンドサインを何度も出しながら俺とサープを先導する。


 ユーラは狩りの経験が豊富で、槍でも弓でも獣を狩ったことがある。そのおかげで先導に迷いがないし、冷静だしで……まだまだ経験が足りない俺からするととてもありがたい存在だ。


 このままユーラについていけば良い獲物にありつけるのだろうと、そう考えていた折……俺達の少し先を歩いていたユーラが慌てた様子で打ち合わせにないハンドサインを送ってくる。


 今すぐこっちに来いと、そんなことを言いたげに手を何度も何度も振って……それに首を傾げた俺は事情が分からないながらも猟銃に弾を装填して構え、同じく首を傾げたサープは両手でしっかり大槍を握って構えて……警戒をしながらユーラの下へと向かい、そしてすぐにユーラが慌てた理由を察する。


 前方、何十メートル先だろうか、そこで昨日も狩った熊に似た魔獣がいて、何かを襲おうとしている。


 真っ白な毛皮に覆われた四足でトナカイによく似た小さな体、怯えた目で震えるそれは……、


(ランヴィ様の子供だぞ……)


 と、ユーラが小声で上げた通りの名前の獣で……確か正式名称はラン・ヴェティエルで、略してランヴィ。


 日本語に訳すなら恵みの獣とか、与えてくれる獣とか、そういった感じになるのだろうか。


 恵みの獣……精霊とはまた違った敬愛を向けられる恵獣けいじゅうランヴィは俺達に様々なものを与えてくれる。


 その毛で服やタオルやコタを、そのミルクで様々な乳製品を、その角で薬を、蹄で栄養剤……のようなものを。


 生きている限りそうした恵みを与えてくれる恵獣と共に暮らすことはとても素晴らしいこととされていて、シェフィのように信仰の対象という訳ではないのだけど、それに近い存在と言うか、高位の存在として扱われている。


 そんな恵獣を殺すことは絶対に許されない、肉を食べるなんてのは以ての外で、誇り高く思慮深く、未来を見通すとも言われている恵獣は家族かそれ以上の存在として大切にするのがシャミ・ノーマ族の掟であり……目の前で魔獣に殺されたなんてことになったなら、村の皆にどんな目で見られることになるのやら分かったものではない。


(いけるか、ヴィトー……?)


 今にも駆け出しそうな前傾姿勢でユーラが声をかけてきて……頭の上にいたシェフィが俺の懐の中に潜り込むのを確認してから頷くと、まずユーラが、そしてサープが槍を構えながら駆け出し、それを追いかける形で俺も駆け出し、大口を開けて声を張り上げる。


『うぉぉぉぉぉぉぉ!!!』


 意図せず三人の声が重なる、少しでも魔獣の気を引こうと上げた喉が張り裂けんばかりの絶叫だ。


 そうしながら駆けて駆けて……こちらに気付いてこちらを見やった魔獣へと猟銃の銃口を向けるが、まだ遠い。


 ライフル銃ならまだ違ったのかもしれないけど……と、そんなことを考えながら駆け進み、そんな俺達へと魔獣の興味が移ったのを見て恵獣の子供はどこかへと逃げ出し……そして魔獣は俺達の方へと体を向けて、大口を開けての咆哮を上げる。


『ガァァァァァァァァ!!』


 宣戦布告、槍を持った人間ごときに負けるかと言わんばかりのそれを受けて、


「がぁぁぁぁ!!」

「かぁぁぁぁ!」


 と、似たような大声を叫び返したユーラとサープが左右に大きく分かれるように動く。


 そうやって魔獣の正面を俺に譲ってくれて、舞い上がるパウダースノーの中に滑り込んだ俺は、片膝立ちになって猟銃を構えて狙いを定めて……一回引き金を引き、すぐにまた狙いを定めてもう一度引き金を引く。


 一発や二発で倒せないことは前回でよく分かっている、効いたかどうかなんて確認せずにとにかく倒れるまで撃ち続けるべきだと学んでいた俺は、銃を折って薬莢を取り出し、再装填をしようとして……そんなことをしていたせいで、怒りの表情を浮かべた魔獣がこちらに、四つ足での凄まじい勢いで駆けてきていることに気付くのが遅れてしまう。


 気付いて慌てて立ち上がり、駆け出そうとする気持ちと装填を急ぐ気持ちがごちゃ混ぜになってそのせいで動きが固くなって……このままでは魔獣の突撃を受けてしまうとなった時、左右から突き出された大槍が魔獣の両脇腹に突き刺さる。


「やらせるかこの野郎!!」


「はっはー! 隙だらけッスよ!!」


 そして同時に上がる二人の声、ユーラの強烈な一撃とサープの鋭い連撃を受けて足を止めた魔獣は、槍とその声を受けて怒りを爆発させて力任せに両腕を振り回すが、ユーラもサープもそんなことは予想していたとばかりに軽々と避けてみせる。


 槍を抜いて後退り、雪の中を転げたと思ったらすぐに立ち上がり、手にした槍をもう一度構えて、魔獣へと向けて……俺もまた弾を装填した猟銃を向ける。


 三方向から狙われることになった魔獣は、赤く光る目でもって素早く俺達のことを見やり……そして大きく立ち上がって体をひねって後ろに振り返ろうと始めて、それを見て魔獣が逃げようとしていることに気付いた俺は、すぐさま狙いをつけて引き金を引く。


 肩に一発、背中に一発、更に二発の弾を受けた魔獣は逃げ出す事もできずに雪の中に倒れ……そこにユーラとサープが駆けてきて、首辺りを目掛けて槍を突き立てる。


 二人がぐいと力を込めて槍を突き刺す中、念のためにと俺は銃弾の装填作業をし……そうしながら周囲を見回す。


 他に魔獣の気配はない……俺達以外に気配も音もなく、白銀世界はとても静かだ。


 ……さっきの恵獣の子供はどうしただろうか? 逃げた段階で怪我は負っていなかったから無事なはずだけど……なんてことを考えながら尚も周囲を見回していると、恵獣の子供が逃げた方向に、立派な角を構えた大人の恵獣と角のない先程の子供が現れて、ゆったりとした足取りでこちらに近付いてくる。


 堂々として立派で、どこか神々しくて……そんな姿に俺が思わず見惚れていると、ユーラとサープも恵獣の親子に気付いたらしく、魔獣に槍を突き立てたままそちらに視線を向けて声を上げる。


「お……おお、野生のランヴィ様のしかも親子だ! 野生の親子は初めて見たなぁ……」


「マジッスか、マジッスか、マジッスか!? 野生の親子がこんなとこにいるなんて!?」


 興奮を隠しきれないといった様子の二人にちらりと視線を向けて、魔獣にも向けて……それから恵獣の親子はこちらに視線を向けて、ゆっくりと歩いてくる。


 そして俺の目の前までやってきた恵獣の親子は……雪の中にしゃがみ込んだままの俺の顔に視線を合わせるためかぐっと頭を下げてきて、その青紫の瞳でもって俺のことをじっと見つめてくるのだった。



――――あとがき


お読み頂きありがとうございました。


次回は一方その頃のアーリヒです。



応援や☆をいただけると恵獣の毛艶が良くなるとの噂です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る