第9話 ドラー


 十分に体を休め、そろそろ瞑想を終わろうかと考え始めた時、瞑想小屋の壁から……サウナ小屋がある方の壁から小さな火の玉がニュッと瞑想小屋の中へと入り込んでくる。


「ん!?」


「はぁ!?」


「な、何ッスか!?」


 それを見て俺が声を上げて、ユーラとサープが続いて……そうして俺達三人が困惑しながらも警戒態勢となっていると、火の玉がパチリと目を開き、火の玉の中に顔を作り出し、体やマントのようなものを作り出す。


 その顔はシェフィによく似ていて……のんびりした顔のシェフィと違って眉が力強く上がっていて、キリッとした表情をしていて……火が絶え間なく揺れているのではっきりとは分からないが、なんとなく体型がシェフィに似ている気がする。


『よぉ、火の精霊シェフィ様の登場だ! ……ってなんだ、他の精霊も既に居るのかよ! じゃぁ俺のことは……なんか火の精霊っぽい名前で呼んでくれや!』


 警戒する俺達に火の玉はそう言って、相手が精霊であることが分かるとユーラとサープは即座に警戒心を解いて、目を伏せての礼をする。


 それを見て俺が慌てて礼をすると火の玉は『よしよし』と、そんなことを言って……少しの間の後に俺達が目を開けるとシェフィとコソコソと何か会話をしていて……それが終わってから俺達に声をかけてくる。


『さっきそこの……ヴィトーってのが自分の魂でもって面白いことをしていたよな? それを見て思いついたことがあって出てきてやったんだよ!

 火の精霊の象徴たるサウナを浴びて、その魂を強くするなんて、面白いことしやがるじゃねぇか!

 褒めてやるぞ! 褒めるついでにオラも似たようなことやってみたくなってな……! そういう訳でほら、お前達三人に火の精霊の……いや、サウナの加護を与えてやろう!』


 と、そう言って火の精霊は小さな火の粉をブワリと放ち、それらが俺達の体へと降り注ぐ。

 熱くはないが温かく、どこか力強さを感じる火の粉は、俺達の肌に吸収されるように消えていって……それを見て火の精霊は満足そうに頷き、言葉を続けてくる。


『オラは火の精霊! 求めているのは火のような熱さと強さだ!

 お前ら狩人なら力を示せ! 力強く誇らしく、恥じることのない狩りをしてみせろ!!

 狩りをし、己の体と技を鍛えろ! ひたむきにそうし続けたならオラの火がお前達に力を与える!

 人間ってのはあれだろ、限界ってのがあるんだろ? いくら鍛えてもこれ以上は強くなれねぇっていう壁があるんだろ? その上ちょっと休むとすぐ衰えるんだよな!

 オラの加護はそれを打ち破るもんだ! 限界を超えて強くなって衰えを防ぐもんだ! だがしかし限界を超えるにはまず体や技を鍛える必要がある!

 オラは甘やかさねぇぞ! そうやって努力をしたもんだけに褒美を与えるんだ! 十分に狩りをして己を鍛え抜いたと思ったなら、サウナに入りにこい! サウナをしっかり楽しんだなら、その時に加護を与えてやる!!』


 そう言われて俺達は何と返したら良いのかと困惑してしまう。


 急に現れた火の精霊、それがどうやら俺達に力を貸してくれる……らしい。


 狩りをして体を鍛えてサウナに入ったら強くなれる……昔のゲームで宿に止まると経験値が精算されてレベルアップする、みたいなのがあったが、それと同じ感じということだろうか? 


『ひとまず今回はちょびっとだけ加護をやる! お前達が今までの人生で頑張ってきた分に対する加護だ! 他の村人にも伝えておけ! 狩りだけじゃなくて刺繍とか子育てとか大工仕事とか、熱い想いさえあればそういうのだってオラは差別しねぇで加護をやるからよ!

 お前達がしっかり世界を救えるように、力を貸してやるからよ! だから魔獣を倒して世界を正しい形に戻せ! じゃねぇと世界が滅んじまうぞ!!』


 更に火の精霊はそんなことを言って、ぼうぼうと己の体を燃え上がらせる。


「えぇっと……火の精霊様、加護をありがとうございます……お言葉の通り、魔獣を狩れるよう励みたいとおもいます」


 そんな火の精霊に俺がそう返すと、火の精霊は満足そうに頷き……俺に続く形でシェフィが声を上げる。


『わぁ、良かったね、火のシェフィまで来てくれて。これはボクも予想外だったな……。

 でもボクがシェフィでって呼ばれてるとこに火のシェフィまで来ちゃうと、ちょっとややこしいから……ヴィトー、呼び方を決めてあげてよ』


『おうおう、そうだな、ややこしいのはオラも嫌いだからよ、そこの白精霊の言う通り、なんか決めてくれや!』


 シェフィの言葉に火の精霊までが乗っかり……それを受けてしばらく頭を悩ませた俺は、いつまでもそうしている訳にもいかないかと、悩みながらも口を開く。


「火の精霊様……ディースとかドラー……ヒートとか?

 えぇっと、あとは……カグツチとかホムスビとか」


 頭の中にある知識をどうにかこうにか引っ張り出しながらの俺の言葉を受けて、火の精霊は大きな声を張り上げてくる。


『はー! カグツチもホムスビも格好よくて良いが……ここはドラーにしておこうかな!

 そっちの白いのはシェフィ、オラはドラー、うん、わかりやすくて良いじゃねぇか!

 よし、これからはお前達、オラのことはドラーと呼べよ!!』


 そう言って火の精霊は俺達の返事を待つことなく、大きく燃え上がり……燃え上がりながら小屋の壁へと、サウナがある方の壁へと飛んでいって壁の中に……というか、壁の向こうへと行ってしまう。


 何かよく分からない加護を与えてくれて、言いたいことを一方的に言ってきて、そのまま去っていって……。


 まるで嵐のようだと俺達がポカンとしているとシェフィが一言、


『ドラーと仲良くなれたみたいで、良かったね!』


 なんて呑気な言葉をかけてくる。

 それになんと返したものかと頭を悩ませていると、ぐぅぅぅぅっと俺の腹が唸り声を上げて……、


「ああ……ととのうと食欲も増すんだったっけ……」


 なんて声を上げた俺は立ち上がり、とにもかくにもと脱衣所に向かい、タオルでしっかりと汗を拭き取ってから、洗ったばかりのふかふかの服に着替え、夕食を食べるべく村の広場へと……慌てて追いかけてきたユーラとサープと共に足早に向かうのだった。



――――あとがき


お読み頂きありがとうございました。


応援や☆をいただけると、ドラーがより暑苦しくなるとの噂です。

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