第7話 サウナ

 シャミ・ノーマ族はサウナが大好きだ。


 衛生とか体温維持とか色々と欠かせない理由はあるけども、何よりも娯楽として大好きだ。


 どのくらい好きかというとサウナに毎日入らないなんて考えられない、サウナのために日々を生きている、酒より肉よりサウナが一番だと村人全員が豪語する程で……村の位置なんかもサウナに影響されてしまっている。


 シャミ・ノーマ族は必要に応じてコタを畳んで村ごと移動する遊牧という生き方をしているのだけども、たとえば今の時期に使う冬営地は、他にも良い候補はあるのだけど毎年毎年、何があろうともここに村を作り春までの日々を過ごしている。


 何故かと言えばサウナに向いた場所が近くにあるからだ。


 雪が溶け春になったら北の方にある奥地と呼ばれる場所に行って村を作るのだけども、そこにもサウナに向いた場所があり……狩猟などのことを考えると不便な場所なのだけども、それでも皆はその場所に拘り続けている。


 他にもサウナ小屋は運搬性を無視した丸太製で、太く重い丸太を何本も何本も運んだ上で組み立てなければならないのだけど、それでも一切の妥協をしない。


 丸太の種類にもこだわりがあり、木ならばなんでも良いという訳ではなく、立ち枯れ材と呼ばれる特別なものだけを使用している。


 松によく似た木が立ち枯れてから、数十年経ったものだけをそう呼び……その木材で作った小屋でサウナをすると、なんとも言えない爽やかな甘い香りが漂うからで……小屋を立て直す際に立ち枯れ材が足りないなんてことになったら、村人が暴動を起こしかねない……らしい。


 製鉄技術が未熟で、そもそも手に入る鉄が少ないという状況なのに立派な鉄製ストーブを作ってしまうし、小屋の隣には一冬分の……かなりの広範囲の木を伐採し尽くす程の薪が積み上げられているし……その薪を使って一日中、村人が寝静まる深夜を除いて常に高温が維持されていて、そのための管理人が常駐していて……もう、とにかくサウナへのこだわりが尋常ではないのだ。


 それ程にサウナが好きで、大好きで……そんなサウナ小屋に入ると、まず脱衣所兼洗い場が俺達を出迎えてくれる。


 隣のサウナ部屋の熱を受けて少しだけ暖かいそこで服を脱いだなら編みカゴに入れて着替えと一緒に木の棚へとしまう。


 それから隅にある洗い場……大きな木桶のある場へと足を進めたなら、桶の中の水と村の女性達が作ってくれた石鹸とタオルでもって身体中を洗っていく。


 サウナ部屋に汚れを持ち込まないのがマナー、全身くまなく頭まで洗い……わずかな泡も残さないように綺麗に水で流したなら、棚に用意してある皮水筒を手に取り、中の水をごくりごくりと、結構な量を飲み……それからいよいよサウナ部屋の中へ。


 サウナ部屋の中へは何も持ち込まないのがルールだ、もちろんタオルも無し。


 人によってはあらかじめ用意しておいた氷を口いっぱいに頬張ったりして楽しんだりもするが、俺達はそういうのは一切無しに、何も無しの全裸でサウナ部屋へと入る。


 ……前世では興味が無かったのもあり一度も入ったことのなかったサウナ、ヴィトーとしてはこれまで毎日のように入り続けてきたサウナ。


 前世とヴィトーとしての意識が混ざり合って出来上がった今の意識で入るのは当然初めてのことで、どう感じるかと少し怖かったのだけど、その答えは……、


「あっつい!?」


 というものだった。


 全身を一瞬で包む猛暑なんて目じゃない熱気、じわりとまとわりついてくる湿気、あっという間に全身が汗なのか湿気によるものなのか分からない水滴で包まれ……あまりの暑さに俺が立ち尽くしていると、その横をユーラとサープが通り抜けていって……階段のようになっている腰掛けの最上段に腰を下ろす。


「なんだよ、ヴィトー、これくらいで熱いだなんて……狩りで疲れちまったか? それとも、あー……なんだっけ、前世だっけ? そいつのせいか? だとしたら随分情けねぇ魂をもらっちまったんだなぁ」

「沼地の方の奴らはサウナに入らないそうッスからねぇー、もしかしたらそれと似た暮らしをしてたのかもしれないッスねぇー」


「はぁ!? サウナに入らないって、なんだよそりゃ!? そんなお前……サウナに入らなかったらお前……や、ヤバいだろ!? 色々……き、汚いっつぅか、臭うだろ!?」


「だからほら、沼地ってのは臭いんスよ、商人の連中も臭いし……一生サウナ入らない訳ッスからねぇ」


「は、はぁ!? ヴィトー……! まさかお前も、お前に入り込んだっつー魂とやらもサウナに入ったことねぇのか!?」


 腰を下ろして大きなため息を吐き出して、それからそんな会話をし始める二人を見て俺は、ゆっくりと足を進めて……腰掛けの最下段に腰を下ろしてから言葉を返す。


「沼地の連中がどういう暮らしをしているかは知らないけど……前世ではサウナとは違う、風呂ってのに毎日入っていたかな。

 ほら、入り口にあった洗い場、あの桶を大きくしたのに湯を貯めてその中に入って、ゆっくり休んで体温めて……それから体と髪の毛を洗って綺麗にして、って感じ。

 前世でもサウナが好きって人は多くて、そこら中にサウナがあったんだけど、中々機会がなくて入らないままだったんだよねぇ」


 熱気は上にたまるもの、だから腰掛けは最上段が一番暑くなっていて、最下段が一番暑くない……いや、十分に暑いのだけどもいくらかマシになっている。


 慣れているはずのサウナに悲鳴を上げただけでなく、そんな最下段を選んで座った俺のことをユーラ達は不思議そうな目で見てきたものの、そういう事情があるならと納得してくれたのか、いつもの表情となって天井を見上げ、それから言葉を返してくる。


「他の世界ってのはよく分かんねぇけど……やっぱサウナってすげぇよな、他の世界にもあんだもんな……いやしかし、そうかぁ、サウナがあるのかぁ……。

 なんかこう安心しちまったな……サウナがある世界ならよ、まともな世界なはずで……そっから来た魂ってなら、信じられるっつーか、心を許せるっつーか、ヴィトーの中にいることを許せるっつーかよ……上手くやってけるんじゃねぇかって気分になるよな」


「あぁ、そうッスねぇ、サウナ好きで、そこら中にサウナを造るような世界から来たってなら、一緒に暮らせるし友達にもなれるし……美味い酒飲めそうッスねぇ。

 まぁ、そもそも精霊様が選んだ魂なんスから、そんな心配必要ねぇんスけどね」


 そんなサープの言葉を受けてユーラは「そりゃそうだ」とでも言いたげな表情をする。

 二人なりにヴィトーのことを心配してくれていたようで……その心配がサウナがある世界から来たという、たったそれだけの言葉でほぐれたようで……。


 二人や村の皆がサウナ好きなのは知っていたつもりだけども、ここまで好きっていうのはなんていうか……今更ながら驚いてしまうなぁ。


 ……いやぁ、それにしても暑い、子供の頃から散々入っていたはずなのにどうしようもなく暑い。


 今まで氷点下の世界にいたのもあって落差が激しいというか、冷え切った身体中を熱と湿気が焼き上げているかのように熱してきて……そのあまりの暑さに早く外に出たいと、そんなことまで思ってしまう。


 小さなため息を吐き出しながら入室時にユーラが仕掛けてくれたらしい大きな砂時計を見るが、砂は全然落ちていない、まだ10分の1も落ちていない。


 このあと10倍もここでローストされなければいけないのかと、そんな事を考えていると……白いタオルを全身に巻き付けたシェフィがどこからかふわふわと飛んできて、俺の隣の席にちょこんと座り、楽しそうに頭を左右に振りながら声をかけてくるのだった。




――――あとがき


お読み頂きありがとうございました


続きは明日、12時頃更新予定です


応援や☆をいただけると、サウナの熱が更に上がるとの噂です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る