第6話 それからの日常



 あの後俺は、自分が異世界の人間であったこと、異世界での一生を終えたこと、それからシェフィに出会い、この世界を救うために、魔獣を倒すために今の体を作ってもらったことなどを話し……話をしながらポイントがなくなるまで様々なものを作り出した。


 黒糖を毎日口にするようなら必要になるだろうと歯ブラシを……動物の毛と木の持ち手の歯ブラシを村人全員分に、今の季節では手に入りにくい乾燥ハーブに乾燥野菜も出来るだけたくさん作った。


 そしてそれらを村人達にタダであげたという善行によるポイントで何発かの弾丸なんかも作り出した。


 岩塩は駄目でただ乾燥させただけの野菜は良いのか? とか、工房で作ったものをあげることでポイントを稼げてしまって良いのか? とか、やり方次第で作ってはあげて作ってはあげてを無限に繰り返せるんじゃないか? などなど色々な疑問があったけども、そこら辺は全て精霊の気分次第、シェフィ達の主観で判断されるんだそうで……もし何か問題があれば精霊の世界の方で適宜修正対応をするから問題無い……らしい。


 対応が柔軟過ぎるというかなんというか、信仰の対象である精霊がそんなバグ対応をするゲーム会社みたいな感じで良いのだろうかと思ってしまうけども、誰あろうシェフィが、


『良いよ良いよ、気楽にいこーよ気楽に、何かあったらその時に頑張ったら良いんだよ』


 と、そんなことを言ってしまっていて……俺としてはただただそれを受け入れるしかなかった。


 俺が精霊の愛し子……精霊が世界を守るために作り出した特殊な存在だということも、皆には問題なく受け入れてもらえて、これまでの日々を真面目な良い子として……捨て子という境遇にいじけることなくひねくれることなく、まっすぐに生きてきたということもあって、村を挙げて応援してもらえることになった。


 自分達が住まう世界を守るためなのだからと全面的に協力するし支えるが対価は求めない、工房での作成、作成した品の譲渡を強制することは厳禁とする。


 それが族長であるアーリヒの判断であり決定で……家長達から反対の声が上がることは特に無かった。


 精霊の工房の力を便利に、我欲的に使ってやろうだとか、武器を量産することで富や土地を得ようだとか、そんな意見が出ることは一切無く……精霊への信仰心のおかげか全く揉めなかったというのは素直に凄いと思う。


 まぁ、信仰の対象が突然目の前に現れて、常識では考えられないような凄いことをポンポンとやらかしてくれているのだから、信仰心が強くなるのは当然のことかもしれない。


 ……他に理由があるとすれば皆からの信頼篤いアーリヒのおかげもあるのかもしれないなぁ……。


 数年前に村に子供が少なすぎるということが問題になり、生命力に溢れた女性を長にしたら良い影響があるかもしれないと、そんな理由で若くして族長に選ばれることになり、それから長として不足の無い活躍をし……その行動力と決断力と実力で皆に認められて。


 そうして運が良かったのか、それともアーリヒが決めた方針が良かったのか、ある年から安産が続くようになり、多くの赤ん坊に恵まれて……今では村の誰もがアーリヒのことを尊敬し、忠義を誓っている。


 そんなアーリヒが決めたのだからと、賛同している家長も多いはずで……うん、後で機会を見つけてお礼を言っておいた方が良いかもしれないなぁ。


 と、そんなことを自分のコタの中で……コタの中に敷き詰めた毛皮の上に腰を下ろし猟銃への弾込めの練習をしながら考えていると、二人の男の声が別々の方向から聞こえてくる。


「おう、塩壺はここに置けば良いのか?」


「小さな容器とかも持ってきたッスよ~!」


 一人は結構な大きさの塩壺……皆に配る塩をいれためのものを軽々と抱えながらコタの中央にある、石作りの囲炉裏のような焚き火場と呼ばれる辺りをウロウロとしていて、一人は小さな容器が入っているらしい木箱を両手で抱えながら、コタの隅にある小さな棚の辺りへと足を進めていて。


「ああ、うん、塩壺はそこに、容器は棚の上に置いておいて」


 と、俺がそう返すと壺を抱えていた男……真っ赤なコートのような服装のユーラが焚き火場の側に壺を置き、もう一人の薄い青色の生地にたくさんの刺繍が入ったトレーナーとズボンといった服装のサープが木箱を棚の上へ押し込む。


 二人は今日から精霊の愛し子である俺の護衛をしてくれるんだそうで、これから可能な限り行動を共にし、命がけで俺のことを守ってくれるんだそうだ。


 コタも俺のすぐ側に移動させて、狩りの時でも側にいて……何があってもどんな状況でも俺のことを優先してくれる……とかなんとか。


 そんな面倒くさいというか命を失いかねない仕事を押し付けられてしまって、嫌がっているに違いないと思ったのだがそんなことはなく、むしろ二人はそれ程の重責を任せてもらえて嬉しいと、心から誇らしいと思っているようで……専属SPとか近衛騎士とか、そういった仕事に就く事ができたと、そんな風に思ってくれているようだ。


「雑用でもなんでもよ、このオレ様に任せておけば良いからな! 村一番の力持ちのオレ様に出来ねぇことなんてねぇんだからよ!」


 太く力強い声でそんなことを言ってくるユーラは、力が強いだけでなく村一番の巨躯でもある。


 年齢は17歳、身長は多分2m以上、体重も100kgをゆうに超えているはずで……短く刈り込んだ茶髪も力強くまっすぐに伸びてトゲトゲとしている。


 眉は太く首も太く顎なんかもがっしりとしていて……狩りの時には皆を守ろうとして無茶をするため、顔も体も傷だらけで……顎には特に大きな傷があり、ユーラが言うにはそこにだけヒゲが生えないものだから、格好悪すぎてヒゲを生やせないらしい。


「力仕事でユーラには敵わないッスけど、相談とかそういうのは自分にしてくださいッス。

 自分はお悩み相談だけじゃなくて計算とか天気読み星読みとかだって、出来ちゃうッスよー」


 適当に置けば良いだろう木箱の位置を丁寧に調整しながら中性的な声でそう言ってくるサープは、今年で100歳になるという村一番の狩人だったという人から学んだという知識と経験を武器に活躍している好青年だ。


 ユーラと同じで17歳、身長は……180cmくらいか、細身で少し痩せ過ぎかもしれない。


 赤みを帯びた金髪はサラサラで長く、モテるからという理由で三つ編みにしている。

 目は切れ長でつり上がっていて、鼻筋も通っていて……イケメンというかアイドルとかでも通用するレベルに格好良い。


 賢くイケメンで高身長で……完璧過ぎるんじゃないかと思ってしまうが、一応欠点というか残念な部分があり……女性関係が少しだけだらしない。


 女性にモテるもんだからすぐに告白されて、それを考えなしに受け入れてしまって、二股三股をしてしまうものだからトラブルになることが多い。


 ただまぁ一線は越えないというか手を繋ぐまでが限界で、それ以上の関係になれないヘタレでもあるので、重いトラブルにはならないことが救いだろうか。


「ありがとう、二人共、色々とやらなきゃいけないことがあるから助かるよ」


 俺がそう返すと二人はニッコリと嫌味の無い笑みを見せてきて……それからコタの中の掃除やら補修やらをし始めてくれる。


 俺の力では出来ないこととか、俺が思いつかないようなこととか、俺の手が届かないところとか、そういった部分に手を回してくれて……そうしながらあれこれと話を振ってくる。


「そういやよ、すげぇ武器ですげぇ狩りが出来るヴィトーを守れってのはよく分かる話なんだが、世界を救うとかどうとか、あれってどういうことなんだ? なんでヴィトーを守ったら世界を救うことになるんだ?」


「ああ、それは確か……えぇっと、自分もしっかり聞いてたつもりなんスけどよく分かんなかったッスねぇ、精霊様のお言葉は」


 そんな二人の言葉を耳にしながら俺は、弾込めの練習を終わらせ……猟銃と弾丸を側に浮かんでいたシェフィに預ける。


 するとシェフィは猟銃を空中のどこか、恐らくは作業台やポイントが存在している空間へと押し込み……まるで何も無かったかのように猟銃の姿がすっと消える。


 誰かの手に渡ってしまったら大問題になりそうな猟銃と弾丸は、そうやってシェフィが管理してくれることになっている。


 俺が寝ている時とかも預かってくれるそうで……便利という安心出来るというか……とてもありがたいことになっている。


 預けている間に整備なんかもしてくれるそうで……至れり尽くせりとはこのことだ。


 ……目に見えないその不思議空間を上手く使えば重い荷物の運搬なんかも簡単に出来るのでは……? なんてことを考えてしまうが……いや、精霊の力を都合よく利用しすぎるってのも良くないだろう。


 大体そういうのにはしっぺ返しみたいのがあるものだし……うん、危険物の管理だけに留めておくべきだろう。


 そう心に決めて咳払いをすることでよくない考えを振り払った俺は、突然猟銃が消えたことに驚き目を丸くしている二人に言葉を返す。


「世界どうこうについては俺もよくは分かってないんだけど、魔獣が存在していると世界に良くない影響があるらしくて、魔獣を狩ることで数を減らして……出来ることなら絶滅させて欲しいんだってさ。

 そのための俺で、あの武器で……これからどんどん狩りに出ることになるから、二人には迷惑をかけるかもしれないね」


 と、俺がそう言うと二人は少しの間考え込んで……そうやって俺の言葉を飲み込んでからニカッと笑みを浮かべて、元気いっぱいの声を返してくる。


「迷惑なんて気にすんなヴィトー! オレ様だって狩りはしてぇし、何よりお前には負けねぇからよ! お前のこと守りながら魔獣をたくさん狩って、精霊様に認められてお前以上の力を手に入れてやるからよ!

 遠慮なんかしねぇで足腰立たなくなるまで使い倒してくれや!!」


「ヴィトーにばっかり頼ってちゃぁ祖霊様に叱られるッスからねぇ、自分も善行積み上げて精霊様からポイントもらえるようになって……ヴィトー以上の武器もらって、ヴィトー以上の戦士になって見せるッスよ!!」


 嫌味のない笑みに嘘のない声に、爽やかさすら感じる二人の言葉を受けて俺が思わず笑ってしまっていると、一体何をしていたのかコタのてっぺんの排煙などをするための穴の辺りまで浮かんでいたシェフィがふわふわと降りてきて、にっこりと微笑みながら口を開く。


『二人もヴィトーと一緒で良い子だね! 二人がそのまま良い子で、うんと頑張ってくれるなら力を貸すことを約束するよ!

 シャミ・ノーマの一族もまたボクらの愛し子だからね! 頑張った子にはご褒美をあげないとね!!』


 どうやらその言葉は二人にとって特別なものであったようで、二人の白い頬が一気に色付き、大きな笑みが膨らんで……笑みを弾けさせたようにくしゃりと顔を歪めて、目元に涙を浮かべながら片付けをささっと終わらせていく。


 俺もそんな二人に負けじと手を動かし……片付けを終わらせたなら着替えカゴへと手を伸ばす。


 今の季節、洗濯をするには凄い手間がかかるもので……村全体の洗濯物を集めて一度に、洗濯を得意としている女性達で行うことがルールとなっている。


 洗濯が終わったら乾燥も、女性達が行ってくれて……そしてこのカゴに入れて各コタへと届けてくれる。


 そうやって清潔にしていないとあっという間に虫が湧いてしまうらしい。


 氷点下が当たり前のレベルで寒ければ虫なんて湧かなそうなものだが、人の体温があればそれで十分らしく、寒いからと重ね着をすればその間とかに巣のようなものを作り出し……そうやって増えたダニなんかに身体中を刺されてしまうと、ひどい痒さで眠れなくなり、作業に集中できなくなり……普通の生活が送れなくなり、当然狩りにまで支障が出てしまう。


 だから服は清潔にしなければならない、服だけでなく体や髪の毛も清潔にしなければならない。


 狩りに出た日なんかは特にそうで……片付けを終えた俺達はこれから、着替えカゴを手にコタを出てある場所に向かうことになる。


「よーしサウナだ、サウナだ! 今日はヴィトーが美味そうな魔獣を狩ってくれたからなぁ……徹底的に体を清めて腹を空かせて、魔獣の野郎を美味しくいただこうじゃないか!」


「ヴィトーの狩りのけがれも落とさないとッスからねぇ~、すぐに終わったとは言え狩りは狩り、サウナに清めてもらわないとッスね~」


 そんなことを言いながら二人が先にコタを出ていって、踏み固められた雪の道を突き進んでいって……村の外れにある湖へと向かい、湖側に建てられた丸太製のログハウスのような小屋へと入っていく。


 サウナ……それはこの辺りの生活に欠かすことの出来ないそれは風呂のように汚れを落とすためのものであり、狩りの穢れを落とすための儀礼的なものでもあり、裸の付き合いをするコミュニケーションの場でもあり、血行を良くして体温を保つための健康促進のための場でもあり……。


 その上、娯楽の場でもあるという一人五役もこなす重要な場所で、小屋に入ってすぐにある洗い場兼脱衣所へと立ち入った俺達は一斉に深呼吸をし……丸太から放たれる独特の、甘く全身に染み入る香りを胸いっぱいに吸い込むのだった。




――――あとがき


お読み頂きありがとうございました。


次回は明日、12時過ぎ頃更新予定です


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