第5話 ポイントを使って


「アーリヒ、あれを借りても良いですか?」


 そう言ってから立ち上がってコタの隅へと向かい、木製の棚に置かれていた食事用の陶器……両手で抱える程の大きな器を手に取ると、


「え、えぇ、構いませんけど……」


 と、アーリヒがそう返してくれて……俺は手にした器をシェフィの方に差し出して声を上げる。


「シェフィ、残っているポイントで作れそうなら、この器の中に作って欲しいものがあるんだが……」


 と、俺がそう言うとシェフィは、ふわりと浮かび上がって俺の目の前までやってきて、それから何故か耳……があるらしい顔の横に手を当て、自分にだけ聞かせてくれと、そんなポーズをしてきて……俺はそうする理由がよく分からないまま小声でそれの名前を口にする。


 するとシェフィは俺へと視線を向けてニンマリと笑って……どうやらシェフィは、俺やシェフィの存在をどう受け入れて良いか分からずに困っている皆に、ちょっとしたサプライズを仕掛けようとしているようだ。


 そんなシェフィの笑みを見て、俺がなんと言ったら良いのか分からなくなっていると、シェフィは猟銃や弾丸を作った時のように金色のアレ……ポイントと作業台をどこからともなく引っ張り出し、今回も同様にハンマーで叩いていく。


 俺が作ろうとしているものは、ハンマーで叩いて作るようなものではないのだけど、それでも工房はそれをしっかりと作り上げていって……そして作業台からころりと完成したソレが転がり落ちて、器の中でカコンと音を鳴らす。


 直後、こちらの様子を静かに見守っていた女性達が、ソレが何であるのか気付いたのだろう凄まじい勢いで立ち上がり、それを受けて家長達も立ち上がり……そして器の中へと視線をやった家長達は女性達に遅れてそれが何であるかに気付き、異口同音に声を上げる。


『黒糖か!?』


 黒糖、サトウキビの絞り汁を煮詰めて固めたもの……ただ煮詰めるだけという簡単な作り方で……紀元前の発明となればポイントもそんなに多くは消費しないはずだ。


 そう考えてシェフィへと視線を送ると、シェフィは「正解」とでも言いたげな様子でニッコリと微笑んで……それから器がいっぱいになるまで黒糖を生産し続ける。


「黒糖がこうして手に入るのなら、これからは沼地の商人共のぼったくりに耐えなくて良い訳か! だーっはっはっはっは!! 見たか沼地の腰抜け共め、これがお前らが見限った精霊様のお力だ!!」


 その光景を見て家長の一人がそんなことを言って心底から愉快そうに笑い……他の家長達もそれに続いて笑みを浮かべ涙を浮かべ、脱力したのかストンと席に腰を下ろし、深い溜め息を吐き出す。


 この辺りでサトウキビを育てることは気候的に不可能で、だというのにとても甘く薬になるとも信じられている黒糖の需要は物凄く高くて……今までは沼地、南の方からやってくる商人達に大量の毛皮や木材、琥珀などを渡すことで手に入れていた。


 それがこうして手に入るのなら、こんなにも大量に手に入るのなら、村が抱えていた経済的負担は一気に無くなり、食卓も経済状況も一気に豊かになることだろう。


『確かに作ったのはボク達の工房だけど、考えたのとそのための力をくれたのはヴィトーだからね!』


 それぞれの方法で喜ぶ家長達にシェフィがそんな言葉を返すと、家長達は俺の方を見てまたそれぞれの方法で礼の言葉を言い始めて……俺はなんとも照れくさい気分になりながら、


「皆が今まで大切に育ててくれたおかげですよ」


 と、そんな言葉を返す。


 すると家長達はまた大笑いをして……場が一気に明るくなる。


 それから家長達は今夜は美味い酒が飲めそうだとそんなと家長達が雑談を始めて……俺は器いっぱいの黒糖の生産を終えたシェフィに声をかける。


「えぇっと、シェフィ、俺が溜め込んだ力は……ポイントはまだ残っているかい?」


『うん、まだあるよ、今度は何作る? 砂糖でも作る?』


 するとシェフィはそう返してきて……俺は首を左右に振る。


 砂糖の作り方は……正直はっきりとは分からないのだけど、黒糖よりかは確実にややこしい方法だったはずで……その分だけ黒糖よりも余計にポイントを消耗してしまうのだろう。


 黒糖には独特の香りとクセがあり、それが料理の邪魔になることもあるけれど、その程度の差のためにポイントを使ってしまうのは無駄に思えて……俺はアーリヒの許可を取った上で別の器を手に取り、先程のようにシェフィの方へと差し出し、またも小声でその名前を伝える。


『それは工房で作るようなものじゃないから駄目』


 するとシェフィがそんな声を上げる。


 それから確かにあれは天然自然の品というか、工房で作るようなものではないからなぁと小さなため息を吐き出した俺は、ならばと別の名前を小声で伝える。


 するとシェフィは笑みを浮かべて頷き、ポイントを引っ張り出しての作業を始めてくれて……ハンマーを振り下ろす度にサラサラと白い粉が器の中へと降り積もり……それを見た家長の一人が大きな声を張り上げる。


「今度は塩か! だーはっはー!! 見るが良い! シャミ・ノーマの一族の陽は沈まない! これからは白夜の如く輝きに満ち溢れるぞ!」


 その言葉の通り、器に降り積もっているのは塩だった。


 俺が最初に希望したのは岩塩で……どうやら鉱床などでただ掘り出すだけの品なんかを工房で作ることは出来ないらしい。


 岩塩ではなく塩なら……海塩を乾燥させて濃度を上げるとか煮出すとか、色々な作業を経ているものならOKということなのだろう。


 正直塩の作り方も細かくは知らないのだけど、銃などに比べれば簡単なはずだ。


 海が近いこの辺りで塩は砂糖に比べれば貴重なものではない。

 だけども作るためには多くの薪が必要で、寒い冬を乗り越えるので精一杯な状態で塩のために薪を大量消費するのは中々大変で……それがこうして手に入るというのは、誰にとってもありがたいはずだ。


 他の家長達も黒糖の時程は興奮してはいないが、それでもにこやかな笑みを浮かべていて……女性達は塩よりも黒糖を舐めたい、料理に使ってみたいと、そんな様子で目を煌めかせている。


 そんな様子を見て俺は、ひとまず恩返しと自分の価値を示すことができたかなと安堵して……小さなため息を吐き出してからコタの隅に腰を下ろし、どんどん盛り上がっていく家長達の、なんとも心が温かくなる光景を静かに眺めるのだった。




――――あとがき


お読み頂きありがとうございました。


続きは明日、12時ちょい過ぎの予定です


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