第4話 精霊ポイント


 族長の質問攻めが一段落した頃、周囲では狩りの成功に感謝する歌声を上げながらの魔獣の解体が始まった。


 俺は自分が狩ったのだからとそれを手伝おうとしたのだが、そんなことよりも猟銃のこととか髪色のこととか……一体全体何が起きたのかを説明する方が先だという話になり、一足先に村へと戻ることになった。


 村に戻って族長のコタ……この辺りの住居というかテントというか、すっと高く伸びた幕屋へと向かって、そこで族長や詳しいことを知りたがっている皆に話をしろとのことだ。


 そんな族長のコタには、俺がやらかした狩りの話を聞きつけたらしい各家の家長が集まっているんだそうで……面倒くさいことになったなぁと小さなため息を吐き出した俺は、シェフィを頭に乗せて猟銃をしっかり抱えて、意気揚々と歩く族長の後を追う形で村の中央奥にある一番大きなコタへと足を向ける。


 族長のコタはとても大きく、利便性とか快適性、運搬しやすさとかを無視した作りとなっている。


 そんなことよりも威厳が大事で、狩りに出た狩衆達の目印となることが大事で……一面を白い雪に覆われた真っ白なこの世界で迷子にならないようにという、灯台のような役割も持っている……らしい。


 族長のコタとは別に見張り台とか焚き火台もあって、そちらの方がよっぽど灯台らしい役割を担っているのだが、昔からの伝統というか文化というか、そういうアレで今でも大きなコタになっているようだ。


 それだけ背が高ければ中は相応に広い空間となっていて、戸を開けて足を踏み入れるとそこには10人のおっさん達が車座になっていて、それでもかなりの余裕というかスペースが余っている。


 焚き火を囲うように座るおっさん達の周囲には世話係なのか何なのか、何人かの若い女性の姿もあって……おっさん達も女性達も、これまでに俺の……ヴィトーの人生をなんらかの形で助けてきてくれた人達で……今も親しみやすい笑みを浮かべて俺のことを歓迎してくれている。


 そのうちの半分程がやっぱりシェフィを見るなり祈りを捧げていて……俺の頭の上の白い毛玉が精霊シェフィであることもすでに伝わっているようだ。


 そして車座の一番奥へと族長が……赤、青、黒、紫と色鮮やかな肩掛け上着に、足首まである長いロングスカートといった服装の、細身だけども凛々しく背筋をピンと伸ばした、前の世界であれば大人気モデルになれそうな女性の姿が足を進めて……星のように輝く目でもってこちらを、まっすぐに見やりながら声をかけてくる。


「どうしたんですか? ヴィトー? ぼーっとして。

……そんな所に突っ立っていないでそこにお座りなさい……座って、あの後何があったのかとか、その武器の話とか、その髪色のことを聞かせてください。

 ……それが終わったらおあなたの頭の上で幸せそうな表情をしている……精霊様、ですよね? そちらについての説明もお願いします」


 力強くハッキリとした低い声でそんなことを言ってくる族長に俺は、どう返したものかと悩みながら用意された席……おっさん達がのそりと動いたことにより出来上がった隙間にゆっくりと腰を下ろす。


 すると俺の頭の上で幸せそうな顔をしていたらしいシェフィが、俺が何かを言い出す前に元気な声を上げる。


『この武器はねー、ボクが作ってあげたんだよ! ボクがボク達の工房……精霊の工房でヴィトーの知恵の力と、それと向こうの……―――の力を借りながらちょいちょいって感じで作ったんだ!

 ヴィトーがね、良いことしたら力がたまるんだよ! 力が材料になるから良いことしただけたくさん作れるんだ!

 難しいものはたくさん力使うけど、簡単なのならそんなに力使わなくて……ヴィトーが知ってるものなら大体作れるよ!

 ヴィトーの髪色の変化は……なんだろうね? 前世の影響なのかもね?』


 元気一杯、天真爛漫……そんなシェフィの言葉に族長はもちろん、各家長のおっさん達も首を傾げて……そして俺も首を傾げることになる。


「あの……えっと、精霊様? ですよね? まずはその、精霊様ご自身のことを教えていただきたく……。

 それからその、ヴィトーの力と精霊の工房についてと……それとよく聞き取れなかったあちらの、何かについても教えてください。」


 そしてそんな俺達を代表する形で族長が問いを投げかけ……それを受けたシェフィは俺の頭上でパタパタと手足を動かしながら言葉を返す。


『ん? ああ、ボクはシェフィ! 精霊だよ! よろしくね!

 君達シャミ・ノーマの一族は毎晩欠かさず熱心にボクに祈ってくれていたから、ボクのことは知っているものとばかり思ってたよ。

 で……ヴィトーの力は、精霊の愛し子だからね、凄い力があるよ。

 精霊の工房はボク達の世界……精霊の世界が作り出している、ボク達の生活に欠かせないもので、色々なものを凄い早さで作る事ができるんだよ!

 この世界だって大陸だって工房が作り上げた! なんて話があるんだから! 本当かどうかは知らないけど!!

 そして工房を動かすには力が必要で……ヴィトーはそのための子なんだよ。

 それと―――は……あ、そっか、こっちでは表現する言葉がないんだっけ? まぁ、うん、向こうの世界のボクみたいなものと思えば良いよ、ヴィトーもほら、前世でよく会いに行ってたでしょ? ハツモウデ、だっけ?

 まぁ、うん、こんな感じの説明で分かった? アーリヒ』


 アーリヒと名前で呼ばれた族長は、シェフィの言葉をしっかりと受け止め理解しようとして……うんうんと唸り声を上げながら頭を悩ませ、それでも今ひとつ理解出来なかったらしく、シェフィにあれこれと問いを投げかけ始める。


 そんな中俺はシェフィの言葉の中で特に気になった部分に付いてを考え始める。


 ハツモウデ……ここで日本語を耳にするとはなぁ、初詣ということは神社の、神様のこと……なんだろうか。


 神様が実在していて、シェフィとコミュニケーションを取っていて……猟銃の情報も神様がくれた、のだろうか?


 そんなことが出来るのなら俺の存在なんて必要ないようにも思えるが……シェフィの言葉によると、俺は必要不可欠であるらしい。


 ……俺がシェフィと元の世界の神様の橋渡しみたいなことを、無意識的にしているんだろうか?


 なんてことを考えている間にも、シェフィとアーリヒの問答は進んでいき……その問答のおかげで段々と情報が整理されていき、そのおかげで俺達は精霊の工房がどんなものであるかを漠然とではあるけども理解することが出来て……それを要約すると大体こんな内容となる。


 ―――精霊の工房を作り出しているという精霊の世界は、ここではないどこかにあり、精霊ではない人間にはそれに入ることも、それに干渉することも出来ない。


 そんな世界が作り出す工房……あの作業台のようなものを動かすにはシェフィと精霊の愛し子である俺と、俺が善行をする度に貯まる力……あの金色の金属みたいな『何か』が必要となる。


 何をもって善行とするか、どのくらいの善行であれがどれくらい貰えるかはシェフィ達の、精霊の価値観で判断される。


 あの金属のような何かがどんな存在なのか、なんと呼ばれている物質なのかは、精霊達だけの秘密なんだそうで……シェフィは暫定的にアレをポイントと呼んでくれと言い出した。


 何故ポイントなのかと言えばその方が獲得量や消費量、残量を知らせる時にシェフィが楽だからだそうで……折を見て残量を示すポイントカードなるものを作ってくれるらしい。


 そして工房で何を作るかは愛し子である俺が判断する必要があるらしく……俺の知識などが影響する……らしい。


 単純な作りの物は低ポイントで作れて、複雑な作りの物は高ポイントが必要となり……何をもって単純、複雑とするのかはシェフィ達が判断する。


 今回作った猟銃と弾丸はどちらも高ポイントの複雑な物に分類されて、これらを作ったことにより俺が今までの人生で……ヴィトーとして貯めたポイントのほとんどが失われてしまったそうで、追加の猟銃が欲しいなら相応の……10数年分の善行を行う必要があるそうだ―――


『ついさっき魔獣を狩ったからその分があって、村の皆のために魔獣を狩るっていうのは人の命を助けるくらいの善行だから、そんな感じのことを繰り返していたらー……すぐに結構なポイントが貯まるんじゃないかな?

 まぁー貯まったポイントで何を作るかっていうのはヴィトーに任せるから、全部はヴィトー次第なんだけどね』


 そんな言葉で説明を締めくくったシェフィに対し、家長達は何も言えずにポカンとした視線を送ることになり……あれこれと問いを投げかけていた族長もなんとも言えない顔をして黙り込んでしまう。


 何か凄い力ではあるらしいけど、具体的に何が出来るかはよく分からない。


 凄い武器を作ってはくれたけど、それを量産するには10数年もの時をかけての善行ポイントが必要。


 ……役に立つんだか立たないんだか、よく分からないそれにどういった感想を抱けば良いのやら……。


 そしてそんな力の要が俺ということも、皆が黙り込んでしまっている理由なのだろう。

 突然現れた信仰の対象、精霊に作り出された何か、つい昨日までただの捨て子と思って接していた何か……そんな何かに対しどう接したら良いのか、族長も家長達も判断出来ずにいるようだ。


 そうやって出来上がったなんとも微妙な空気の中、俺もまた黙り込んであれこれと頭を悩ませる。


……精霊の工房を上手く使えば何か凄いことが出来るんじゃないか、皆を助けられるんじゃないか、そうしたらもっとポイントが貰えるはずで……自分のような存在でも皆が受け入れやすくなるはずだ。


 だから何か、何か良い手はないか良いものを作れないものか……出来るなら消費ポイントは少ない方が良い、それでいて皆の役に立つ、皆が喜んでくれるものがいい、そんな都合の良いものあるのだろうか?


 前世の世界にあった何か、俺が知っている何か……日本にあった何か、それでいてこの村では中々手に入らないもの……。


 そう考えた俺の頭の中にふっとある物のことが浮かんで……これなら喜んで貰えそうだと頷いた俺は、アーリヒへと向き直り、口を開くのだった。




――――あとがき


お読み頂きありがとうございました。


次回は明日、12時ちょい過ぎ頃に更新予定です


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