第3話 寝起きの一発

 


 中折状態にした猟銃を元に戻して構え直し……それから周囲を見回し、自分が吹っ飛んできた方向にあたりをつける。


 改めてそちらに意識を向けると、小さく声が聞こえてきていて、どうやら魔獣との戦いが始まってしまっているようだ。


 ベテラン揃いの皆が負けるとも思えないが、苦戦はしていそうで、早く助けなければと意を決した俺は猟銃を構えながら、声のする方へと……雪が支配する世界を駆けていく。


 この辺りはとても寒く一年の半分以上を雪に覆われている。


 温度計はないので気温は分からないが恐らく冬の北海道よりも厳しい寒さで、そんな世界にある村に、シェフィの力によって生み出された俺は……どういう訳か前世の記憶を失ってしまった状態で、身元不明の孤児として今までの15年を生きてきた。


 余分な食料なんて肉片一欠片分もない厳しい環境だと言うのに村の皆は俺のことを温かく迎えてくれて、まるで家族のように扱ってくれて……何故両親がいないのかと嘆く俺のことを優しく包み込んでくれていた。


 そんな皆を守るのが俺の……俺が忘れてしまっていた本来の使命だ、世界を蝕む魔物を狩るために作られたのが俺という存在。


 シェフィは魔獣やらのせいで滅びかけているこの世界をどうにかしようと、精霊が存在しない世界……日本で生まれながら精霊との親和性の高い魂……つまりは俺の魂を呼び出して、器となるこの体を作り出した。


 お願いだから世界を、皆を助けてくれと、戦う力を与えるから助けてくれと……何でもするから、シェフィに出来る範囲で願いを叶えるからと懇願しながら今の俺を生み出した。


「だったらもっと早く事情を説明してくれても良かったんじゃないか!!

 念願だったスローライフというか、平穏無事な日々を送らせてくれたことには感謝してるけどもさ!」


 水獅子のブーツで雪を蹴り上げて必死に駆けながら俺がそう言うと、俺の周囲をフワフワと飛ぶシェフィがとぼけたような声を返してくる。


『赤ん坊に魔獣を倒させる訳にはいかないじゃないかー、無理に目覚めさせるのも危険だったしねー、だから成人するまで待ってたんだよ。 

 その代わりヴィトーが願っていたスローライフを送れるように、常に側に居てサポートしてあげてたでしょ?』


「確かに良い暮らしをさせてもらっていたが……それならせめて今朝とかにだなぁ!!」


『うーん、その時が来たと思った時にでも事情を話すつもりだったんだよー、たとえば今日の狩り場までの道すがらとかー……なのにヴィトーがいきなり魔獣に襲われちゃうからさー』


 ヴィトー、それが俺の今の名前……魔獣を狩るための、村の皆を守るための、生まれながらの狩人、見た目はこの辺りの住まう人間そっくりだが恐らく人間ではない……精霊に作り出された何か。


 その体はとても頑丈で体力に満ちていて、魔獣の体当たりの直撃を受けても骨折一つしておらず、会話をしながら結構な距離を駆けたというのに全く息が切れていない。


 息が切れないものだから駆ける速さは一切落ちることなく、疲れることもなく……そのおかげですぐにヒグマのようなグリズリーのような、巨大な魔獣と戦っている皆の下へとたどり着くことが出来る。


 皆は大きな槍を、木製の穂先だけが鉄の槍を構え、突き出しどうにか魔獣の体を突こうとしているが、鋼のように硬いと言われている真っ黒の体毛が攻撃全てを弾いてしまう。


 魔獣の大きさは恐らく3m程、目は真っ赤に染まり、牙も爪も生物とは思えない程に鋭く凶悪で……そんな爪を構えた長く太い腕が皆を守ろうとして前に立つ族長、驚く程に美しい女性の頭へと振り下ろされようとしている。


「皆ぁ!! 魔獣から離れてくれぇ!!」


 駆けながら全力で叫ぶ、前世の時より高く細くなったその声は遠くまで響いてくれたようですぐに皆が反応を示してくれる。


 突然の声に驚きながらこちらを見やり、俺が猟銃を構えているのを見て、それが何なのかは分からないまでも、何かをしようとしているのだろうと察してくれて……今まで日々を真面目に、孤児なりに皆に認めてもらおうと誠実に過ごしてきたおかげか、皆が俺の言葉に従ってくれて、何人かは槍を全力で投げつけることで隙を作り、別の何人かは突然のことに呆然としている族長の腕を掴んで駆け出す。


 十数人の人間が一斉に、とにかく距離を取ろうと駆けて駆けて……そんな皆の動きに魔獣は困惑している様子を見せ、一体誰を追撃したものかと周囲を見回し、そして猟銃を構えた俺へと目を付けたらしい魔獣は、ヘドロのように濁ったよだれを周囲に撒き散らしながらこちらへと駆けてくる。


 そんな魔獣の頭へと狙いを定めて猟銃を構え、絶対に外すものかと、これでトドメをさしてやると力を込めて引き金を引こうとしていると、俺の頭の上にちょこんと座ったシェフィが静かに響く声をかけてくる。


『―――に教えてもらったんだけど、闇夜に降りる霜が如く、引き金はそっと引くものらしいよ。

 ヴィトーが力んだからだって威力が上がる訳じゃない、弾丸が早く飛ぶ訳じゃない、そっと引いて銃身がブレないようにして……全弾外れたら弾を込め直して、もう一度撃てば良いんだよ』


 その声を受けて俺は少しだけ冷静になって、胸の中で熱くなっていた息を静かに吐き出し……白くなった息が視界を埋める中、シェフィの言葉の通りそっと、静かに引き金を引く。


 するとさっきと同じように轟音が響き衝撃が肩を叩き……そして銃弾が魔獣の頭へと直撃し、直撃を食らった魔獣は脳震盪でも起こしたかのように足を止めてふらりとよろける。


「……き、効いてねぇ!?」


『効いてる効いてる! 魔獣がこんなに簡単にふらつくなんて、猟銃って本当に凄いんだねぇ!』


 思わず張り上げた俺の言葉に対し、シェフィがそう返してきて……効いているのならと俺は、大慌てで猟銃のレバーを操作し中折状態にし……空となった薬莢を震える手で引っ張り出そうとして、何度か失敗しながら引っ張り出して……それをポケットにしまい、代わりに新たな銃弾を取り出し、慌てるな慌てるなと自分に言い聞かせながら装填していく。


 二発装填したなら猟銃を元に戻し、しっかりストックを肩に当てて構えて……未だ脳震盪から回復していないらしい魔獣へと向けて引き金を引く。


 まず一発、それからすぐに二発。


 猟銃がどういう仕組みで連射出来るのかは分からないが、とにかくその連射は成功し、一発目はよろける魔獣の肩の辺りに、そして二発目は悲鳴を上げながら怯む魔獣の頭へと直撃し……二発目でついに魔獣の毛皮を貫くことに成功したのか、赤黒い魔獣の血が吹き出し、辺りの雪を染めていく。


 そして魔獣はゆっくりと力を失い、雪の中へと倒れ伏して……直後、近くの木の陰に隠れて様子を見守っていたらしい皆が大歓声を上げる。


「まさかあの魔獣があんなにあっさりと……」


「ヴィトーが、ヴィトーがやりやがったぞ!!」


「なんだあの杖! もしや精霊様のお力なのか!!」


「はっはーー! ざまぁみろ魔獣め! 我らの村は精霊様が守ってくださってるんだ!!」


「ありがたや、ありがたや、精霊様がお姿を……!」


「これでオレらの村にも精霊様のお力が……!」


 狩りが成功したことを喜んで歓声を上げたり、シェフィに向かって頭を深く下げ頭の上で手を組んで祈りを捧げたり、そんな声を耳にしながら俺は深く大きなため息を吐き出し、白い雲に覆われた空を見上げて深呼吸をし……そうしていると族長が駆け寄ってきて、声をかけてくる。


「ヴィトー! ヴィトー! よくぞ無事で……いえ、よくあの魔獣を倒してくれました!

 それにまさかあなたにそんな力があったなんて、もしかしてあなたは精霊様の……!」


 そう言って族長は俺の肩を掴んで揺らしてきて、そうしながらその綺麗な目で俺のことをじっと見つめてきて……それからも繰り返しヴィトーどうかしましたかとか、ヴィトーとその髪の色はどうしたのですかとか、そんなことを言いながら俺の名前を呼び続ける。


 そうやって新しい名前を連呼されたことで俺はようやくというか改めてというか、二度目の人生が始まったのだということを自覚するのだった。




――――あとがき


お読み頂きありがとうございました。


次回は明日の12時頃となります。


応援や☆をいただけると魔獣の肉の美味しさが増すとの噂です。

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