第2話 目覚め

 降り積もった雪の中に仰向けに倒れながら声を振り絞り、必死な思いで手を伸ばす。


『おはよう、ヴィトー……約束も思い出してくれたみたいだね』


 すると鳥のシマエナガに良く似た白い毛玉のようなソレは、高く女性のようにも思える声を返してくる。


 精霊……以前の世界では伝承の存在でしかなかった存在、それを見て俺はここが異世界なんだということを改めて自覚する。


 周囲を埋め尽くしているのは真っ白な雪、肺に入り込んでくる空気はあまりにも冷たくて、肺が内側から凍りつくかと思うほどで……こんな冷たい空気初めて吸ったと、そんなことを考えてから、どうしようもない違和感が頭の中に溢れてくる。


 初めて吸ってなんて、そんなことある訳がない、15年この世界で生きてきたじゃないかと自分で自分に突っ込んで……まだ意識が混乱しているみたいだな。


『ちゃんと思い出してくれたから……うん、助けてあげるよ、ヴィトー……今までの君の善い行いに対し精霊シェフィが対価を与えます

 ……で、助ける力って具体的に何が欲しいの?』


 目の前に浮かんでいる精霊……毛に覆われた顔はまんまるで、目はつぶらで口は小さく、羽毛に覆われていながらも表情豊かで……白く風変わりなローブのような服をきた、手の平ほどの大きさのシェフィはそう言って首を傾げて……それを受けて俺は起き上がって服についた雪を払い、頭を悩ませながら言葉を返す。


「そ、そんなこといきなり聞かれてもな!? 皆がピンチの時にあんまり悠長なことは……。

 いや、待てよ、そりゃぁ、狩猟って言ったらやっぱり猟銃が思い浮かぶ訳だけど……猟銃をくれと願ったとして叶えてもらえるものなのか?」


『うん、良いよ、と言ってもボクにはそれが何かよく分かんないんだけどね、君の知識の中からそれがどんな物であるかを教えてもらって、それを向こうの―――に確認して、そして君がそれに相応しい善行をしていたなら、精霊の工房がそれを作ってくれるよ』


 一部分だけ何故だか聞き取れない声で、そう言ってからシェフィはゆっくりと手を伸ばし、何もなかったはずの空中から金色の塊を引っ張り出す。


 金属のようでもあり液体のようでもあり、不思議な輝き方をしているそれをシェフィは、手で掴んで叩いて引き伸ばして……空中に作り出した作業台、のような何かに置いて、氷で出来たハンマーのようなもので叩いていく。


「お……おお、凄いなそれ……工房って言ったか? 工房で猟銃を作ってくれているのか? そ、そんな雑な作り方で出来るものなのか?」


 思わずそんな言葉が口から漏れ出ていく。


 だけどもシェフィが返事をすることはなく、ただただハンマーを振るい続けて、シェフィが叩いていた何かがどんどんと膨らんで大きくなり、大きくなりながら変形していって……形が出来上がったなら色付き、色が付いたなら急に重量を得たかのように落下し、それを受けて俺は慌てて手を伸ばし、それを受け止める。


 それからそれを握って持ち上げて……背中や後頭部を打ち付けた痛みを忘れてしげしげと眺める。


 上下二連式の銃身、木製のストック、本体側面の金属パーツにはシェフィそっくりの紋章が刻み込まれていて……予想以上に出来が良い、思っていた以上にしっかりとした猟銃に仕上がっている。


「マジか……もっと安っぽいものが出来上がるもんだとばかり思ったんだが、ガンショップとかに高級品として並んでいても違和感ないんじゃないか? これ?

 ……っていうかあれだ、猟銃だけあっても意味ないだろ、銃弾は作ってもらえないのか?」


『もー、ワガママさんだなー!』


 礼も言わずにさらなる要求をしてしまった俺に、口を尖らせながらそう返したシェフィは、再び金色の何かを引っ張り出し、先程と同じように作業台の上でハンマーで叩いて変形させていって……映画やゲームでよく見た感じの『銃弾』を作り出し、またも落下してきたそれを俺は大慌てで受け止める。


 うん、間違いなく銃弾だ、正直そこまで詳しくないのだけども、猟銃やショットガンなんかに使うものに見える。


 10発のそれは機械で作ったかのように綺麗で寸分違わず同じものとなっていて……あんな訳の分からない作り方で、よくこれを作り出せたもんだなと感心しながらそれらを上着のポケット、真っ白い毛で編まれたコートのような服のポケットへと押し込む。


 直後、さっき俺がぶつかった木の枝から雪がドサドサッと落ちてきて、頭の上に降り積もり、それを大慌てで払い落とす。


 それからふと気になったことがあって手袋を外すと……以前の俺のものとは全く違う、白く綺麗な肌に包まれた手が現れる。


 再構築された俺の体は前世のそれとは全く違ったものとなっている、肌は白く整った目鼻立ち、銀髪銀眼で……と、そこまで考えた所で猟銃の金属パーツに写り込んでいる色に俺は驚く。


 鏡のようにはっきりと写り込んではいないが、明らかに銀髪ではないことが分かる、銀髪に黒髪が混じっているというか、墨でもかぶったようというか……いや、今はそんなことを気にしている場合ではないだろう。


 それから以前のとはかなり作りの違う新しい体の状態を、怪我の程度なんかをしっかりと確認し、脇に抱えていた猟銃を持ち直し……恐らくこれかなというレバーにそっと触れて、恐る恐る何度か触れてみてから……これは引き金じゃないのだからいきなり暴発することもないだろうとしっかりと操作して……猟銃を中折状態にしてみる。


 中折状態にしなたら上下に並ぶ銃身を覗き込み。空なことを確認し……猟銃ってこんな仕組みになっているんだなぁなんてことを思いながら、ポケットに押し込んでおいた銃弾を二発取り出し……銃身に一つずつ押し込む。


 そうしたなら折れていた猟銃を元に戻し、ストックを肩に当てて構えてみて……周囲に点在している木……長く太い針葉樹へと狙いを定めてみて、ぶっつけ本番で使うのも怖いからと引き金を引こうとする。


 すると何か硬いものが挟まっているかのような感触があり引き金が全く動かず、ああ……安全装置ってやつかとすぐに気付いて、レバーより手前側にあった突起のようなものを操作し、解除をし……そうしてから改めて引き金を引く。


 すると凄まじい轟音が響き渡り同時にストックを当てた肩に衝撃が走り……狙いを定めていた針葉樹が着弾点からメキメキと音を立ててゆっくりと折れて、雪の中に倒れて太陽の光を受けて煌めくパウダースノーを辺りに撒き散らす。


「……さ、散弾じゃないんだな、一発弾ってやつか? それにしても威力が高すぎる気もするが……いや、まぁ、うん、あんな化け物を相手にするならこれくらいの火力が必要か」


 あまりの威力に呆然としながら俺がそんなことを呟くと、同じく呆然としたシェフィが、舞い飛ぶパウダースノーを浴びながら声を上げてくる。


『うわぁ……―――から聞いてはいたけど、あっちの世界の武器って凄い威力なんだねぇ!

 うんうん、まさかの威力で驚いちゃったけど、これでこそこっちに来てもらった甲斐があるってもんだよ!』


 なんてことを言ってシェフィが嬉しそうに周囲を舞い飛ぶ中、俺は猟銃を中折にし、空になった薬莢を回収し……その代わりに銃弾を装填するのだった。




――――あとがき


お読み頂きありがとうございました。


続きは明日、12時頃公開予定です。


応援や☆をいただけると、シェフィの毛艶が良くなるとの噂です。

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