第7話 言いたかった一言
「ねえ、赤山さん。もし私が、『私、中学の時まで友達一人もいなかったんだよ』って言ったら、信じる?」
「みなちゃん。あーしは信じるっすよ」
「あーし」がこう答えるのは、当然だった。
こうすれば、
勇気をもって一歩踏み出した彼女は、その自分の一歩を後悔せずにすむ。
こういう言葉で即答すれば、きっとみなちゃんは救われる。
あーしは、主人公のみなちゃんにとっての、ヒロインでいたい。
だから、あーしはみなちゃんのことを肯定するのが正解だ。
そうやって自分を納得させる。
あーしがなりたかったのはサブキャラクターで。
作られた三角関係で、唯一はじき出されたのはあーしなら。
あーしは大人しく、二人の物語の横についた、サブキャラクターのままでいるのが最適だと、経験が告げていた。
――でも、「自分」は、そうすることに、ひどく抵抗があった。
みなちゃんが求める応えを返して、それから……。
それから、あーしはどうなるんだろう。
みなちゃんにとっての、あーしは、
ずっといい人だったって、偽物のあーしの記憶のまま、いつしか薄れて消えてしまうのかもしれない。
でも、あくまでもちょっとした抵抗があるだから、今まで築き上げてきた「あーし」は止まらない。
今日のメイクは完璧だ。朝、学校にやってきたみなちゃんも開口一番かわいいねって言ってくれた。
自分でも気に入っているくらいに、完璧だ。
完璧だから……崩しちゃいけない。崩さない方が絶対良いに決まっている。
サブキャラたる自分が、本物の自分を見てもらおうだなんて。
そんなこと、しちゃいけない。
主人公はみなちゃんで、あーしはサブキャラなのだから。
「別に、みなちゃんが誰だって、あーしは受け入れられるっすよ」
だから、あくまでもみなちゃんを主軸に喋る。
自分のことすら受け入れられないのに「あーし」はぺらぺらと言葉を続ける。
ここから続ける言葉も、いくらでも考えつく。
――あーしだって小学生の時、女の子の友達は少なかったし。
――あーしは今のみなちゃんしか見えてないすから。
――――。
三割の驚きと七割の穏やかな笑みを混ぜて作った表情を、顔に浮かべて、なるべくみなちゃんを安心させるように喋る。
「ありがとう、赤山さん。そう言ってくれてうれしい。……あの、私ね」
安心してくれた、らしい。
みなちゃんはほうと息をついて、それからゆっくりと話し始めた。
彼女の話すところによると、彼女は高校デビューした、らしい。
具体的なエピソードを伴って話される彼女の寂しい過去は、いくつか自分に通じる所があって。
――いつのまにか、自分は素のまま、大きく頷きながら話を聞いていた。
一人ぼっちでいるのは寂しいよねと相槌を打ち、話しかけても向こうから距離を取られるのはどうしようもなかったよねと大きく頷いた。
そう。
ありのままのみなちゃんを共有されて――自分は、少しほだされていたのだ。
だからといってあーしの行動が変わるわけじゃないけど、いくらかみなちゃんに親近感を覚え始めていたのは事実だった。
「……あーし、みなちゃんってもっと、こう、凄まじい陽キャみたいな人生を歩んできてたと思ってたっす」
「ふふ。全然だよ。まだ世間知らずだから、今でも色々間違えちゃうしね。……先週まで、フラペチーノにホットがあると思ってたんだよ?」
冗談っぽく言って見せる彼女に、思わず吹き出してしまう。
「あはは! なにそれ!」
「あの時は……アメリカンとかエスプレッソとか、そういうのの一種だと思ってたんだ」
恥ずかしそうにえへへと頬を掻いてみせる。その姿がちょっと新鮮で、自分までつられて笑えてしまう。
「でも……よかった」
「? ……あぁ、、言ったじゃないすか。あーしはなんでも受け入れるって」
「それも確かにそうなんだけど、そうじゃなくて」みなちゃんはにっこり微笑む。「――赤山さん、やっと笑ってくれたなあって思って」
予想外のその言葉にあーしは面食らってしまう。
「……え? あーし今日、結構笑ってたと思うんすけど」
「気のせいかもだけど、今日一日ちょっと暗い顔してたから、ちょっと心配してたんだ」
「えっ、ちゃんと笑えてなかったすか?」
「ちょっとだけ、ね」
そこで言葉を区切ると、自慢げに続けた。
「ふふん、私だから気づいたんだよ? せっかくメイクもいつもより可愛いのにもったいないなぁって」
……気づいてくれるのは、みなちゃんだけか。なんだかそれは嬉しいけど、むずがゆかった。
でも、彼女のその発言は、紛れもない「自分」に届いた。
みなちゃんにとって、あーし、初めてになれてたんだ。
みなちゃんの特別になれてたんだ。
そう気づいてしまえば、高くそびえたった自分の心のハードルはボロボロ崩れてしまっていて。
「ほら、赤山さんは笑ってるときが一番かわいいから」
「あはは、そうすよね。あーしもそう思ってたっす」
「そうだよ。だからずっとそのまま、よく笑う、ららちゃんで居てね」
「……うん、そうするっす」
好きな子に、特別扱いされた上、褒めちぎられる。
そんな経験今まで一度たりとも無かったあーしは、もう完全に舞い上がっていた。
なんだか無性に嬉しくなって、調子が良くなっている。
――今なら、いつも言えないことだって言えてしまうきがする。
だから、一呼吸おいて。
「ねえ、みなちゃん。もし、あーしが……」
「うん?」
もし、自分が、『さっきのは嘘で。みなちゃんの話、全然信じれないっす』って言ったら、どうする?
と。
そう、言いかけて――思いとどまる。
――危ない。悪い癖が出るところだった。
昔からこうなのだ。スイッチが入ると余計なことを口走ってしまう。
顔には出てしまったかもしれない。だからそれを注意して隠した。
いくらみなちゃんがあーしに歩み寄ってくれたからと言っても、みなちゃんを傷つけてまで自分のことを知ってほしいとは、まだ思えない。
幼馴染ならともかく、みなちゃんに嫌われる覚悟なんてしてないのだ。
――だから、別の秘めた思いを言うことにした。
一つだけ、まだ言ってないことがある。
「もし、あーしが」
ここから先には、勇気がいる。ひとつ息を吸う。
……よし。今なら。
みなちゃんが、あーしに打ち明け話をしてくれた今なら。
あーしがずっと言いたかった一言を。
変化が訪れるのが怖くて、言えなかった一言を。
言える。
「みなちゃんのこと大好きなんすよ、って言ったら、どうするっすか?」
……言ってしまった。
ああ、変わってしまう。
もうきっと、今までと同じような友達で居られることはないのかもしれない。
一回落ち着いて冷静になってから言ったつもりだったけど、それでも今、少し後悔している。
――みなちゃんは。
みなちゃんは、今、何を考えているんだろう。
みなちゃんはきょとんと首を傾げて。
呆気にとられた表情のまま、口元をゆっくり動かしていく。
だ、い、す、き。
口パクは確かにそれを反芻していた。
それから、みなちゃんはいくらか考えるそぶりを見せる。
その細い指を顎にあて、今の言葉を咀嚼しているみたいだった
あーしは、気まずさ故にこの場から逃げ出したがってる足を必死に押さえつけて、みなちゃんの返事を待っている。
やがて、そう長くはない時間の後で、みなちゃんは答えを出した。
考えに考えた結果、という雰囲気。
綺麗な瞳であーしの方を見ながら、自信満々に彼女は言った。
「ありがとう。これからはずっと……親友でいようね!」
みなちゃんは、不安を感じさせない、優し気な表情でいた。
整った顔だ。まつげが長くて、瞳が大きい、見慣れたみなちゃんの顔だ。
でも、そこにうっすら違和感があった。
今なら分かる。みなちゃんの境遇があーしと似ていると分かった今なら。
きっとみなちゃんは、嘘を吐いている。
あーしと同じで、気持ちを隠して、あーしに相対している。
――それが、あーしは嬉しかった。
本当にそうだったとしたら――あーしたちは似たもの同士だ。
嘘つきで、人当たりだけ良くて、そのクセ臆病な――青春の共犯者だった。
今や、みなちゃんとの関係は複雑だ。
今まで積み上げてきた信用の上に、小さな秘密をいくつも重ねた。
人に言えない「ほんと」を共有しているくせに、お互いそれには目を瞑っている。
みなちゃんはその境遇を、あーしはみなちゃんへの思いをそれぞれ告白しておきながら、お互いに見ないふりを決め込んだ。
そして、今なお二人で笑っている。これもきっとほんとのことだ。
親友だよっていう言葉を、口の中でゆっくり転がす。
しんゆう、シンユウ。
悪くない響きだ。
そしてあーしは、ほっと、胸をなでおろした。
今のこの感情に名前を付けるなら、安心、という言葉がよく似合う。
嬉しいとか、不安とかそういう感情が一切混じらない、純粋な安心だ。
「しんゆう、親友……! いいっすね!」
だから、思ったその気持ちのまま、みなちゃんに返事をした。
自分で言ってから、やっと実感が湧いてくる。
初めて、誰かと対等になれた。そんな気がしたのだ。
「これからよろしくね。ららちゃん」
でも、そう思ったのはあーしだけじゃないようで。
みなちゃんも、安堵の表情が見せていた。
ちょっとおかしくなって、二人でぷっと吹き出した。
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