エピローグ  あーしは可愛いのだ。ばーか。

 翌日、朝、駅までの道。

 あーしは、昨日と同じ立ち位置で幼馴染と歩いていた。


「やっぱり浮気なんじゃないすか」

「自分で誘っといてそんなこと言うのか」


 彼を呼び出したのはあーしだった。

 いつもより少しだけ早く家を出て、インターホンを押したのだ。

 ピンポンダッシュしても面白かっただろうけど、さすがに子供じゃないのでやめた。

 今日はこれからこいつの彼女にだって会うし、一緒に居たって悪いことないだろう。

 もちろんみなちゃんにはLINE確認済みだ。


『みなちゃん、朝彼氏と一緒に登校したくないすか? 今ならあーしが付いてくるっすけど』

『全然嬉しいよ! 一緒に行こ!』


 たぶん本音でそう言ってくれたんだろう、と分かった。

 けど、そこまで彼氏のことを信じているのは驚きだった。あーしだったら、もっと恋人のこと束縛してしまいそうだ。


 恋人同士の信頼関係、いいなあと思ってしまった。そういう相手がいるのは、羨ましい。

 だから、ちょっとだけの妬みを込めて、悪態をついた。


「こんな美少女と一緒に登校してたら、誰がどう見たって浮気を疑うっすからね」

「自分で言うなよ」

「自分だから言うんすよ」


 鼻を鳴らして言って見せた。

 前までの自分だったら、素の自分でこんなことできない。


 これは、あーしが得た処世術、自分を愛してみるの術、だ。

 誰かと仲良くなったって、どこかは絶対すれ違う。

 だったら、少しくらい自分を愛したほうが幸せになれる気がしたのだ。


 実際、効果はありそうだった。


「なんかお前、変わったな」

「そすかね……まあ、色々あったすからね。昨日」


 でも、それは全て終わったことだ。


 あーしは今、これからのことしか考えていない。

 今日は、電車で待っているだろう親友と初めて一緒に登校する記念すべき日だし。

 これからは楽しいことがたくさんなのだ。


 なのに、そんなことも分からない馬鹿が一人。


「今日は、なんというか……昨日と比べて、顔が薄いよな。お前」

「は?」


 さすがに酷い。

 カチンと来た。

 足を蹴ってやった。

 にやついた顔を顰めさせる。

 声をワンオクターブくらい低くして、脅すように睨みつけた。


「せめて昨日は可愛かったって言え」

「……昨日は可愛かった」

「じゃあ、これは浮気っすね」

「ひっでえ。俺はどうすりゃ良かったんだよ」


 頭を抱えながらも、さほど困っていなさそうな幼馴染。


 はぁ。全くだ。ため息が出てしまう。

 ……けど、なんだかんだ、こいつと一緒に居るのは楽だった。

 やっぱり、自然体で殴りあえる人が身近にいるのは安心感が違う。


 それからしばらく駅への道をたどった。

 昨日ほど違和感はなく、すんなりと進んでいく。

 明日からも、こんな登校風景になるのかな、とかぼんやり考えた。


 それもそんなに悪くないかな、と思う。


「ああ、そうそう。チョコボール食べるすか?」


 警察署の前を通り過ぎた辺りで、ふと思い出して、カバンにいれたままの花柄の袋を取り出した。

 昨日の朝貰ったものが、そのまま入っているのだ。

 包装をピリピリはがして、幼馴染へと突き出す。


「俺があげたやつじゃないか」


 彼のいうことは最もだった。が、あーしは指をちっちっちと振る。

 その反応を、あーしは読んでいたのだ。

 温めておいた、とっておきの質問をぶつける時が来た。


「コメダとチョコボール、両方貰いっぱなしはさすがに気まずいじゃないすか」

「…………どういうことだ?」


 頭をかりかり掻きながら、目線をあーしとは反対側にやりながら、小さい声で返事が来た。

 こいつは、しらばっくれるのが下手くそだ。

 みなちゃんどころか、あーしだって、もっと上手に嘘を吐ける。


「コメダのチケットくれたの、あんたっすよね?」

「……さぁ、俺はお前にあげた記憶はないが」

「…………じゃあ、みなちゃんに渡したの、あんたっすよね?」

「そうだな。余ってたから」


 観念したみたいに

 開き直るように彼は言った。


「素直じゃないやつっすね。認めればいいのに」

「卒業直後に買ったスタバのペアチケットを渡し損ねたまま腐らせてた奴には言われたくないけどな」

「わざわざ最近コメダのチケット買ったやつが言うんすか?」


 コメダのコーヒーやスイーツは確かに美味しかった。

 それは、みなちゃんと友達の思いが籠っていたからだ。

 それは間違いない。


 でも、どうしても、あの見慣れないチケットが気になったのだ。

 家に帰ってからネットで調べたら、案の定ヒットした。


「ネットに書いてたすよ。七月からチケットが新デザインに変わりますって」

「……よく見てたな」

「昔一緒に行ったときはあんなんじゃなかったじゃないすか。あーしの記憶力舐めてるんすか?」

「…………」


 何か言いたげにしている。もちろん聞いてやらない。

 どうせ気恥ずかしい言葉が飛んでくるだけだ。


「ひどい話っすね。何年幼馴染やってると思ってんすか」

「……そうだな」

「あーあ、やっぱ、あーしあんたのこと嫌いっすね」

「そうかよ。俺もお前のこと嫌いだ。変にからかってくるから」


 不貞腐れたのはちょっと面白かった。

 ケタケタ笑って、彼の肩をぽんと叩く。


「……あはは! あーしら気が合うっすね!」


 嫌いだけど、嫌じゃない。

 大嫌いで、どうしようもない、唯一無二の幼馴染だ。

 こんなこと、増長したら困るから本人には言ってやらないけど。


「気が合うから、同じ人を好きになったのかもな」

「あ、それあーしのことすか? いやあ、わかっちゃうすかね。あーしもちょうどあーしのこと好きになったとこなんすよ!」


 彼から飛ばされるこういう発言にも冷静に返せるくらいには、あーしは初恋にケリをつけられている。

 あーしは可愛いのだ。ばーか。


「うざいな、お前」

「幼馴染に対する発言じゃなくないすか、それ」

「たまには我が身を振り返ってくれ。頼むから」


 言われて、ポケットからスマホを取り出す。

 内カメを起動して、自分の顔を眺めてみる。


「別に、ただ可愛いだけじゃないすか」

「本当にうざいな、お前」


 下べろをちろりと出して、わざとっぽく笑って見せる。


「良いことじゃないすか。あーしと、みなちゃん。あんたが好きになった人たちは両方こんな可愛いんすよ。――だから」



 これくらい素のまま好き勝手言えるのは、今はこいつ相手だけだ。

 ――いつか、嫌いじゃない人で、それができたらいいなって、ちょっとだけ思う。


「だから?」

「良い女の子見つけたら紹介してくれっす。あーしも彼女、欲しいっすから」


 幼馴染は問題児を前にしたみたいに眉をひそめる。

 こいつはやっぱり嘘がへたくそだ。その顰めた眉の後ろに、優しさが見える。


「まあ、考えとく」

「はい、じゃあその代金の前払いっす。チョコボール」

「……貰っとくわ」


 くちばしをつまんで上げる。やっぱりエンゼルはいない。きっとそんなもんだ。

 おしりを持ち上げて箱をからから振る。

 彼が広げた手のひらの上で、箱をさかさまにすると、全てのチョコボールが出てしまった。


 あーしはそこから一つだけ貰う。

 彼は残りを全部口に放り込んだ。


 しばらく咀嚼して、それから飲み込んで。


「子供の時に食べたやつほどじゃないけど……そこそこ美味いな」

「あはは! あーしもそう思ったっす」

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コーヒー好きの失恋少女と、甘ったるいチョコボール まっしろ委員会(黒) @Blackurasa

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