過去との邂逅


 月光が大邸宅を照らしている。

 リオーナは銃を二丁持って、アッバティーニ・ファミリーの邸宅に押し掛けた。ロバートの商談相手はイタリア系マフィアだった。酒の密売に加担させられそうになって、彼は犠牲になったのだろう。

 店に零れていたのは彼の血だけじゃない。酒の味がした。ロバートはまともな人間すぎた。この時代、酒は売らない、作らないが当たり前だ。でも酒に酔うな、とは誰も言わなかった。アッバティーニ・ファミリーはこのへんでは、最大の犯罪組織だ。

 黒い噂があれば、ここを訪ねるのが一番早い。

 リオーナはふたりの門番をあっという間に片付けた。犬が吠えた。邸宅に明かりが灯る。つぎつぎと一階、二階と、光が漏れ出してくる。

 正面玄関から、二階の窓にひょいっと登る。窓を足で割って、なかへと入る。誰もいない部屋だった。扉を開けて家主を探す。うろうろと暗い部屋を歩いていくと、とつぜん大広間に出た。

 何かが奥できらめくと、それが人の腕なのだと気づくまで時間がかかった。一秒ほどの僅かな時間。殺気がリオーナの心臓を貫く。

 殺し屋のお出ましだ。

 身を低くして男が飛び出してきた。そしてジャンプ。手の先の鉤爪かぎつめがリオーナを切り裂こうとする。リオーナは一歩後退して、すんでのところで猛攻をかわす。大きく空いた距離を異常な速さで詰められる。リオーナは殺し屋から距離を取り、弾丸で牽制けんせいする。

 月光が大広間に差し込んだ。相手の位置が分かると、リオーナは空中を撃つ。ガシャンと照明が落ちてくる。殺し屋が気を取られているあいだに、足元を数発撃ち抜く。殺し屋は痛みで転がる。うずくまった殺し屋の頭に、一発の弾丸を打ち込んだ。

 リオーナは用心棒のいなくなった邸宅のなかを自由に歩き回った。弾丸を銃に込めて、出てきた男を片っ端から殺して回る。

 いちばん奥の、明るい部屋に入ると肘掛け椅子に女が座っていた。女はリオーナに語りかけた。

「待っていたわ、…………」

 恋した女だ。

「久しぶりだな、ローズ」

「わたし、あなたを探していたわ。あなたがホワイト娼館から出ていってから、がむしゃらに力を追い求めた。けれど、どこにもいなかった。あなたを偶然、あのダイナーで見かけたとき、ぞくりとしたわ。獣の目をしたあなたが子猫ちゃんに収まっているなんてね」

「ロバートを、なぜ殺した?」

「彼はあなたをおびき寄せる道具。意味なんてないわ。わたしはあなたが欲しかった。それだけ」

 ローズは恍惚こうこつとした表情を浮かべている。

「それだけ、か。ローズ、お前は……」

「お前……言うようになったものね」

 ローズは戸惑っている。

「私の最愛の人から愛を奪った。万死ばんしに値する」

 ローズは微笑んだ。弾丸がナタリアの頬を掠める。

「なら、殺し合いをしましょう」

 ローズが肘掛け椅子から立ち上がると、銃を二回撃った。彼女は眼帯を外す。見えなくなった白い眼がナタリアをぼんやりと見ている。

 二発ともナタリアは避ける。ナタリアも銃をローズに向けて応戦する。壁や、家具に穴が開く。ローズが一気に距離を詰めて、銃を持った手を伸ばす。ナタリアがその銃を蹴り上げる。

「くっ……」

 ローズが呻くと、彼女の頭をナタリアは蹴り上げる。ローズがふらつく。ナタリアはローズに向けて三発の銃弾を浴びせる。ローズの足はぐっとこらえて、上半身をぐにゃりと曲げてかわす。ナタリアはすぐに距離を空けて、後退する。窮鼠猫きゅうそねこを嚙む、そのたとえを知らないナタリアではなかった。ローズの頭は、すでに次の銃弾をナタリアへ放とうとしている。ぐっと腕の力が入ると、軟体動物のようにナタリアを狙っている。ローズの、その腕をナタリアの弾丸が撃ち抜く。軽く悲鳴が聞こえてくる。ローズは腕から血を流して腰からナイフを抜く。銃を捨てたことに疑問を抱かないはずはない。咄嗟とっさにナタリアは腕を交差させて防御の姿勢をとる。

 ローズが大声を上げながら、ナイフを手に、ナタリアへと突進してくる。ナイフがきらめく。そのナイフをナタリアは蹴り上げる。カラン、カラン、と床にナイフが落ちる音がする。至近距離でナタリアはローズの胸に弾丸を撃ちこむ。

 ローズは口から血を吐いた。ナタリアは優しい声で言った。

「あなたらしい。わたしたちは、ここで生きて、死ぬ。自分がいつか、必ず死ぬことを忘れるなメメント・モリ

 ローズの瞼をナタリアは閉じてやった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る