コーンダイナーにて

「お涙ちょうだいの話は分かったよ。でもね、あんたが食い散らかした物や壊した扉や窓にも、ほんの少しのお金がいるんだ。いいかい? その分は働いて返してもらうからね!」

 キャロルは腹を立てていた。

「でも、あたしはあんたに名前くらいはつけてやるよ。ドラゴナ……いや、リオーナ。これからよろしくね」

「リ、オーナ……」

 リオーナはこくりと頷いた。まるで自身で名を確かめるように、その名をつぶやいた。

「あなたは……」

 リオーナは鼻を爪で掻いた。

「キャロルよ」

「……よろしく」

 キャロルは店の奥の暗がりから毛布を取り出した。リオーナに毛布を渡す。

「きょうはここで眠って。あした、ベッドを作るから。朝ごはんは七時よ。シャワーに入って。おやすみなさい」

 朝日が昇ってきて、店のなかを明るく照らし出していく。つぎつぎと店のテーブルやイスが光を浴びて魔法にかかったように息づいていく。キャロルは店のなかを眺めると、キッチンに立つ。フライパンに割った卵を四つ、ベーコンを二枚ほど入れて、火にかける。ベーコンの表面に脂がじゅわじゅわと浮いてくる。バイクが店先を通る音がしている。焦げつくぎりぎりまで火を通す。卵もそろそろ、いい焼き加減だ。皿に並べて、パンも軽く炙る。時刻は七時というところ。

「リオーナ、起きて。朝食だよ」

 目をこすりながらリオーナは店の床から這い出てきた。地面で寝ることは慣れていると聞いていたが、すこし可哀想だった。

 リオーナにナイフとフォークを渡す。うまく使えないようだったのでジェスチャーで使い方を教えた。オーケー、と言ってリオーナは納得した。美味しそうに目玉焼きを頬張る姿は男の子みたいだった。キャロルは微笑んだ。

 ずっとまえにこんな風景があったような気がする。遠い記憶を思い起こすには、それは昔すぎて、キャロルの心にかすみがかかる。この店を始める前までの記憶はもうほとんど残っていない。

 食事が終わると、リオーナに濡れた布切れを渡す。

「これで拭いて」

「ふ、く」

「こうだよ」

 キャロルは布切れでテーブルを拭いてみせた。

 リオーナはまた、オーケー、と言ってごしごしとテーブルを拭いた。

 開店時間になって店の入り口にふたりで立つ。

 扉が開くと、顔に深いしわの年取った男が入ってくる。見慣れた常連客だ。

 男、マイルズはリオーナを見て、大きく目を見開いてから言った。

「新人かい? これでキャロルも引退できるな」

 そう言いつつマイルズはリオーナのお尻を撫でた。

 その手をキャロルは掴んでから、マイルズに対してにこやかに伝える。

「マイルズ、この店はこういうことをする店じゃないんですよ。こういうことをするなら余所でやってくれないかしら」

 キャロルはぐっと力を入れる。マイルズは眉を動かして慌てている。

「わかった、わかったよ。キャロル。店ではこういうことはしないよ。でも、そのお嬢ちゃんがいいよって言ってくれるなら、話は別だぜ……」

 マイルズはリオーナにウィンクした。

 リオーナは獲物を捕まえる獣の目になっている。

「キャロル、銃は……」

 キャロルは慌てて、リオーナを宥めた。

「リオーナ、ここは新しい仕事場だよ……。でも人を傷つけちゃいけない。わかったかい……」

「わかった。オーケー、オーケー」

 リオーナの静かな闘志は潮が引くように消えていった。

 彼女を見ていたマイルズは少し震えて、店の奥のカウンターに座った。

 コーヒーで一服する客や、軽食を食べにくる客が次々と店に来た。リオーナの給仕人ぶりも板についてきた。キャロルはその姿に感心していた。

 正午、いちだんとダイナーは忙しくなる。

 リオーナは窓辺の席のテーブルを拭いている。外の景色を見やると、忙しく車が街を行き来していく。

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