黒き聖母(2)

「白みかけた空の彼方で、白銀の光が天を突いた。同時にその光に触れた吸血鬼イモータルたちは、凄まじい悲鳴を上げて灰塵と化した。城に逃げ込んだ俺達は、何が起きたのか初めはよくわからなかった。夜明けを迎える空に何度あの神々しい白銀の光が煌いたことだろう。


 そのうち、城内に入ろうとしていた吸血鬼イモータルが少しずつだがいなくなっていった。城の門を守っていた騎士達が撤退する奴等を追い払い、城門を開いた所、その前には一人の少年騎士がいた」


「少年、ですか」


 ノムリスが椅子から身を乗り出して、アルファージを食い入るように見つめている。


「ああ。彼は城門に背を向けて、光り輝く白金の十字架のような――そう、あれは十字架に似ていたな。そんな武器を右手に持っていた。火薬のような発射音はなく、だが、彼が銃のように構えて狙いを定め引き金を引くと、吸血鬼イモータルを灰にした白銀の光がその銃口から溢れた。奴等は恐れをなし遁走していったよ」


 ノムリスは眼鏡の縁に手をかけ、厳かな口調で呟いた。


「『輝ける栄光shining Glory』……」


「ああ。誰しもがその名を口にした。アルビヨンには吸血鬼イモータルを一撃で葬り去る事ができる武器がある。子供だましの御伽噺の中に出てくるただの噂だと思っていたよ。だが、あの十字架のような銃から発せられた光を目の当たりにした途端、と思った」


「アルファージ司祭長。では、その時の少年騎士が――」


 アルファージは目を閉じた。何故か胸が締め付けられるように痛んだ。

 その名を言うのに口が重く、なかなか声が喉から出ない感覚に襲われる。


 アルファージは唾を飲み込み息を吸った。

 軽く咳払いすると喉のつかえがやっと取れた。


「そうだ、ハルシオンだ。だが、あの時の彼は俺のハルシオンじゃなかった」

「どういうことですか?」


 当然の如く問いを返したノムリスをアルファージは睨みつけた。


「考えてもみろ。常識的にあり得ないだろう! 化物を瞬殺するあんな物騒な武器。どこでみつけたのかは知らないが、どうやって十七の少年が扱えるっていうんだ!」


 アルファージは今でも悪寒が背中を走り抜けるのを感じた。


「俺はハルシオンの家族と付き合いがあった。だから彼がとても小さな頃から知っている。彼は母親似のだった。だが俺は一瞬、城門の前に立つ少年が、ハルシオンだとわからなかった。あんたも知っての通り、彼の髪はその時白金プラチナに変わってしまっていた。きっと『輝ける栄光shining Glory』の力を使ったせいだろう。


奴等を退けて気配が無くなった途端、ハルシオンがその場に膝を付いた。俺は駆け出していた。ざわめく騎士達を押しのけてハルシオンに近づいた。彼の右手が不意に眩い白い光に包まれたかと思うと、あの不思議な銃は消え失せて、代わりに白金の十字架が朝日に輝いていた。


 ハルシオンはその十字架を両手で握りしめて震えていた。心ここにあらずというように視点が定まらず、俺がその肩をつかまえて呼びかけると、はっとして俺の顔を見た。その時――」


 アルファージは声を詰まらせた。

 額がいつの間にか汗ばんでいた。

 たまらずポケットに手をつっこみ、ハンカチを取り出す。


「何を、ご覧になったのですか?」


 ノムリスが静かに問うた。


「いや……多分、俺の見間違いだと思うんだがな。悪いが本人ハルシオンにも言ってないんだ。ここだけの話にしてくれ」


 額の汗をハンカチで拭い、アルファージは努めて平静を保とうとした。


「はい。わかりました」


 ノムリスが頷くのを見て、アルファージは再び口を開いた。

 無意識のうちに声のトーンが下がる。


「ハルシオンの瞳がな、一瞬、真紅に見えたのさ……【吸血鬼イモータル】みたいに。でも俺が呼びかけた途端、ハルシオンは気を失ってしまった。まるで誰かが操っていた人形の糸が切れたみたいに、その場でぶっ倒れてしまったんだよ。目を覚ましたのは三日後だった。でもその時の彼の目は、あの明るい翡翠かわせみ色だった」


「……実に興味深いお話です。お聞かせ下さって、ありがとうございました。アルファージ司祭長。それにしても、ハルシオン様はどこであの『輝ける栄光shining Glory』を手に入れたのでしょうか」


「さてね」


 アルファージは肩をそびやかしそっけなく答えた。


「誰しもがハルシオンに尋ねたが、ハルシオンは答えることができなかった。あの時、吸血鬼イモータルを追い払った時の記憶が、すっぽりと抜け落ちてしまっていたのさ。だからどこでアレを手に入れたのかは勿論覚えていないそうだ」


「……そう、ですか……」


 ノムリスの顔にはありありと失望感が漂っていた。

 だがアルファージが視線を向けると、その横顔に浮かんでいた失意の色は消えていた。


「司祭長様。貴重なお話を聞かせて下さったお礼に、私も一つ、お話したいことがあります」


「ほお。伊達に各地を巡って吸血鬼イモータルの伝承の収集をしているわけじゃないか? 奴等に狙われ続けるアルビヨンのために、役に立つ話なら喜んできかせてもらいたいね」


 アルファージが冗談めかして呟くと、ノムリスは期待に添えるかどうかはわからないのですが、と前置きして話し始めた。



 ◇



「アルビヨンの国は実は七百年前、ここからもっと北の方にありました。ひょっとしたら、司祭長はご存知だったかもしれませんが」

「いや、俺は知らんぞ。初耳だ」


 アルファージは頬杖をやめてノムリスを凝視した。


「そうですか。それなら……ご存知ないのは仕方がないのかもしれません。この教会が建てられたのは今から七百年前です。私が見た所、それ以前の記録はここには全く保存されていません。つまり、七百年よりもにアルビヨンという国があったことを知るのは、とても難しいことでしょうね」


「ほお……これはとても勉強になった。俺は見ての通り、司祭長として最低限の仕事しかしていない生臭坊主でね。では、博識な旅の神官どのにおききしたいが、ひょっとして七百年前もアルビヨンはここから遥か北の地で、吸血鬼イモータルと戦っていたんだろうか?」


 ノムリスは表情一つ変えることなく静かに頷いた。


「ええ。その通りです。加えるなら、が七百年前にも起こり、アルビヨンの女王は民と共に、国を捨ててこの地へ逃げる事を選択したのです」



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