黒き聖母(2)
「白みかけた空の彼方で、白銀の光が天を突いた。同時にその光に触れた
そのうち、城内に入ろうとしていた
「少年、ですか」
ノムリスが椅子から身を乗り出して、アルファージを食い入るように見つめている。
「ああ。彼は城門に背を向けて、光り輝く白金の十字架のような――そう、あれは十字架に似ていたな。そんな武器を右手に持っていた。火薬のような発射音はなく、だが、彼が銃のように構えて狙いを定め引き金を引くと、
ノムリスは眼鏡の縁に手をかけ、厳かな口調で呟いた。
「『
「ああ。誰しもがその名を口にした。アルビヨンには
「アルファージ司祭長。では、その時の少年騎士が――」
アルファージは目を閉じた。何故か胸が締め付けられるように痛んだ。
その名を言うのに口が重く、なかなか声が喉から出ない感覚に襲われる。
アルファージは唾を飲み込み息を吸った。
軽く咳払いすると喉のつかえがやっと取れた。
「そうだ、ハルシオンだ。だが、あの時の彼は俺の知っているハルシオンじゃなかった」
「どういうことですか?」
当然の如く問いを返したノムリスをアルファージは睨みつけた。
「考えてもみろ。常識的にあり得ないだろう! 化物を瞬殺するあんな物騒な武器。どこでみつけたのかは知らないが、どうやって十七の少年が扱えるっていうんだ!」
アルファージは今でも悪寒が背中を走り抜けるのを感じた。
「俺はハルシオンの家族と付き合いがあった。だから彼がとても小さな頃から知っている。彼は母親似の黒髪だった。だが俺は一瞬、城門の前に立つ少年が、ハルシオンだとわからなかった。あんたも知っての通り、彼の髪はその時
奴等を退けて気配が無くなった途端、ハルシオンがその場に膝を付いた。俺は駆け出していた。ざわめく騎士達を押しのけてハルシオンに近づいた。彼の右手が不意に眩い白い光に包まれたかと思うと、あの不思議な銃は消え失せて、代わりに白金の十字架が朝日に輝いていた。
ハルシオンはその十字架を両手で握りしめて震えていた。心ここにあらずというように視点が定まらず、俺がその肩をつかまえて呼びかけると、はっとして俺の顔を見た。その時――」
アルファージは声を詰まらせた。
額がいつの間にか汗ばんでいた。
たまらずポケットに手をつっこみ、ハンカチを取り出す。
「何を、ご覧になったのですか?」
ノムリスが静かに問うた。
「いや……多分、俺の見間違いだと思うんだがな。悪いが
額の汗をハンカチで拭い、アルファージは努めて平静を保とうとした。
「はい。わかりました」
ノムリスが頷くのを見て、アルファージは再び口を開いた。
無意識のうちに声のトーンが下がる。
「ハルシオンの瞳がな、一瞬、真紅に見えたのさ……【
「……実に興味深いお話です。お聞かせ下さって、ありがとうございました。アルファージ司祭長。それにしても、ハルシオン様はどこであの『
「さてね」
アルファージは肩をそびやかしそっけなく答えた。
「誰しもがハルシオンに尋ねたが、ハルシオンは答えることができなかった。あの時、
「……そう、ですか……」
ノムリスの顔にはありありと失望感が漂っていた。
だがアルファージが視線を向けると、その横顔に浮かんでいた失意の色は消えていた。
「司祭長様。貴重なお話を聞かせて下さったお礼に、私も一つ、お話したいことがあります」
「ほお。伊達に各地を巡って
アルファージが冗談めかして呟くと、ノムリスは期待に添えるかどうかはわからないのですが、と前置きして話し始めた。
◇
「アルビヨンの国は実は七百年前、ここからもっと北の方にありました。ひょっとしたら、司祭長はご存知だったかもしれませんが」
「いや、俺は知らんぞ。初耳だ」
アルファージは頬杖をやめてノムリスを凝視した。
「そうですか。それなら……ご存知ないのは仕方がないのかもしれません。この教会が建てられたのは今から七百年前です。私が見た所、それ以前の記録はここには全く保存されていません。つまり、七百年よりも前にアルビヨンという国があったことを知るのは、とても難しいことでしょうね」
「ほお……これはとても勉強になった。俺は見ての通り、司祭長として最低限の仕事しかしていない生臭坊主でね。では、博識な旅の神官どのにおききしたいが、ひょっとして七百年前もアルビヨンはここから遥か北の地で、
ノムリスは表情一つ変えることなく静かに頷いた。
「ええ。その通りです。加えるなら、三年前と同じようなことが七百年前にも起こり、アルビヨンの女王は民と共に、国を捨ててこの地へ逃げる事を選択したのです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます