白金の十字架(2)

 吸血鬼イモータル達に能力差があることを、ハルシオンは知っている。

 七百年という長い間、彼らと戦い続けている『銀光騎士団』の残されている記録書にそうある。


 歴代の騎士長が書き連ねてきたそれによると、吸血鬼イモータルは人間そっくりだが生殖能力がなく、吸血鬼イモータル同士は勿論、人間と交わっても子供は生まれない。


 それなのに何故、彼等は存在するのか。吸血鬼イモータルが仲間を増やす方唯一の方法――それは、自らの血を人間に与えるというものらしい。


 けれど吸血鬼イモータル自体の能力が、ある一定の水準より上でないと、血を与えた人間は飢餓のために人の血肉を求める化物に成り果てるだけで、その能力は勿論低級であり、寿命も人間並みに短いという。


「私が昨晩出会った女の吸血鬼イモータルもそうだった。飢えで人の血を求める獣のようだった。本来の彼らの姿は、夜の空気を好む繊細で優美な不死者イモーテルで、我々人間と同じ容姿を持つ――いや、それ以上に美しい存在が故に、自ら望んで吸血鬼イモータルになることを求めた人間がいたという。相手が吸血鬼イモータルだと知っていて、結婚する若い娘もいたそうだ」


「報告書を見る限りでは――そんな見目麗しい吸血鬼イモータルと遭遇した団員はいないようです」


 ルクシエルが肩を竦め、皮肉をこめた目でハルシオンを見た。


吸血鬼イモータルの容姿はどうであれ、元凶の吸血鬼イモータルを探し出し、彼らを葬らねばなりません。ハルシオン様。我々が退治している吸血鬼イモータルは、低級の吸血鬼イモータルにされた哀れなアルビヨンのなのです。そして、彼らの命を奪っている……」


 ハルシオンは席から立ち上がった。そろそろ女王と謁見の時間だ。それが終わったら、近衛と城騎士団長との定例報告会に出なければならない。


「ああ、その通りだ。今夜から夜警の巡回箇所を絞って実施する。ここ一週間で吸血鬼イモータルが出た地区を重点的に、通常の警備は元より、元凶の吸血鬼イモータルが潜む場所がないか調べるんだ。人が多く集まる旅籠や酒場、踊り場など、目星はルクシエル、君に任せる」

「はっ」


 ルクシエルが頷く。


「陛下との謁見が済んだら、近衛と城騎士団の騎士長にも報告をして、吸血鬼イモータルが潜みそうな場所に心当たりがないか、団員にきいてもらえないか助力を頼んでみる」


「それは良いことだと思います。情報は多ければ大いに越した事はありません。そうだ、ハルシオン様。教会のアルファージ司祭長にもこのことを話してみてはいかがでしょうか。教会には多くの民が祈りに訪れます。最近変わったことや、見慣れない者を見たとか、住民に尋ねてもらってみては」


 ハルシオンは頼もしげにルクシエルを見つめた。


「私はそこまで考えてもみなかった。確かに騎士達より住民達の方が様々なものを見聞きしているに違いない」


「それでは私は騎士長が謁見から戻られる頃に、今夜の巡回地区の予定表を作成して机の上に置いておきます」


「ああ。戻ったら確認する。ルクシエル」


 ルクシエルが執務室の扉を開けてくれたので、ハルシオンは女王に謁見するべく外に出た。



 ◇◇◇

 

 

「でやーーーぁっ!」

「参りました! 姫」


 アナーシアは先をつぶした練習用の剣をたもとに引き寄せた。

 足元には剣を弾き飛ばされた近衛騎士の剣術指導として名高いザイル老が、尻を地面につけて座り込んでいる。


「今日の姫の剣には、いつになく鬼気迫るものが感じられますわい」


 アナーシアは上がった息を整え、ザイルに向かって皮手袋をはめた手を伸ばした。


「すみませんな、よっこいしょ」


 アナーシアの手を借りてザイルが立ち上がる。額にはうっすら汗が浮いている。


「ザイル様。今日は姫、機嫌が悪いんです」


 アナーシアに従者のエルムが汗を拭くための布を差し出す。恐る恐る。


「……昨晩、こっそり城を抜け出して夜警に出ていたことが女王陛下にばれちゃったんです。それでアナーシア様、今月一杯、城の外に出ることが禁止になっちゃったんです」


「ほほお。それはそれはお気の毒に……」


 ザイルが目を見開いてアナーシアを見た。

 アナーシアはぎりと音が聞こえるくらい歯を噛み締めた。

 エルムからひったくるようにして布をつかむ。


「余計な事は言わなくていいエルム! ああ、もう……ハルシオンのせいに違いないんだから……!」


 アナーシアは布を顔に押し当てた。昨夜、城にはこっそりと戻ったはずなのだが、翌朝何故か女王である母にそのことがばれていた。

 アナーシアはみっちりと一時間説教を喰らったのだ。


 心当たりがあるとすれば、城内でアナーシアの脱走を知っていたのはエルムとハルシオンだけだ。だが従者であるエルムが母に告げ口するとは思えない。ばれたら反対に監督不行届きでエルムも母にきつく叱られるのがわかっているからだ。


 とすれば、後はハルシオンしか考えられない。

 母は毎朝十時に各大臣や騎士長の報告を受けるから、その時にハルシオンが言ったに違いない。


 (こっそりと部屋に戻れって、あなたが言ったのに……)


 住民が夜な夜な吸血鬼イモータルに襲われていることをハルシオンから聞き、アナーシアはアルビヨンの姫として何もできないことを密かに憂いていた。


 そして得意だと思っていた剣術も、昨夜、吸血鬼イモータルの常識外れな力の前に役に立たないことを思い知らされ、あっさりとその自信が砕け散った。


 今まで自分のやってきた研鑽は無駄だったのだろうか。

 アナーシアのいらついている原因の大半は、自分の剣術が吸血鬼イモータルに通用しなかったことなのだが、併せてハルシオンに文句の一つでも言ってやらないとそれが治まりそうにも無い。

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