白金の十字架(1)

 アルビヨンの城下町は小高い丘の上にあり、白亜の石で積まれた二重の城壁で囲まれている。その城壁の外には、北はノクレム国の国境まで広大な黒い森が帯のように続いている。森の影が朝日に照らされて赤く染まる頃、ハルシオンの夜警は終わる。

 

 アルビヨンには三つの騎士団がある。

 それぞれが担当する持ち場によって騎士達が振り分けられているのだ。


 女王と城を護る『近衛騎士団』と、国を護る『城騎士団』。

 ハルシオンが騎士長を務める『銀光騎士団』は、対【吸血鬼イモータル】のためだけに組織された特別な騎士団である。


 吸血鬼イモータルは獲物である人間を求めて夜活動するので、銀光騎士団は夜勤が主となる。だから城を護る近衛や城騎士団とは違い、銀光騎士団は毎晩城下町の夜警に出るので、門の近くに営舎が建てられているのだ。この一角は四階建ての宿舎は勿論、剣術や銃の射撃のための演習場もある。


 動きが素早く力も強い吸血鬼イモータルには、気付かれる前に彼らの体へ銀を詰めた弾を撃ち込むのが最も有効な攻撃手段だった。銀光騎士団への登用は、射撃の腕が何よりも重視される。

 

「騎士長、お疲れ様です!」

「ただ今戻りました」

「――ああ。無事でなによりです」


 朝日が昇り周囲が薄明るくなると、夜警を終えた騎士達が二名一組で戻ってくる。夜警は必ず二人で組を作るのが銀光騎士団の鉄の掟。何かあった時、もう一方が城の本隊へ連絡に走るためだ。


 彼らが全員無事に戻ってくる事が、ハルシオンにとって何よりの望みであり願いでもある。ハルシオンは夜警に出た最後の一人が戻るまで営舎の前に立ち、王城の門をくぐる騎士達を待っていた。


 銀光騎士団は百名というこじんまりとした規模だが、相手が人間ではなく吸血鬼イモータルということもあり、近衛騎士団よりも選考基準が厳しい事で知られている。だが家族を彼等に殺されて、それが入団志望となって城までくる者も最近は多い。


 今朝も団員は全員無事に帰還した。

 それを見届けたハルシオンは、ようやく営舎の二階にある執務室へと戻る。

 朝日が差し込み明るくなった執務室には、背の高い黒髪の副官ルクシエルが、机の前に立ち自分を待っていた。


 彼はハルシオンより三つ年上の青年で、動作や物言いにはきびきびとしたものがあり、彼の腰のベルトには、騎士団員の象徴ともいえる銀の回転式拳銃リボルバーが吊るされていた。


「ハルシオン様。昨晩の夜警の報告書です」

「ありがとう」


 ハルシオンは彼から三十枚弱ある紙の束を受け取り椅子に腰を下ろした。執務机の上には他に、白い湯気を立てる陶器のカップが置いてある。香草と干した豚肉を細かく刻んで煮込んだ野菜スープの香ばしい匂いがする。


 ハルシオンは誘われるようにそのカップを手に取った。

 一口啜ると早朝の空気で冷えた体にスープの温かみがじんわりと広がっていく。いつもながらルクシエルの気遣いには頭が下がる思いだ。


 そんなハルシオンの様子を見ながら、ルクシエルが落ち着き払った口調で報告を始めた。


「昨晩退治された吸血鬼イモータルの数は二体です。うち一体はハルシオン様が退治、もう一体は、城門付近で衛兵に噛み付いていた所を団員が見つけ、退治いたしました。衛兵の傷は浅く命に別状はありませんでした」


「そうか。それはよかった。昨晩は犠牲者はなしということになるが……」


 ハルシオンは眉間をしかめ、手にした一番上の報告書に視線を落とした。

 ルクシエルは単に夜警に出た騎士達の報告書を持ってきただけではない。


 ハルシオンは毎朝十時にアルビヨン女王・フェカテリーナに必ず謁見し、夜警の報告をすることになっている。だから、報告するべき重要事項がある順番に、ルクシエルは報告書を並べ替えている。


 最も、何を重要視するのかはハルシオンが最終的に判断する。

 ハルシオンはざっと報告書に目を通し、ルクシエルの並べ替えた順番のままで机の上に置いた。


 昨晩は二体の吸血鬼イモータルが出没したことぐらいしか、気になる事はなさそうだ。幸いな事に。


「……ここの所、毎日ですね」


 数は少ないとはいえ、毎晩吸血鬼イモータルが出没、そして退治されている。ハルシオンの憂いを感じたのか、ルクシエルも不安げに視線を地に落とす。


「はい。確実に、アルビヨンの中に侵入する吸血鬼イモータルの数が増えております」

「……」


 ハルシオンは執務机に肘を突き、無意識のうちに右手で首から下げた鎖に触れた。それは銀よりも白く輝く白金プラチナで、一つ一つが十字の形をした珍しい鎖であり、その先には古風な装飾が施された、同じく白金で作られた美しい十字架がぶら下がっている。

 まばゆい光を放ち輝く十字架の中央には、鮮やかでかつ深みを帯びた真紅の宝石が、ただ一つだけ嵌め込まれていた。

 ハルシオンは指先でそれに触れ、吐息と共に呟いた。


「それは違うな、ルクシエル。アルビヨンに吸血鬼イモータルが新たに入り込んでいるんじゃない。吸血鬼イモータルにされる人間が、いるのかもしれない」


 ルクシエルの青灰色の瞳がすっと細められた。


「やはり――騎士長そう思われますか」


 動揺を辛うじて抑えたルクシエルの声に、ハルシオンは静かに頷いた。


「最近顕著に出没する吸血鬼イモータルは、皆、能力が劣る低級なものばかりだ」

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