白金の十字架(1)
アルビヨンの城下町は小高い丘の上にあり、白亜の石で積まれた二重の城壁で囲まれている。その城壁の外には、北はノクレム国の国境まで広大な黒い森が帯のように続いている。森の影が朝日に照らされて赤く染まる頃、ハルシオンの夜警は終わる。
アルビヨンには三つの騎士団がある。
それぞれが担当する持ち場によって騎士達が振り分けられているのだ。
女王と城を護る『近衛騎士団』と、国を護る『城騎士団』。
ハルシオンが騎士長を務める『銀光騎士団』は、対【
動きが素早く力も強い
「騎士長、お疲れ様です!」
「ただ今戻りました」
「――ああ。無事でなによりです」
朝日が昇り周囲が薄明るくなると、夜警を終えた騎士達が二名一組で戻ってくる。夜警は必ず二人で組を作るのが銀光騎士団の鉄の掟。何かあった時、もう一方が城の本隊へ連絡に走るためだ。
彼らが全員無事に戻ってくる事が、ハルシオンにとって何よりの望みであり願いでもある。ハルシオンは夜警に出た最後の一人が戻るまで営舎の前に立ち、王城の門をくぐる騎士達を待っていた。
銀光騎士団は百名というこじんまりとした規模だが、相手が人間ではなく
今朝も団員は全員無事に帰還した。
それを見届けたハルシオンは、ようやく営舎の二階にある執務室へと戻る。
朝日が差し込み明るくなった執務室には、背の高い黒髪の副官ルクシエルが、机の前に立ち自分を待っていた。
彼はハルシオンより三つ年上の青年で、動作や物言いにはきびきびとしたものがあり、彼の腰のベルトには、騎士団員の象徴ともいえる銀の
「ハルシオン様。昨晩の夜警の報告書です」
「ありがとう」
ハルシオンは彼から三十枚弱ある紙の束を受け取り椅子に腰を下ろした。執務机の上には他に、白い湯気を立てる陶器のカップが置いてある。香草と干した豚肉を細かく刻んで煮込んだ野菜スープの香ばしい匂いがする。
ハルシオンは誘われるようにそのカップを手に取った。
一口啜ると早朝の空気で冷えた体にスープの温かみがじんわりと広がっていく。いつもながらルクシエルの気遣いには頭が下がる思いだ。
そんなハルシオンの様子を見ながら、ルクシエルが落ち着き払った口調で報告を始めた。
「昨晩退治された
「そうか。それはよかった。昨晩は犠牲者はなしということになるが……」
ハルシオンは眉間をしかめ、手にした一番上の報告書に視線を落とした。
ルクシエルは単に夜警に出た騎士達の報告書を持ってきただけではない。
ハルシオンは毎朝十時にアルビヨン女王・フェカテリーナに必ず謁見し、夜警の報告をすることになっている。だから、報告するべき重要事項がある順番に、ルクシエルは報告書を並べ替えている。
最も、何を重要視するのかはハルシオンが最終的に判断する。
ハルシオンはざっと報告書に目を通し、ルクシエルの並べ替えた順番のままで机の上に置いた。
昨晩は二体の
「……ここの所、毎日ですね」
数は少ないとはいえ、毎晩
「はい。確実に、アルビヨンの中に侵入する
「……」
ハルシオンは執務机に肘を突き、無意識のうちに右手で首から下げた鎖に触れた。それは銀よりも白く輝く
ハルシオンは指先でそれに触れ、吐息と共に呟いた。
「それは違うな、ルクシエル。アルビヨンに
ルクシエルの青灰色の瞳がすっと細められた。
「やはり――騎士長もそう思われますか」
動揺を辛うじて抑えたルクシエルの声に、ハルシオンは静かに頷いた。
「最近顕著に出没する
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