第16話 撃ち込み


「私が彼を殴る……? まだ子供のように見えますが」


 応接室には響くのは、ウォルターの声。


 動揺というより、困惑してるような感じだった。


「ご安心を。彼は特殊な訓練を受けておりますゆえ、ささっとどうぞ」


 そこでセレーナはジェノの両肩を掴み、差し出すように語る。


 ここはとにかくごり押し。倫理観とか道徳心をよぎらせたらアウト。


 そういうものなんだって、流されるようにやってくれるのがベストな展開。


(気の利いた最後のひと押しを頼みますよ……。ジェノ様……)


 自然と視線は、隣にいる白衣を着た少年に集まる。


 これ以上の言葉は無粋。静かに息を呑み、その時を待った。


「……痛いのは、慣れてます。どこからでも殴ってください」


 しかし、この子は嘘がとにかく超ド下手。


 あらゆる誤解を生む、あまりにも面倒な発言。


(あぁ、もうっ! 分かってはいたけど、ここまでひどいなんて……)


 覚悟していた悪い想像のさらに上をいかれていた。


「青少年局に通報を……」


 内心で頭を抱えている間に、ウォルターが取った行動。


 それは、懐から取り出した携帯で虐待を通報することだった。


(はぁ……。この手だけは使いたくなかったんだけど、仕方ない……)


 心の中でため息をつきながら、セレーナは白衣の内側を手で探る。


「お静かに、願えますかな」


 そして、取り出したのはドイツ製の9mm自動式拳銃。


 ワルサーP38。そのスライドを引き、先細った銃口を向けた。


 セーフティレバーは上げてある。引き金を引けばいつでも撃てる状態。


「……っ」


 銃口を向けられた相手は、顔を引きつらせ、両手を上げた。


 自ずと持っていた携帯は地面に落ち、通報は阻止できた形となる。


(さてさて……。ここまではいいとして、本番はこっからなのよねぇ……)


 次にセレーナは再び白衣を探り、黒い筒状のものを取り出す。


 そのまま筒を銃口の先でクルクルと回転させるように装着していく。


 それは、銃の発射音を抑えるためのアタッチメント。サプレッサーだった。


「こちらにございますは、厚さ25mmの合板を八枚は貫通できる9mm用拳銃」


 実演販売のように紹介しつつ、銃口を下に向け、引き金を引く。


 パシュン。と消音された音が響き、木製の長机をたやすく貫通する。


 撃たれると思ったのか、ウォルターは肩をびくっと震わせ、怯えていた。


「見ての通りの威力。人に撃てば、体はひとたまりもないでしょうなぁ……」


 銃身を撫でるようにして、その脅威を存分に見せつける。


 これで下ごしらえは万全。後は食材の反応を待って、調理するだけ。


「……目的は金。私を脅すつもりですか」


 上げた両手を震わせながら、ウォルターは語る。


 その目線は鋭く、卑怯な行いを責めているように見えた。


「その通り。……ただし、脅しにもやり方というものがありましてな」


 順調に事は進み、次なる標的に銃口を向ける。


 先にいたのはジェノ。無防備にもほどがある少年。


 狙うのは胴体。臓器を射貫かれたら、まず助からない。


「……っ!? 何を馬鹿な真似をっ!!!」


 両手を下げ、ウォルターは止めに入ろうとする。


 それを横目で見てから、容赦なく引き金を引いた。


「――――」


 発砲。発砲。発砲。発砲。


 9mmの弾丸がジェノに降り注ぐ。


 銃声は全て消音され、外部には届かない。


「くっ……。あの少年が一体、何をしたと……」


 足を止め、膝を崩し、地面を叩く音が聞こえる。


 その視線は床に注がれ、現実から目を背けていた。

 

 見ず知らずの少年の死を憂う心。悪人じゃなさそう。


「でゅふ。滑稽な反応ですなぁ。いいから、顔をお上げなさい」


 その行いを煽るように、セレーナは告げる。


 すぐに怒りを目に滾らせ、ウォルターは顔を上げる。


「悪趣味な……。いたいけな少年の死体を見せて何が……っ」


 勢い余るままに、罵倒を浴びせようとする。


 だけど、すぐに目を見開き、言葉を失っていた。


 それもそのはず。だって、その先に見えているのは。


「あいたたた。胸がチクッとしましたよ。まだまだ修行が足りませんね」


 銃撃を受けて、ピンピンとしている少年の姿。


 掴みもインパクトも十分。これで商談は次の段階。


「この面妖な事態を説明するためにも、こちらをかけてくださいますかな?」

 

 セレーナは両目にある赤色のゴーグルを手渡し、話を進めていく。


 後は手品の種を明かすだけ。それで、一億ユーロはこっちのもんってわけ。

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