第15話 殴り込み


 7日目。昼。ドイツ。ミュンヘン。天気は曇り。


 眼前には高層ビル。Googleドイツ有限会社。オフィス前。


 そこに立つのは、白衣に身を包んだ女性と少年。セレーナとジェノ。


 セレーナは赤いゴーグルをつけ、ジェノは赤い段ボールを両手で抱えている。 


「いいですか? 我々は技術者。余計な質問は、さらりとかわしてください」


 オフィスの自動ドア前に立つセレーナは、念入りに確認を行う。


 今回は、一撃で一億ユーロを獲得できる案件。一切、気は抜けない。


 ここまで三日も準備を重ねてきた。確認はしつこいぐらいがちょうどいい。


「分かってます。俺はセレーナさんの助手。あくまで補助的な役割ですよね」


 ジェノは真剣な表情で語り、目には力が入っていた。


 いちいち確認するまでもなく、気合は十分、といったところ。


 他人の目的にここまで本気になってくれるのは、正直ありがたい限りだった。


「聞くまでもなかったようですね。ここを乗り切って、祝杯を上げましょう」


 同時に一歩踏み出し、二人は同じ目的の元に突き進む。


 目の前の自動ドアは開かれ、Googleドイツに足を踏み入れた。


 ◇◇◇


 Googleドイツ有限会社。オフィス三階。応接室。


 部屋には黒革のソファが向かい合い、間には木の長机。


 壁紙はなくて、壁はむき出しのコンクリートで囲われていた。

 

(このレイアウト、妙な既視感が……)


 質素で、無骨で、粗雑な、退廃的な作りの部屋。


 『シュトラウスファミリー』の執務室と、よく似ていた。


 ただ、あの時とは違って、妙に落ち着く。モヤモヤはしなかった。


(いや、気にしてる場合じゃない。今は商談に集中しないと)

 

 すぐに考えを振り払いながら、意識を目の前に向ける。


 そこに立っていたのは、長い銀髪をした白スーツを着る男性。


 体はモデルようにすらっとしていて、顔は色白で、目は綺麗な二重。


 中性的な人物。Googleドイツ有限会社取締役。ウォルター・ファルネーゼ。


「どうぞ、お掛けになってください」


 すると、ウォルターは物腰柔らかく告げてくる。


 三日前に会った偉そうな若社長とは、大違いの対応。


 見た目で判断するのはあれだけど、簡単に騙せそうだった。


「いや、立ったままで結構ですぞ。むしろ、互いに立ったままが好ましい」


 どちらにせよ、やることはやらないといけない。


 そのためにも、痛いオタク技術者を演じ、言ってやる。


「……座るなとおっしゃるわけですね。理由を伺っても?」

 

 すると、ぴくりと眉が動いたのが確かに見える。


 ウォルターの対応は丁寧ながらも、空気はひりついていく。

 

 こちらが座らないのはまだしも、向こうが座れない理由に興味がある感じ。


「もちろん。ただ、その前に……」

 

 初対面は最悪だった。だけど、期待値は低ければ低いほどいい。


 安心して、次の手を打てる。これぐらいじゃないと、やり甲斐がない。


「こちらの助手を思いっきりぶん殴ってくれますかな?」


 赤い段ボールを机の上に置いた、隣の助手。


 ジェノを本気で殴らせることから、商談は始まる。

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