第11話 猫耳メイド


 4日目。昼。ドイツ。ミュンヘン郊外。天気は晴れ。


 中央駅から南にある場所。テレージエンヴィーゼ公園。


 屋外駐車場のような広大な敷地に白いテントが立ち並ぶ。


 来月にある世界最大級のビール祭り。オクトーバーフェスト。


 そこに向けたフリーマーケットや露店の準備が着々と進んでいた。


「まだ準備中ですよね。ここに何の用があるんです?」


 隣を歩いているジェノは、辺りを見回しながら、尋ねてくる。


 出入りは自由だけど、見えるのは関係者だけ。そう思うのも無理ない。


「開催してるかは重要ではありません。大事なのはアポでございます」


 オクトーバーフェストの準備は半年前から始まる。


 来月が本番だから、もう五か月も煮詰まっている状態。

 

 客足がない今こそ、一番空いている最高の時期とも言えた。


「だから、電話をかけまくってたんですね。目当ての品はなんなんです?」


 昨日はジェノの修行に付き合いながら、電話をかけ続けた。


 当然、商談のアポを取るため。限られた手札の中での最善だった。


「じきに分かるかと」


 それ以上語る必要はなく、そのまま歩みを進めていった。

 

 ◇◇◇


 テレージエンヴィーゼ公園。白いテント前。


 そこには、猫耳と尻尾をつけた茶髪の女性が立つ。


 髪は長めで、毛先は巻かれ、白黒のメイド服を着ていた。  


 どうやら、同業者みたいだけど、立ち居振る舞いがなってない。


 携帯を片手でいじっていて、メイド服に着られてる感ハンパなかった。


(こういうプロ根性のないやつ、超嫌い……)


 生理的嫌悪感ってやつだった。


 同業だからこそ、手を抜かれるのに腹が立つ。


「商談を予約させてもらったセレーナと申します。社長にお取次ぎ願えますか」


 ただ、その心情を顔色に出さないのがプロ。


 努めて冷静に、セレーナは目的を告げていった。

 

(どうせ、適当に接客されるんでしょうね……)


 一ミリも期待せず、半ば諦めるような形でメイドの反応を待つ。


「承知しました『にゃん』。しばし、そこで待ちください『にゃん』」


 返ってきたのは、猫耳メイドとしての100点満点の回答。


「……っ!!?」


 脳に稲妻が落ちたような衝撃走る。


 あまりにもセンセーショナルな出来事。


 下がりに下がった期待値を軽く越えてきた。


 そのせいで、接客への満足感がハンパじゃない。


 もし、そこまで計算づくの前振りだったのだとしたら。


(こいつ……できるっ!)


 久方振りのライバル登場に、メイドの血が騒ぐのを確かに感じた。

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