第9話 劣等種


 目の前には、黒髪おっかぱの軍服を着た幼女。


 そして、椅子から倒れる女性。セレーナがいた。


 その顔は後ろを向いていて、表情までは見えない。


「ちょ、セレーナさんっ!?」


 声を上げたのは、ジェノ。考えるより先に体は動き出す。


 すぐに机を飛び越え、倒れかかる彼女の頭を腕と肩で支える。


 倒れる前になんとか受け止められたけど、悪い状況は変わらない。


(まさか、今の一瞬で……っ)


 全身の血の気がサーッと引いていくのが分かる。

 

 攻撃されたように見えなかったけど、万が一がある。


 すぐに、もたれかかる頭を少し動かし、顔色を確認した。


(いや、これって……)


 そこにあったのは、鼻血を出したセレーナの姿。


 いかにも幸せそうな笑みを浮かべ、目を閉じている。


 その姿には見覚えがあった。初めて出会った時と同じ顔。


(ロリ発作だ……。くそっ、こんな時に限って……)


 命に別状がなかったのは、良かった。


 だけど、ここは敵地のど真ん中。多勢に無勢。


 味方はただでさえ少ないのに、一人欠けたのは痛すぎる。


「ふっふっふっ。また一人、吾輩の美貌の虜にさせてしまったか……」


 なりに似合わず、妖艶な笑みを浮かべるのは、黒髪の幼女。


 フィールドグレー色の軍服を着た、敵の首謀者らしき人物だった。


「あなたが魔術結社『イリーガル』の刺客ですか」


 彼女が倒れたのは、ある意味事故だ。


 今はないものねだりをしても仕方がない。


 セレーナの代わりに話を進めるしかなかった。


「如何にも! 吾輩こそ偉大なる魔術師リア・ヒトラーである!」


 すると幼女は、踵を揃え、右手を張り、名乗りを上げる。

 

 名前はこの際どうでも良かった。重要なことは他にある。


 もたれかかるセレーナを、そっと椅子に預け、前を向く。


「つまり……。リアさんを倒せないと外に出られないってわけですね」


 拳を構え、相手を睨み、センスをたぎらせた。


 ここまで歓迎されて、タダで帰れるとは思えない。


 戦って倒す以外、切り抜ける手段はないように感じた。


「……」


 一方、リアは懐から赤い本を取り出し、無言でその時を待つ。


 恐らく、あの本は呪文書の類。詠唱と共に発動する王道の魔術。


 能力は未知。一つ確かなのは、動けば戦いが始まるってことだけ。


(やるしか、ないよね……)


 辺りにいるお客の視線は依然、こちらを向いている。


 どこからどこまでが『イリーガル』の刺客か分からない。


 ただ、殺す気だったんだ。まともに話が通じるとは思えない。


 握る込むのは拳。セレーナの指示を仰げない中、戦う決断をする。


「待つどぉ……。カチコミは最終手段。まずは落とし所を決めるべきだぁ」


 すると、後ろから待ったをかけたのはフランクだった。


 真っ先に突っ込むイメージだったけど、意外にも、冷静。


 いや、荒事に慣れているからこそ、慎重なのかもしれない。


(ここは『ストリートキング』の舞台じゃない、か……)


 舞台が変われば、やり方もきっと変わってくる。


 考えを改め、ジェノは拳を下げ、センスを収める。


「……かもしれません。少し焦り過ぎたみたいです」


 思えば、ここに来た目的は情報収集だ。


 こんな少人数で、抗争をしにきたわけじゃない。


 最悪、戦うにしても、情報を少しでも聞き出してからだ。


「……」


 相手は未だ無言を貫き、本を開いている。


 口裏を合わせて、奇襲するとでも思ってるのかな。


「こっちの目的は『イリーガル』の調査です。そちらの目的は?」


 どちらにせよ、ここは話し合う姿勢を見せるのが大事。


 答えてくれるなんて思ってないけど、ひとまず話を切り出した。


「アタッシュケースの中身と言えば、野蛮な劣等種でも分かるかな?」


 そこでリアは、本をパタンと閉じ、話に乗ってくる。


 意外だった。まさか、話し合いに応じてくれるなんてな。


 しかも、目的はアレか。幸いアタッシュケースは手元にない。


 事務所の方で厳重に保管してもらってる。置いてきて正解だった。


「なんのことかサッパリですね。それより、どうしたら帰してもらえますか」


 ともかく目的は知れた。これ以上の長居は不要。


 下手な嘘を重ねながら、話を切り上げようとする。


 この情報は、なんとしても持ち帰らないといけない。


 ただ、ここから面倒な条件をつけられるんだろうけど。


「金輪際、結社に近付かない。そう誓えるのなら、帰らせてやってもいいぞい」


 しかし、リアは思ったより緩い条件を提示してくる。


 恐らくだけど、嘘でも近付かないと言えば、帰れるはずだ。


 だって、これは警告。二度目はないと伝える言伝人が必要なんだ。


(今はセレーナさんも動けないし、ここは……)


 状況を受け止め、考えを巡らせる。


 どう考えても、嘘をついた方がいい状況。

 

 誓うだけで、この窮地を乗り切ることができる。


「さっきの劣等種って言葉。取り下げてくれたら、帰ってあげてもいいですよ」


 それでも、素直に従いたくない理由があった。


 態度と肌の色を理由に、人種差別をされたんだ。


 昔なら笑って済ませたけど、今は許せそうにない。


(……このまま帰るのは、ラウラを冒涜することになる)


 以前、差別された時、仲間が怒ってくれたことがある。


 笑って流すのは良くないことだと、間接的に教えてもらえた。


 だから、無視するのは無理なんだ。嘘をつけば済む状況だとしても。


「断る。三原色の髪と褐色系は異世界人混血の証。劣等種と呼ぶのが最適ぞい」


 しかし、返ってきたのは思いもよらぬ言葉。


「……え」


 自然と目に入るのは、セレーナの赤い髪の毛。


 これは自分だけで済むような簡単な問題じゃない。


 仲間を巻き込んだ大きな問題に発展しようとしていた。

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