第4話 交渉か抗争か


 『シュトラウスファミリー』事務所、執務室。


 執務机と、黒革のソファとテーブルがあるだけの部屋。


 明かりは豆電球。壁はコンクリートで退廃的な雰囲気を感じる。


(質素というか、無骨というか、粗雑というか……あぁ、もやもやする!)


 美的センスの欠片もない部屋に発狂しそうになる。


 狙って演出していたなら、まだ理解はしてあげられる。


 だけど、これは別。内装は面倒という考えが透けて見えた。


「組員から話は聞いた。まぁ、適当にかけてくれや」


 そこに現れたのは、短い黒髪を逆立てた大柄の男。


 黒の革ジャンに、白のTシャツ、紺のジーンズを着ている。


 ヴォルフ・シュトラウス。ここのファミリーを仕切るボスだった。


(落ち着け、あたし。相手は武闘派。失礼のないようにしないと……)


 仕切り直すように、深く息を吸い、前を向く。


 地雷は勝ち負けの話。相手は死ぬほど負けず嫌い。

 

 だから、お忍びで参加した三人一組のトーナメント戦。


 『ストリートキング』の話だけは絶対にNG。ご法度。禁句。


 負けましたよね。なんて言った日には、怒髪天モードに突入する。


「あれ? もしかして、チームモンゴルに負けたヴォルフ選手ですか?」


 そう思っていたのに、ジェノは簡単に地雷を踏み抜いていった。


(はぁぁぁぁぁっ!? ちょっと、何言っちゃってくれてんの……!?)


 思いもよらぬ展開に、心の叫びが声に出かける。

 

 なんとか我慢はできたけど、思考は完全にフリーズ状態。


「……今、なんつった」


 すると、怒気を孕んだ声でヴォルフは言う。


 背中を向けていて、顔色をうかがうことはできない。


 ただ、次で決まる。一触即発の空気読みが始まろうとしていた。


(ここで横槍を入れることもできる……。でも……)


 あらゆる商談を成立させてきた経験。


 それが、『今は待て』と語りかけていた。


 だとすれば、彼に、ジェノ様に任せるしかない。


「オユン戦、見てましたよ、最前席で! あの試合、個人的ベストバウトです!」


 下手な口を挟まなくて正解だった。


 養殖より天然。贋作より本物。月とすっぽん。


 上擦った声音で分かる、嘘偽りのない本音から出た一言。


「……おい、上のキッチン行って、ラドラー三杯用意しろ。大至急だ!」


 ラドラーはビールとレモネードの一対一で割る飲み物。


 言わば、歓迎するための酒を、三人分用意しろとの御用達。


 ぐーっと、熱い何かが、心の底から込み上げてくるのを感じる。


「――」


 ただ、この場において、無粋な言葉は不要。


「……?」


 彼の肩にポンと手を置いて、酒が用意されるのを待った。

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