第3話 身体の正しい使い方


 アイス屋の横にある扉から、階段を下り、たどり着く。


 ドイツ系マフィア『シュトラウスファミリー』の事務所。


 中は工場のように広く、複数の長いテーブルが並んでいる。


 テーブルには紙幣カウンターや、梱包された紙幣の束がある。


 洗濯機が複数台稼働し、ゴム手袋をつけたスタッフが、数十人。


「お金を、洗ってる……?」


 部屋に入るとジェノは、ぽつりと呟く。


 身構えていたおかげか、驚きは少ない様子。


 というより、戸惑いが勝っているように見えた。

 

「資金洗浄。血と薬のフレーバー抜き。といったところですね」


 必要最小限の説明だけして、歩みを進める。


 求めるのはお金だけど、必要なのは人付き合い。


 他人のヤマを横取るような真似なんて、絶対しない。


 どれだけ汚れたお金なんだとしても、筋ってものがある。


 それに、不義理を働けば、どうなるかなんて、目に見えてる。


「……」


 見えるのは、武装した黒スーツの構成員数人。


 それぞれ殺意高めの突撃銃を持ち、目を光らせていた。


 目的地である執務室への鉄製の扉を見張るような形で立っている。


(ここまでは超順調……だけど、問題はこっから、なのよねぇ)


 合言葉は知ってたけど、ここにはアポなしで来てる。


 セレーナ商会を抜けた今、どこまで顔が通るか分からない。


 商売上、良好な関係は築けていたけど、個人的な付き合いはなかった。


「……止まれぇ。ボスに何の用だぁ?」


 すると、構成員の一人、四角い顔に強面で角刈り。


 フランケンシュタインのような見た目の男が止めに入る。


 予想はしてたけど、さすがに顔パスで通れるほど甘くはないか。


(はぁ……超超超気が重いけど、ジェノ様の前で、恥はかけないのよね)


 ここのボスと交渉を取り付ける手立てはいくつか考えた。


 どれも気が進まないものだったけど、手段は選んでいられない。


「婚儀を申し立てに来ました。セレーナと申します。どうぞお見知りおきを」


 スカートの裾を掴み恭しくお辞儀する。


 婚儀を取りつけ、一億ユーロを工面してもらう。


 それが今、考え得る限りでの、最高効率の攻略法だった。

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