第2話 アイスは冷めないうちに


『一か月以内に一億ユーロ集めろ』


 受話器越しに聞いた声が頭にこびりつく。


 絶対順守の命令。破れば、きっと命はない。


「……はぁ」


 1日目。夜。ドイツ。ミュンヘン。


 ノイハウザー通りにはため息が漏れる。


 ため息を漏らしたのはメイド服姿のセレーナ。


 石造りの長い一本道に近代的で歴史的な建物が並ぶ。


 街灯が辺りを照らし、ショッピングストリートとして賑わう。


 天気は雨のち雷。黒い傘を差しながら、通りをゆっくり歩いていた。


「セレーナ商会の月商と同じとか……。ほんと、無理難題すぎ……」


 セレーナ商会は、裏物の武器屋と裏カジノを運営する企業。


 元々、そこの実質的トップだったけど、色々あって退任した。


 今は手元には何もない状態。一から同額を稼がないといけない。


「一か月で一億ユーロ、でしたよね……。当てはあるんです?」


 隣を歩くのは、褐色肌の少年ジェノ。


 帝国製の軍服めいた青い制服を着ている。


 右手には黒いアタッシュケースを持っていた。

 

 左手には安っぽいビニールの傘の柄を握っている。


 彼は『黒鋼』という希少鉱物を探すため同行している。


(そうだった。ジェノ様も一緒にいるんだった……)


 言われてハッとする。うっかり素の性格で愚痴ってしまった。


 彼には、返しても返し切れない恩がある。砕けた口調では話せない。


「ごほん。ええ、もちろんです。そのために、わざわざここへ来たのですから」


 軽く咳払いをして、仕事モードのスイッチを入れる。


 従者のような振る舞いを見せ、丁重にエスコートしていった。

 

 ◇◇◇


 ドイツ。ミュンヘン。通りの先の路地。


 アイスクリーム屋『ジェラテリア・ガルダ』


 ショーケースに並ぶ、色とりどりのアイスが見える。


 店は狭く、ショーケースとレジと店員とキッチンだけの作り。


 道路沿いに面し、外から注文して、店内の店員がアイスを提供する形。


「……ここですか? ただのアイス屋、ですよね?」


 傘を閉じ、店舗用のテントに入り、ジェノは尋ねる。


 彼の言う通り、大金を生み出す場所には、とても見えない。


「わたくしがご案内する場所が、ただのアイス屋だとお思いですか?」


 質問には答えず、問いかける形で伝える。


 彼はハッとした表情を作り、口を閉ざしていった。


「……いらっしゃい。ご注文は何にされます?」


 接客するのは、スキンヘッドに、黒い口髭を生やした男。


 笑っちゃいそうになった。だって、どう見てもカタギには見えない。


「バニラ二つ。フレーバー抜きで」


 笑いを堪えながら発したのは、矛盾した言葉だった。


 バニラと頼んだのに、バニラ抜きと言ってるようなもの。


 意味不明な言葉の羅列。普通なら、こんなオーダー通らない。


「……左手の扉から奥へどうぞ」


 だけど、通る。通ってしまう。


 職は失っても、人脈は残ってるから。

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