第13話


 〇


「はい、実際は北島さんが来る予定だったんですが、指導する子が女の子だったので変わってもらいました」

 

 リカたんの指導をするために来たようだ。

 女性同士の方が上手くいくかもしれないけど、勝手に決められてしまった。

 俺が村上を指導できるとは思えないから、変わってほしいくらいなんだが。


 カメラ後ろから見ていると、コメントが加速していた。

 〈キター〉

 〈クノイチ〉

 〈海外勢が湧くぞ〉

 〈ニンジャ〉

 〈クノイチ〉

 〈北島がよかった〉

 〈いやクノイチの方がいいだろ〉


「権藤さん、クノイチって呼ばれてんの?」

「そうだぞ、岩沢。海外人気3位の探索者だぞ」

「1位と2位は?」

「1位が魔女、2位がサムライ」

「へー」

「また興味ない返事して、指導して」

「はいはい。権藤さん、リカたんの指導お願いします」


 始まった指導は昨日と違う。

 木口さん、ひろし、サキたん、鈴木は逃げる練習で鬼ごっこをする。

 村上が鬼で、俺は逃げることをボールを投げて邪魔する。

 捕まえられた場合、鬼ごっこの後にある運動場周回の回数が増えるからと言っておいた。

 村上は捕まえた分だけ、減っていくと言って捕まえる気力を維持してもらう。

 

 リカたんは運動場真ん中で、権藤さんに指導をしてもらっている。

 手に持っているのは権藤さんの鎌だ。

 基本的に配信は、権藤さんの指導を主にする。


 俺としてつまらない配信だと思うのだが、上級探索者の指導は割と人気なようだ。

 カメラを移動させて数分だが、視聴者はどんどん増えている。

 

「邪魔始めるぞ」


 内ポケットからソフトテニスのボールを出す。

 最初はひろし目がけて投げた。

 魔力が流れたためにボールは、形を変えることなく真っすぐ飛んでひろしの足に当たる。

 村上は逃さずひろしをタッチ。

 ひろしには5分の休憩が与えられる。


「ひろし、1周増えたぞ」

「うるせぇ!」


 自分に当たったボールをテキトーに投げたひろし。

 ボールは、運悪く運動場真ん中に飛んで行く。

 それに気づいた権藤さんは、ボールに向かって鎌を投げた。


 鎌によって切断されるボール。

 そのまま鎌は、俺に向かって飛んでくる。

 つかみ取ろうと体を動かし始めた時、体を魔力の揺らぎが襲った。

 体が重く感じて、動かしづらい。


 魔力をいつも以上に循環させ、ジャケットに強化魔法を掛ける。

 飛んできた鎌は、カンッとジャケットに弾かれて転がった。

 ジャケットに傷はなさそうだ。


「権藤さん、魔法は無しですよ」

「出来心です」

「それで刺さったら、どうするつもりですか?」

「大丈夫でしょう?」

「やめてくださいよ」


 落ちた鎌を拾って、権藤さんの足元に投げておいた。

 手渡ししないのは、不意打ちで魔法を掛けてきて、俺の実力を探っていたからだ。

 ダンジョンの外で不意打ちなんて、想定していない。

 心臓に悪いから、樋山さんに告げ口を決意した。


 その後、陽が落ちるくらいまで指導をした。

 今日の総括で村上が疲れ切ってマシになっているかと思い、模擬戦をしたのだが。


「村上、ダンジョンでの戦闘を想定してるんだけど、分かってるか?」

「いくぞぉ!」

「来んでいい」


 木刀で木剣を叩き落とし、足をかけて転ばせる。

 疲れ切っているのに、全力で戦闘するのは生きるか死ぬかだけにしてほしい。

 逃げられるなら逃げればいいし、ダンジョンは基本逃げることができる。


「ひろし、何が問題だ?」

「相手だと思うけど?」

「相手? 俺が問題なのか」

「まあ、もう今日はいいだろ。部活終了だ」

「だってー、ひろしが終わりって言うから、配信も終わります」


 カメラに全員を映して、配信を終えるとうずくまっていた村上が立ち上がった。

 土だらけのその体を払って、こっちを向く。

 仏頂面だとよかったんだが、睨みつけてくる。


「村上、明日もこんな感じだからな」

「うっせ!」

「おい、片付けして帰れよ」


 走り出してそのまま、帰っていった。

 事情を知る可能性が高いひろしに目を向けるが、首を振るだけだ。


「村上の分の片付けは、ひろしな」

「なんでだよ?」

「事情を話してくれないから」

「見てりゃ分かんだろ」

「いや、分からないから困ってんだけど」


 俺がそう言うと、ひろしをはじめ、近くに来ていた生徒が見ていた。

 みんなの怪訝な表情が、俺を不安にさせる。

 キョロキョロと見回して、ひろしを見ると、盛大にため息を吐いた。


「はあーあ。分かりやすく言うと、自分より弱いと思っていた奴が強かった、てだけだよ」

「それで?」

「そいつから指導されるなんて、プライドが許さないんじゃないのか?」

「高校卒業したら死にそうだな」

「大丈夫だよ。岩沢に対してだけだから、プライドが働くのは」

「俺の事えげつないくらい馬鹿にしてたんだな、お前ら」

「そうだけど、俺たちは気にしてないだろ。村上は岩沢が強いと思いたくないんだよ」


 それって知りたくもない、重い理由があるんじゃない?

 知らんけど。


「どうして?」

「岩沢、来た当初はへこへこしてたでしょ?」

「してたか?」

「雑に扱われるのを受け入れてたでしょ?」

「受け入れてたわけじゃないけど、気にしてなかったな」

「受け入れてたと一緒だろ」

「そうか、それで?」

「強い奴なら、態度で分かると思ってたんだろうな」

「なんだよ、それ。強い奴は横柄である、とでも思ってんのか?」

「俺もある程度そう思ってるよ。へこへこするような奴じゃないと」


 そう言われてもな、探索者高校と言われてるくらいだから、魔力で測る実力がD級やF級でも、別の要因でそれ以上の強さがあると思ってたんだがな。

 だから、気にしてなかったんだけど。


「そうか。参考にはしないがな」


 日曜日、昨日と変わらず指導をしていた。

 昼休憩の時に配信を一時終了して、駐車場でご飯を食べていた権藤さんにリカたんの様子を聞く。


「権藤さん、リカたんどうですか?」

「そこまで悪くないですけど、早紀さんよりは動きは悪いですね」

「模擬戦出来そうですか?」

「そうですね、今日のまとめとして、するくらいはできる思います」

「今後、どう練習させればいいですか?」

「しっかり顧問してるんですね」


 俺の事を知っている人が言うならいいけど、知らない人にしっかりとか言われると少し癪だな。

 だからと言って、特に言い返すことも無い。

 たぶん、こういうところが村上にとっての癪に障る部分なんだろう。


「うるさい」

「村上くんはどうですか?」

「昼前に模擬戦してたの見てたと思いますけど?」

「どうするか考えでもあるんですか?」

「ない。それよりも、はじめましてから、俺を殺すようなイタズラをしてくる権藤さんが困りものです」

「そんなことありましたか?」

「初日の鎌を投げてきたのも、魔法をかけたのも、今日朝一の素振りも」


 権藤さんは悪い笑みを浮かべている。

 食事の手を止めていないから、何かをするつもりはなさそうだ。


「さすがに分かりますよね。樋山さんが強いって言う人なら」

「村上よりも先に片づけるべき問題は権藤さんです。何がしたいんですか?」

「実は多くのチームから、あなたの実力を測れと依頼を受けているんです」

「それで?」

「分かりませんでした」

「依頼は失敗ですか?」

「私よりは強いと報告します」

「そうですか。生徒の邪魔したら樋山さんに言うつもりでしたけど、大丈夫そうですね」

「はは……やめてくださいね」

 

 この言葉が彼女には一番効果があったようだ。顔が引きつっている。

 心の弱点を突くような言葉は、気に入らないが暴力よりも強いものはこれだろう。

 まあ、分かりやすく言うと、権藤さんは樋山さんに気があるということだ。

 

 情報を与えてくれたのは、樋山さんだったりする。

 自覚があるのは驚きだったが、こういう事態を想定していたのだろう。

 とても助かった。

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