第12話


 〇

 

 金曜日、放課後ダンジョン配信部の部員は訓練用運動場に集まっている。


「配信開始しました」


 いつの間にか、木口さんがカメラ係になっている。

 三脚に取り付けられたカメラの後ろで座っていた。

 俺が楽そうにしてたの羨ましかったのかも。


「報告します」


 数人がSNSで報告をすると、同接を見ている木口さんがウキウキしだした。

 その表情から増えていってるのが分かる。


「ハイ、皆さんこんにちは。ダンジョン配信部今回の配信、タイトルにもしているように探索者として最低限の実力を得ようです」


 ひろしが率先して配信をしている。

 今回は、俺も部員と一緒の並びにいるのだが、うれしくて涙がちょちょ切れそうだ。

 進行もうまくなってる。


「それで、今回……何するの?」

「え?」

「岩沢?」

「これから鍛えるのが、近接戦闘と持久力。まずは模擬戦だな。模擬武器取って来てくれ」


 上手くいってると思えば、そうでもなかった。

 それでも前回よりは良い。

 他の部員たちもこれくらいにはなってほしい。


 全員の手に模擬武器はなかった。

 木口さんがシレっと参加して、木製のハンマー。

 ひろしと村上は木剣、サキたんは木刀、鈴木は木盾とメイスくらいの木の棒。

 リカたんは何も持っていなかった。


「リカたん、武器は?」

「私は『魔女』目指してるから、近接戦は必要ないの」

「リカたん。魔女はなあ、近接戦上手いけど、楽だからって理由で魔法使ってんだぞ」

「知り合いなの?」

「知ってはいる」

「それなら、私の武器選んでくれない?」

「じゃあ、これ」


 内ポケットから渡したのは、60cmくらいの木の棒。

 眉をひそめているのは、全然武器っぽくないからだろう。


「魔法を主として使うなら、それくらいが持ち運びしやすいだろう」

「なるほど」

「それじゃ、模擬戦始めてくぞ。リカたんはしなくていい」

「なんで?」

「できないだろ。今貰ったばかりの武器じゃ」

「わかった、椅子」

「椅子? ああ、座らせろってことね」


 内ポケットから椅子を出すと、カメラの後ろに持って行って組み立て始めた。

 木口さんも参加しているから、カメラ役にちょうどいい。


「じゃあ、誰から来る?」

「岩沢とやんの?」

「当たり前、実力を測ってそれに応じた指導をするんだから」

「そっか。じゃ俺!」


 案の定、ひろしが最初だった。

 カメラ役のリカたんに意見を求めながら、カメラが見やすい場所で模擬戦を行う。

 ひろしは現在防具をつけていない。

 俺からは攻撃しないから、問題ないだろう。


「そういえば、手加減できんの?」

「出来るに決まってるだろ」

「でも、樋山さんだから問題ないとか、6時限目言ってなかった?」

「あれは、模擬戦したくないから出た言葉だ」

「うーわ。ひど」


 カメラの近くで言わないでくれ。

 ダンジョン配信用だから、呟きすらマイクに絶対拾われてる。


「攻撃しないから、好きなだけ攻撃してこい。ダンジョンでの戦闘だと考えろよ」

「魔法とスキルは無しだよな」

「ありでもいいけど、周りに届いたら面倒だから無しで」

「分かった。いくぞ」


 始めた模擬戦で合格を与えたのは4人。


「合格したのが、木口さん、ひろし、サキたん、鈴木」

「おい、ハァハァ、俺は?」

「息も絶え絶えだと死ぬぞ。少し動けるくらいは力残せ」

「ハァ、結果は?」

「不合格だよ」


 合格した人たちは筋トレと持久走だ。

 持久走だけだと、ダラダラする人がでてしまうからな。

 メニューは訓練用運動場を右回り5周、筋トレ、左回り5周だ。

 これの繰り返しをしてもらう。


「リカたんは素振り、村上は模擬戦して右回りと左回り5周ずつして、また模擬戦」

「じゃあ、模擬戦か?」

「リカたんに素振り教えるから、走って来てくれ」


 リカたんは持久力を上げて、近接戦がそこそこになること。

 村上は冷静に戦えないから、持久力を上げることにした。

 他の4人も持久力を上げるが、筋トレ付きの地味メニューだ。

 この配信を樋山さんが見て、誰を送ってくれるのか。


 その日はメニューを消化して終わった。

 最初だからトレーニング強度を少しずつ上げていくつもりだ。

 リカたんは素振りがおざなりになったため、最後の方はずっと走らせていた。

 木口さんはいつの間にかいなくなっており、部活終わるときには部員が5人揃ってランニングしている配信になった。

 

「これ、おもしろい?」

 〈あんまり〉

 〈成長がわかる〉

 〈父性あふれる〉

 〈俺の指導してくれ〉

 〈それいいな〉

 〈この前の6人みたいになんなよ〉


「まあ、土日は樋山さんが誰か呼んでくれるらしいから。楽しみにしといて。じゃあな」

 〈樋山が誰かを?〉

 〈同じチームのやつだろ〉

 〈B級探索者のよしみか〉

 〈同じチームの人じゃない?〉

 〈下手な人は呼ばんだろう?〉

 〈魔女?〉

 〈さすがにそれは〉


 土曜日、8時に訓練用運動場集合を樋山さんに伝えていた。

 生徒たちは筋肉痛で辛そうだがトレーニングの準備をしており、木口さんは配信の準備をしている。

 俺は訓練用運動場ではなく、学校の門前で待っていた。

 ボーっとしていると、前方から学校には似つかわしくない、野太い排気音の車がやって来る。


「駐車場どこにありますか?」

「案内します」


 たぶんこの女性が、樋山さんの代わりに来てくれた人だろう。

 車から下りると、手には小さなバッグと2本の鎌。

 この人はB級くらいだろうか。


「はじめまして、岩沢さん。権藤杏奈(ごんどうあんな)と申します」

「はじめまして、岩沢仁です。お願いします」


 訓練用運動場に向かっているのだが、後ろの権藤さんが少しおかしい。

 後ろでずっと魔力を循環させているのもそうだが、鎌の素振りをしている。

 安心できない。


「お、岩沢。誰が来たんだ?」

「知らん。権藤杏奈さんって人」


 訓練用運動場前に集合していた部員たちが、名前を聞いて固まっている。

 すごい人なのかもしれん。

 

「岩沢、知らねぇのか⁉」

「樋山さんの知り合いでしょ?」

「おいおいおい」


 俺が知らなかったことに驚いて、固まっていたのかもしれない。

 サキたんと鈴木は黙っていたのだが、3人は文句を言わなきゃ気が済まないらしい。

 実際、どういう人なのか、つながりは何なのか知らないから、仕方ない。


「それで、どういう人なんだ?」

「樋山さんと同じ探索者チームの人」

「へー」

「出た、興味ない時の返事」


 鋭いなリカたんは。

 配信の準備が整い、開始した。

 カメラ外に権藤さんはいて、呼べば出てくるらしい。


「ハイ、おはようございます。今日もゲスト来てます」

「先生、同接どんな感じですか?」

「今、2万人くらい」


 開始して1分経ったくらいなのに、そこまで来たか。

 ダンジョン配信部は大成功しているな。


「今回のゲスト、こちらの方です」

「はい、初めまして権藤杏奈です。よろしくお願いします」

「権藤さんは今回、樋山さんにお願いされて来られたわけではないと聞きました」


 俺は初耳ですが。

 配信開始までの短時間で、その情報を引き出しているリカたんは人付き合い上手そうだ。

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