第10話


 〇

 

 教室の場所を教えてもらい、鍵の開いていない教室前でボーっと待っていた。

 生徒たちは着替えがある。

 あれだけの防具を着て、炎天下の中、練習してたんだから汗だくだろう。

 俺は日傘をさしてたけど。


「おい、岩沢」

「お、村上。どうした?」

「どうだった、延々魔法を撃ってるのは? 上級探索者様からすると無駄か?」

「別に悪くはないだろ、その魔法が実践で使えるかどうかは別としてな」

「無駄ってことだろ?」

「威力の問題だ。練習自体は問題ない」


 周囲の生徒も集まって来て、話を聞いている。

 村上に無駄に扇動されると面倒だ。

 それに、こいつはそもそも考えがおかしい。


「俺も最初は、ああやって練習してたけどな」

「嘘つけ」

「村上。俺が一般魔法しか使えないの忘れてないか? 才能の有無で言うと、この学校の生徒の方が上だぞ」


 そう、一般魔法しか使えないんだ。

 止血魔法、解毒魔法、強化魔法。この3つが一般魔法と言われている。

 ダンジョンに入るだけで、得られる魔法だから、一般魔法だ。

 俺も昔は『ファイアボール』とか言いたかった。

 今は言わない様な才能しかなくて、よかったと思っているが。


「ふんッ」


 忘れていたのか?

 村上はそのまま教室に帰っていった。

 木口さんが授業をしにやって来たのは、チャイムが鳴る10時ちょうどだった。


「今回、ちょうどいい教材があるので、探索者について。教科書の56ページ」


 俺以外の「ちょうどいい」教材が見当たらないのは、問題だ。

 授業では、探索者協会で決められている等級の話が始まった。

 木口さんはしっかり先生やっている。


「はい。今、脇田さんが読んでくれたように、F級からS級まであります」


 黒板に等級について書き始める木口先生。

 F級の下に探索者高校生と書いており、等級から外れた状態だと示している。

 D級と書かれた隣に、木口先生が自分の名前を書く。


「それでは、F級からD級までの昇格条件は何でしょうか? 分かる人、挙手」


 いかにもなインテリメガネが手を挙げた。

 メガネよりはゴーグル眼鏡の方がいいと思う。

 探索者をするのであれば。


「高村さん」

「基本的には10層以下のダンジョンの到達階層更新、その階層の魔物素材提出です」

「その通り、ダンジョンの等級に関わらず、10層まで到達すれば基本はD級になれます。到達階層の更新で少しずつ探索者等級も上げられます」


 黒板に同じようなことを書いた。

 そのあと、C級とD級の間に線を引く、赤チョークで。


「C級への昇格条件、分かる人」


 生徒のほとんどが手を挙げていた。

 高村くんは手を挙げていない。

 どうした、高村?


「脇田さん」

「魔力を感じ取れるようになること」

「はい、その通り。後ろにいる岩沢さんが配信で言ったから、世の中に広まったことでもあります」

「マジで?」

「マジです。今までチームに所属していた探索者しか知らなかったようです」


 探索者協会の仕事を増やしてしまったかもしれない。

 クレームを俺に持ち込んでいないから、そこまで大きな問題になっていないようだが。

 

「次、C級からB級、B級からA級への昇格条件分かる人」


 ここで誰も手を挙げない。

 知られているものじゃないのか。

 俺自身は知っているが、案外普通だ。


「答えは次のページ、該当する等級の魔物を倒すこと、その素材を提出すること」

 

 静かになった生徒たちが、教科書をめくる音が聞こえる。

 しかし、少ししてザワザワと騒がしくなり始めた。

 椅子に座り、腕組して下を向いていた視線を上げると、木口先生と生徒たちが俺を見ていた。


「B級がゴブリンキング、A級がレッサーデーモン、S級がドラゴン。これらはチームで倒しても昇格条件を満たすことができる」


 なぜか内容を声に出し始めた木口先生が、こちらを見てくる。

 顔が驚愕したまま変化せず、生徒も同じだ。

 内容に衝撃受ける先生なんて、聞いたことないぞ。

 授業前に内容を知るために、読んで準備するものだとばかり。


「しかし、C級魔物の強化種、ワーウルフなどに代表される人型魔物の強化種を倒した場合、A級の昇格条件を例外的に満たすことがある。また、これらに加えて昇格試験があり、多くの探索者をふるいにかけている」

「授業進めてくださーい」


 そう言ってもしばらく、木口先生は再開しなかった。

 俺が思っていた以上に、A級探索者というものはパワーがあるようだ。


 その後、今日の授業はすべて見たのだが、特に気になることは、なにもなかった。

 あるとすれば、先生という職は大変だなぁと思うくらい。

 内容にも、変なところはなかったと思う。

 

 翌日、早起きして、教職員室に向かった。

 今日は他の先生の授業を見学すると、昨日聞いている。

 

「おはようございます」

「ああ岩沢さん、今日は僕の授業を見学するようですね」

「そうなんですか。お願いします」

「森本泰志(もりもとたいし)と言います。よろしく」

「岩沢仁です、おねがいしまーす」


 最初の授業は昨日と同じ、魔法とスキルの発動訓練。

 同じように開始され、笛で合図するのも同じだが、今日の先生は我が強い。

 それは服装にも表れていて、木口先生とは違い、森本先生はジャージ姿だ。


「高森、もっと速く撃てるぞ」

「魔力を込めろ」

「集中して詠唱しろ」

「的をよく見て、魔力を一点に集中させろ」


 別に口を出すつもりはなかった。

 ただ、嘘を教えるのは問題だな、と思っていただけだ。

 しかし、さらなる問題発言を森本先生がしてしまった。故に口出ししてしまった。

 

「あの『魔女』も言っていた。魔法は強くしようと念じれば強くなると。だから、念じろ」

「森本先生。念じても強くなりません。そもそも生徒は魔力で威力が変わる状態ではない」

「ほう『魔女』が嘘を言っていると?」

「魔女と生徒では魔力の状態が違うから、その考えは無駄と言っています」

「なぜ魔力の状態が違うと分かるんですか?」

「知りませんか、C級以上の昇格条件に魔力を感じ取れるという項目があるのを」

「岩沢さんの勝手な考えということは、ないんですか?」

「さあ、俺は知りませんよ。ひろし、どうなんだ?」


 白熱し始めた話し合いの調停者をひろしに任せた。

 知っている人はいただろうから、SNS上では反応している人もいると思う。

 ヘルムを取ったひろしは、緊張した面持ちで答える。


「SNS上では多くの上級探索者が、岩沢の言うこととと同じことを言っていました」

「だれが?」

「魔女もその一人です」

「そうか。よし、いつでも魔法とスキルを使えるように、練習するんだ」


 これ以降、森本先生の授業を見ていたのだが、随分と嫌われているのは間違いない。

 3時限目までに事あるごとに、睨まれていたからな。

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