第9話


 〇


 その日、俺はいつものように部室で生徒が来るのを待っていた。

 並べたパイプ椅子で横になり、チャイムが鳴ったことを聞き取る。

 後数分もすれば、周りが騒がしくなるだろう。

 しかし、周囲が騒がしくなる前に部室の扉は開かれた。


「岩沢、相談がある」

「あ、先生。呼んでくれたら行くのに」

「もうすぐ部活だからな」


 来ていたのは校長だった。

 わざわざ来ているくらいだから、相談とは言わずお願いがあるのだろう。

 神妙そうな顔からも、それが伺える。


「この前の樋山さんが指導していた配信を見たんだ」

「うん」

「それで、その樋山さんを知っている君に、この学校の探索者授業を見てほしいんだ」

「見学するってこと?」

「そうだ、将来のためになる授業をしているか、見てほしい」

「授業内容って統一されてるんじゃないの?」

「座学内容は統一されてるけど、他はそうじゃない」

「へー」

「明日と明後日、朝9時から授業が始まるから、よろしく」

「いいけど。どの授業見るんだ?」

「8時40分、教職員室に来てくれたら、木口先生が案内してくれると思う」

「わかった」


 思っていた通り、お願いをして校長は帰っていった。

 それにしても、探索者高校の授業か。

 座学は統一されてるって言ってたけど、何を教えてもらえるんだろう。

 俺は探索者高校の出じゃないから、楽しみだ。

 校長が帰って少しすると、生徒たちがやって来た。

 木口さんは、いつも少し遅い。


「なあ、鈴木。探索者授業って何してるんだ?」

「えっと、近接戦闘訓練、模擬戦、魔法とスキルの無意識発動訓練、後は座学です」

「なんだよ、上級探索者様が高校生の授業受けたいのか?」

「おい、ひろし。村上をどうにかしてくれ、お前の子分だろ」

「その冗談はきついぞ、岩沢」


 本気でそう思っていたのだが、嫌そうなひろしの顔を見ると、逆に村上が可哀そうになってきた。

 村上はひろしの言葉にも噛みつきそうだ。

 話していると木口さんが来た。


「岩沢さん、探索授業に参加するって本当?」

「参加じゃなくて、見学な」

「私が最初の授業だから案内するらしいんだけど」

「そう聞いてる」

「口出ししないで、黙って見学。わかった⁉」

「見学だから問題ない」


 そう言っても、木口さんは信じてくれなかった。

 部員はいつの間にか、ダンジョン配信を見ており、会話を聞いてもいない。

 明日と明後日、誰が授業なのか聞きたかったのに。


 翌日、学生寮の一室で8時に起床した。

 久々の早起きで眠気は酷いかと思っていたが、ダンジョン探索の時はもっと眠いから問題なさそうだ。

 眠気と戦い、魔物と戦い、疲労で死ぬか、疲労が原因で死ぬか。

 眠る場所がなかった時は、そんな感じだった。


 テキトーに食事を済ませて8時30分に学生寮を出た。

 教職員室に着くと、探索授業をする先生たちの机に向かう。

 普通教科の先生と場所が分かれているのが、特徴的だ。

 探索授業をする先生は木口さんの他に5人いる。

 作業中の木口さんの所に行くため、6つの机に向かっていると、エネルギッシュな、いや、暑苦しい男が立ちふさがった。


「初めまして、岩沢さん」

「はじめまして」

「岩沢さん、ここはね、教職員室なので部活動指導員だと思いますけど、ここまで入って来ると困るんですよね」

「そう。じゃあ木口さん呼んでもらえます? 授業の見学あるので」

「見学?」

「そう。今日と明日の2日間で探索者授業を見学するんですよ」

「へぇー。木口さん、岩沢さん来ましたよ」


 名前も分からない暑苦しい男は、D級探索者くらいだろうか。

 魔力操作を考えると木口さんの方が強いだろう。

 呼ばれてやって来た木口さんは、少し慌てているようだった。


「おはよう、岩沢さん。早いね」

「そうか?」

「大きい方の運動場に行って。10分後くらいには生徒が行くから」

「おっけー」


 探索者高校であるここには、普通の運動場と訓練用の運動場がある。

 分厚い壁で囲まれた大きい方の運動場は訓練用と呼ばれて、探索者授業で使われるようだ。

 校舎の隣に普通の運動場、その隣に訓練用運動場があるため敷地は広い。

 

 訓練用運動場には頑丈な扉がつけられており、そこで鍵を開けてくれる人を待っていた。

 校舎側からずらずらと生徒が歩いてくるのが目に入る。

 全員が防具を着けており、学校指定の物でみんな一緒だった。


 魔物革製の上下、その上に金属の防具、頭、肩、腕、胴、腰、足。

 ヘルムは手に持って、武器を持たずに歩いて来る。


「配信部の人ですよね」

「岩沢だ」

「あ、岩沢」


 生徒の集団の中にサキたんがいた。

 1年生の授業のようだ。

 奥の方から木口さんがいつもの防具、重そうなフルプレートメイルで歩いてきた。


「岩沢さん。見学だよ」

「わかってるよ、邪魔にならないところで見学してるから」

 

 訓練用運動場の鍵を開けてもらい、生徒たちと一緒に入る。

 四方を分厚い壁に囲まれた運動場には、コンクリートでできた的が大量にあった。

 

 チャイムが鳴ると、生徒たちは無言で2列横隊に整列した。

 木口さんの近くにいて、授業で何をするのか見ていると、魔法・スキルの発動を無意識でできるように練習するらしい。


 前後の者で2人組を作らされ、大量にある的に向かう。

 一部の生徒は木口さんから鍵をもらい、用具倉庫のようなところに入っていく。

 サキたんもそこに向かっており、出てきた生徒たちの手には武器があった。

 サキたんは遠距離攻撃できる魔法がないみたいだ。

 俺と一緒だ。


 武器を持った生徒は、同じ武器を持った生徒同士でペアになっている。

 2列横隊の時点でそういう並びらしい。


「用意できた?」


 木口さんが問いかけると、生徒たちは手を挙げる。

 的の正面にいる生徒たちだ。

 確認すると木口さんが笛を吹いた。

 ピー、ピッ。


 最初は用意、次の短いのが撃て、のようだ。

 生徒たちは口々に魔法名を言って、放っている。


「ファイアボール」

「ロックバレット」

「ウィンドカッター」

「マッドボール」

「サンダーボール」


 色々言っているが、飛んで行った魔法はコンクリートの的に当たると消える。

 はっきり言って使えない。

 俺がそう考えると分かっていたのか、木口さんはこちらを見ていた。

 咎めるような視線から逃れて、サキたんを見る。


 もう一度、笛が吹かれて、用意をしたのはサキたん。

 刀に見える武器を構えた。

 短い笛で強化魔法を使い、武器用の的、トラックタイヤを切りつける。


 切れはしないが、武器も曲がらない。

 手も痛めていないようで、何度も練習していることがうかがえる。

 

 それ以降、50分同じことが続いた。

 無意識の発動ってのは、嫌になるくらい発動させて苦も無くできるようになることなのだろう。

 見ている方は苦でしかなかった。


「木口さん、次は」

「見学するなら、ちゃんとして」

「どういうこと?」

「私は岩沢さんの事を知っているからいいけど、他の先生は知らないの」

「ちゃんとしてたろ?」

「途中、かき餅食べてたでしょ?」

「ダメか」

「駄目」

「それで、次は?」

「教室で座学です」


 〇


190:名無しの親衛隊員

配信部配信しないな


191:名無しの親衛隊員

もともと月1


192:名無しの親衛隊員

それ考えると多かったな、先月


193:名無しの親衛隊員

リカたんのご尊顔をはやく


194:名無しの親衛隊員

夏休みは多くなりそうだな


195:名無しの親衛隊員

今が中間終わった頃か


196:名無しの親衛隊員

ちょっと前に終わったぞ


197:名無しの親衛隊員

ということは配信くる


198:名無しの親衛隊員

最近SNSで岩沢の目撃報告があるけど、あれなに?


199:名無しの親衛隊員

探索者チームに情報を流してるんだろ


200:名無しの親衛隊員

どうして


201:名無しの親衛隊員

強化種一撃の男だぞ、話題性十分


202:名無しの親衛隊員

チームへの信頼につながる


203:名無しの親衛隊員

テキトーそうなのに


204:名無しの親衛隊員

それでもだろ、実力が知れてるんだから


205:名無しの親衛隊員

顧問続けるのかな


206:名無しの親衛隊員

今まで入ってないなら入らないのでは


207:名無しの親衛隊員

それもそうか


208:名無しの親衛隊員

リカたんを傷つけたり悲しませたりするのは許さん


209:名無しの親衛隊員

ガチ勢

 

210:名無しの親衛隊員

俺たちもそうだったろ

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