第7話
ひろしの声が聞こえてきたから、リカたんが一発殴ってくれたのだろう。
言うと同時につないだ両手から、水のような状態の魔力を流していく。
ただ、流れが異常に速いため、1秒もかからずに魔力同士がぶつかった。
「ウエェッ!」
「うえっ!」
「ゔぉぇ!」
繋いでいた両手が離され、円は崩れて6人は地面に胃の内容物を吐き始めた。
これを樋山さんは望んでいたのだろう。
流す感覚は分かるが、彼らには、まだ必要のない感覚だ。
「おい、これなんだ?」
「ひろし、コイツらは、まだ魔力を動かしたことも無い奴らだ。そんな体に魔力を流し込むんだ、しかも他人の魔力だ」
「気持ち悪いのか?」
「そりゃな、体中全てに他人の魔力が流れるんだ」
「それによって、めまいと吐き気、感覚の不一致が出る」
「樋山さんも体験してるんですか?」
「怖いもの見たさでね。馬鹿なことしたと思ってるよ」
「よし、配信終わり。こいつら引き摺って帰るぞ」
仕切ってみたが、誰からも異論はなく、ひろしが配信を終了させていた。
内ポケットからパラコードを取り出して、6人を縛る。
立ち上がることも出来ない状態だから、引き摺って行く。
受付で彼らを預けて、学校に帰るがその前に、樋山さんを夕食に誘った。
連絡に応じて、指導に来てくれたお礼だ。
予定があったのか知らないが、助かったことは間違いないからな。
「樋山さん、夕食どこかで一緒にどうですか?」
「あ、いいですね。どこにしましょうか?」
誘ったのは良かったのだが、他の人の帰りを待つべきだった。
「それ俺も行く」
「来るな」
「6人参加します」
「ハハハ、まあいいじゃないですか。岩沢さん」
「岩沢さん、良いですか?」
「おお、良いぞ鈴木、おごってやる」
「おらぁ、みんな岩沢のおごりだ」
「イエーイ」
それからなし崩し的に全員連れていく、俺のおごりになった。
場所は木口さんが決めて、予約を取り、18時に集合だ。
俺は木口さんと学校に戻り、保護者に連絡するのを隣で聞き、17時には予約した店に着いていた。
木口さんが早くてもいいと言っていた為、一緒に来たわけだ。
俺はバイクで移動しているのだが、後ろに木口さんが乗っている。
酔っぱらっても、乗せて帰るつもりはない。
そう言ったのだが、問題ないらしい。
俺にとっては問題だ。
「ただいま」
「ただいま?」
問題ないというのは、家だから問題ないということだった。
予約の電話をしているときは、他人行儀だったのに。
あまり大きくはない居酒屋が、木口さんの実家か。
「お母さん。この人が岩沢さん、部活指導員で外部の人」
「あら、初めまして。陽菜の母です」
「初めまして、岩沢仁(いわさわひとし)です」
来ている客はいない。
壁に貼られたメニューは、ありきたりなものだ。
木口さんの母は、木口さんに似ている。
木口さんもこういう年の取り方するんだろう。
「配信見てますよ。陽菜を頼みます」
「顧問と副顧問で頑張ります」
「そういうのはいいから、岩沢さんビール?」
「いや、ウーロン茶で」
俺のウーロン茶発言で、2人の顔がこっちに向いた。
よく分からないと言った風だ。
木口さんは分かるけど、木口母は配信をしっかり見ているようだ。
「学校でも飲んでいるノンアルコールビールは何?」
「アルコール飲めないから、ノンアルコールビールなんだけど」
「え、じゃあビール飲む必要ないよね?」
「がん予防の可能性を信じて飲んでる」
「わかった、私取ってくるから、お母さん生徒たちの料理、用意してて」
奥に消えていく木口さん。
座敷にまだいる木口さん。
内ポケットに手を伸ばして、中からマイ箸を取り出す。
「岩沢さん」
「はい」
「これからも面白い配信してください」
「はい」
木口母はそれだけ言うと、奥に消えていった。
これからも顧問を続けろ、ということだろう。
ある程度の給料はもらっているから、続ける。
ただ、給料だけでは足らない時も多いと思う。
そういう時は探索者として、仕事させてもらおう。
「持ってきたよ、岩沢さん。何食べてるの」
「コカトリスの香草焼き」
「それ仕舞って、そこまでおいしいもの出せないから」
「気にしないぞ」
「マジックバッグ引き千切るよ」
そこまで言われたら、どうしようもない。
香草焼きを仕舞って、マジックバッグから箸置きを出す。
お通しは、45分には来るだろう。
お腹が空いた。
お腹が空いたのを我慢して、待っていると45分頃には生徒たちが来た。
座敷のどの席を取るか、取り合いになっており、俺の隣はいない。
リカたんに誕生日席と呼ばれている場所に移動させられたからだ。
50分には樋山さんも来て、お通しも出てきて始まった。
ただ、俺が覚えているのは19時にメインディッシュが出てきたところまでだ。
そして今、手元のスマホには6時とある。
「え?」
座敷で布団を掛けられている。
周囲に他の人はいない。
学生と先生だから、時間はキッチリしているのだろう。
6時30分、座敷に近づいてきたのは木口さんだった。
「岩沢さん、起きてた?」
「そうだけど、俺なんでここで寝てたんだ?」
「あの、高森君が飲食物に少しずつお酒を入れていたようで……」
「木口さん言ったの?」
「はい、聞かれたので」
「おい」
その後、朝食までごちそうになった。
朝食後、一度家に帰り準備を整え、15時には学校に向かった。
特にアポを取っていないが、校長のもとに向かう。
「先生、相談なんだけど」
「配信なら、あの感じでもいいけど?」
「違う違う、近くのアパートとか借りられないの?」
「え、タイミングいいじゃん。すぐに用意できる部屋あるよ」
「マジ⁉」
「管理人空いてるから、呼ぶけど?」
「おねがいしまーす」
電話1本で来た管理人は、探索者高校の隣にあるアパートを紹介してくれた。
そして俺は、特に何も考えず契約をしてしまったらしい。
それを理解したのは、部活の時間だった。
「おい、何で配信するんだ。ひろし」
「はじめたか?」
「始めたけど」
「視聴者の皆さん、岩沢は酒が飲めません」
〈おい〉
〈若造め〉
〈そういう奴もいる〉
〈ビール飲んでるんじゃ?〉
〈へいへい〉
〈飲めないの〉
「戦闘じゃ勝てないけど、酒飲ませれば勝てますよ」
「今度からひろしは、連れていきません」
「おい!」
「家も近くなるから、増えると思ったんだけどなー」
「どこ?」
「高校の横にある3階建てアパート」
「学生寮じゃん」
「え?」
「岩沢が引っ越して来たら、友達連れて遊びに行くわ」
「ジュース1本であっても奢らん」
あのアパートは一部の学生が住まう寮らしい。
部活動指導員としての受難は始まったばかりだと、実感した。
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