第5話


「樋山さん、他の石があるから動かないんですけど」

「角川さん。だから、他の石も動かすんだ」

「別の動かし方ありますか?」

「村上くん、石の状態ではこの動かし方だけなんだよ」

「他にはどんな状態があるんですか? 岩って言ってたのはどれくらいの状態ですか?」

「えーと、岩って言ったのは魔力操作も知らないってこと。石はほぼ流れない動かす状態。その次が砂、強引に動かせば他が流れる状態。今の僕が泥、一度流れを作ればある程度勝手に流れてくれる状態」


 たくさん言ってるから、頭の整理ができない。

 というか別に俺、知らない奴の事を岩とは言ってないけどな。

 ただ、樋山さんの魔力の状態をドロドロのカレーといった記憶はある。

 何で泥って言ってんだろう?

 ボーっとかき餅を食べていると、村上が樋山さんに問いかける。

 

「岩沢は、どの状態?」

「魔力を感じ取れるようになったら分かるぞ」

「それってC級以上の実力者だけだろ。樋山さん、岩沢はどの状態?」

「岩沢さんね。岩沢さんは僕からすると、水かな?」


 樋山さんが言った途端、全員がボーっとしていた俺を見た。

 全員が疑っているのは、顔を見ればわかる。 


「水だよ水。石と違って流しやすいわー」

「腹立つな、岩沢」

「早く練習しろ。いつまでも俺は言うからな」

「水ってことは、樋山さん以上の等級?」

「同じだ」

「B級⁉」

 〈B級〉

 〈おいマジか〉

 〈岩沢さんじゃねぇか〉

 〈水ってどうすごいんだろ〉

 〈樋山が岩沢にさん付ける訳〉

 〈マジか〉

 〈嘘だと言ってくれ〉

 〈配信みながら飲んでるやつが?〉

 〈てか、魔力の事言ってねぇの問題じゃね?〉


「樋山さん、魔力の事言ってないのって問題なんですか?」

「いやいや、C級以上になれば協会が教えてくれますし、仲間内で知っている人だっているでしょう。それに、魔力動かせても弱い人はいますよ」

「だってさ視聴者。魔力を使わず強くなれば、魔力使って強くなれるぞ」

 〈へた〉

 〈ひやまー〉

 〈説明わからん〉

 〈はっきり〉

 〈簡潔に〉

 〈分かりやすく〉


「あー樋山さん。分かりやすくお願いします」

「魔力どうこうを言う前に、C級の実力あれば次の段階として教えてくれるから」

「らしいぞ。首突っ込むなってさ」

「いや、そこまで言ってないです」


 結局、この日には6人全員が上手く動かすことはできなかった。

 その日、ダンジョン内で宿泊を行う。

 樋山さんはホテルで宿泊するらしい、俺もそのつもりだったのだが、顧問ということで一緒にダンジョンで泊まることになった。


 F級ダンジョンの魔物が出てこない2層に入り、生徒たちは持ってきたテントを広げている。

 

「おい、岩沢。模擬戦してくれよ」

「配信してる時ならいいぞ」

「どうして?」

「お前らが魔力を動かす画しかないからな、つまらん」

 

 返答して、内ポケットから寝袋と夕食を取り出す。

 ダンジョン内は基本薄明るいから、ランタンもいらない。

 今日の夕食はバゲットを主食に、オーク肉のひき肉とトマトのコンソメスープをいただく。


「おうおう、お前ら。ひもじいな」

「料理は片付けとか手間だから、諦めてるんだよ」

「そうかそうか、うめぇー!」


 テントを広げ終わり、バッグの中から出来合いの食事を出して食べ始めた生徒たちに、湯気立ちのぼる丼ぶりを飲んで見せる。

 バゲットを千切り、スープに少し浸して食べると一層うまい。


「お前らも早いとこ魔力を扱えるように、ならないとな」

「岩沢さん、それどこから出したんですか?」


 木口さんが寝袋を指して言ってきたが、今更すぎるよ。

 配信してる時から、椅子出したりしてたのに。

 まあ、それだけ集中して取り組んでた訳か。


 ジャケットの内ポケットを示し、手を入れる。

 ポケットから手を出すと、そこには今食べているものと同じスープがある。

 全員に見えるように、高らかに掲げた。

 

「おう、だれかスープ欲しくないか?」


 無言で手を挙げる6人。

 もちろんタダで上げる気はない。

 競争してもらう。


「今から、最も早く魔力を動かせた者にこれをやろう」

「どうやって判断するんだ?」

「B級だぞ。分かるから。はい、はじめ!」


 ひろしを黙らせ、始めてもらうと一気に場が静かになった。

 魔力を感じ取って分かったのは、動かせそうなのが2人。

 木口さんとリカたんだ。

 年の功か才能か。27歳VS.17歳。

 

 それから20分、旨い飯を食べるために勝ち上がったのは木口さんだった。

 生徒に分けてあげるのかと思っていたが、そんなことはなく1人で食べきっている。

 作ってくれた人も喜ぶくらい、おいしそうに食べてくれた。


「木口さん、分けたりしないんだな」

「当たり前です。同じ状況で競争したんですから」

「夜番は誰がするんだ?」

「ルーティンがあるので、もしもの時に起きる準備をしていて下さい」

「わかった。お休み」


 2層の端に移動して、鉄刀と寝袋に入った。

 起きたのは6時。

 尿意で目を覚ました。

 昼間にノンアルコールビール飲んだ分は、昼間に出したと思っていたが、そういう訳ではなさそうだ。


「おう、おはよう。サキたん」

「おはよう」


 無口なサキたんが挨拶を返してくれた。

 それについての感想を言いたいんだが、尿意が限界に近付いている。

 急いで地上に戻り、受付建物のトイレに行った。


 帰ってくると、寝袋に突っ込んでいた鉄刀をサキたんが持っている。

 抜いて刀身を見ているが、刃が付いていないから面白みもないだろう。

 俺も購入した当初は、そんな感じの無感動な瞳を向けていたに違いない。


「岩沢、これでワーウルフ、どうやって切ったの?」

「魔力だ」

「魔力で切れるの?」

「当たり前だ。魔力操作が上手くなれば、それで切れる」

「説明下手だったね」

「そうだったな。樋山さんに聞いてくれ」

 

 自分の自覚していなかった説明下手を指摘され、気恥ずかしくなってそっぽ向く。

 向いた先はテントで、村上がこちらを見ていた。


「村上、サキたんとペアだったのか、夜番」

「そう、ずっと剣振ってて暑苦しい」

「言われてるぞ」

「練習相手になってくれないからな」

「なんだ。してやったらどうだ、サキたん」

「私の刀が刃こぼれするから嫌」

「これ使え」


 内ポケットから木剣と木刀を出す。

 ついでに椅子とたばこを出して、見物の用意をする。

 サキたんは刃こぼれが問題だったのか、案外素直に受け取った。

 椅子に腰を下ろして、とうとう2人の模擬戦が始まるというところで、ほかの人も起きてくる。

 

「2人とも木剣なんて。ああ、岩沢さん」

「おはよう、木口さん」

「副流煙が問題だから、生徒たちの近くでは禁煙」

「これ、魔力用の煙草だから、なんなら木口さんとか生徒に必要なもんだぞ」


 見た目が悪いが、この煙草は貴重品だ。

 無駄に高価だが、それだけ有用でもある。

 色の悪い茶色かかった紙、香りは線香と変わらないから気にならない。


「それって、ポーション草の煙草だったり?」

「それそれ」

「いくつ持ってるんですか?」

「そこそこ」

「それじゃ一般的な生活できませんよ。ワーウルフ倒していても生活は苦しいです」


 俺の中では探索者の必需品だがな。

 寝起きのまま、ずっとこちらを見てくる木口さん。

 やっぱり、たばこ欲しいんだな。

 

「木口さん、残り吸う?」

「いえ」

「そう」


 他の生徒と一緒に、地上へ向かった木口さん。

 残った2人は、構えて向かい合っている。


「岩沢、合図」

「はじめ」


 合図をすると、2人とも相手との距離を詰める。

 魔力、魔法、スキルを使わない戦闘。

 個人の力だけの模擬戦。

 数度だけ打ち合い、武器から手が離れ、武器を突き付けられているのは村上だった。


「サキたん、強いな」

「村上が弱い」

「それな」

「さ、朝飯食うぞ」

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