第4話
〇
土曜日。
金曜日までは、ただの暇つぶししかしていなかったが、今日は違う。
昨日の内に近場のF級ダンジョンに8時集合と伝えていた。
前回同様に、他の探索者がいないF級ダンジョン受付建物で誰が早いか待っていると、知らない車が停まった。
出てきたのは教えるのが上手い知り合いだ。
下級ダンジョンだから装備もそこそこの物で、来ている。
名前は樋山祐樹(ひやまゆうき)25歳の探索者だ。
「おはようございます。樋山さん」
「岩沢さん、そんな畏まらなくても」
「年上で探索者歴上なのに丁寧に接してくれる人なんて、稀なんですから良いでしょう?」
「毎回この話してますからね。気にしないようしますよ」
話していると、受付建物の自動ドアが開いた。
生徒たちが揃って入って来たが、ドア前で止まったままだ。
「おい、早く入ってこい」
「樋山さんですか?」
「うん、そうだよ」
「岩沢、教えるの上手い人って、樋山さんか?」
「そうだ。俺よりも上手いらしいぞ」
「当たり前だろ。教育者って付けられるくらいだぞ」
「樋山さん、そんな面白い名前付いてるんですか?」
「岩沢さんと会って以降の話ですよ」
知らぬ間に知り合いが、面白い呼ばれ方をしていた。
それに割と知名度があるらしい。
生徒たちも知ってるくらいだから、ダンジョン配信とかだろうか。
生徒たちが来てすぐ、クラクションが鳴った。
黄色い箱型の車が見え、入口近くに停車している。
「受付済ましとけよ」
「岩沢さん、どこ行くんですか?」
「荷物取りに行ってきます」
「手伝いますよ」
「いいんですか? ありがとうございます」
木口さんの所に行くと、荷物を渡してくる。
しかし、樋山さんを見ると固まっていた。
生徒と反応が変わらない。
「え、樋山さん?」
「ええ、樋山です」
「え、岩沢さん?」
「教えるの上手いらしいぞ」
「B級繋がりですか?」
「別だよ」
樋山さんがいたおかげか、木口さんも手伝ってくれて運ぶのは早く終わった。
しかし、みんな樋山さんをずっと見ている。
これから指導するから、ずっといるのに物珍しさがあるのかね。
受付を終え、F級ダンジョンの1層に下りる。
探索者もいないため、広めの通路で樋山さんに指導してもらうことになった。
6人は緊張している様子が隠せていない。
練習が始まったら、集中して気にならなくなるだろう。
「おい、配信開始するぞ」
「岩沢さんがするの?」
「三脚に立てとけばいいだけだし、木口さんも樋山さんに教えてもらったらいい」
「ありがとうございます」
生徒たちの近くに並ぶ木口さん。
テンション高めで笑えてくる。
生徒たちはスマホをもって、配信開始の報告を行った。
「はじめたぞ」
「視聴者数は?」
「1万くらい」
「えーと、岩沢が教えるの上手い人連れてきてくれるって話覚えてる?」
〈それ、だれきた?〉
〈岩沢のしりあい〉
〈ふえてるなどうせつ〉
〈S級きたか〉
〈ふつうの人でも岩沢以上だろ〉
〈あいつが下手なだけ〉
〈樋山説隆司〉
言いたい放題されているが、生徒たちの反応からするとそういう感じなんだろう。
少しずつ視聴者も増えていき、誰が来るのかみんな楽しみにしている。
この視聴者を楽しませられるくらいの人なんだろうか、樋山さんは。
話が上手いとは聞いていないが。
「この人が来てくれました。どうぞ」
「岩沢さんから連絡もらって来た、樋山です」
「イエーイ」
「教育者が来たぞ」
〈ひやま!〉
〈せんせいきたぞ!〉
〈これで講習中止したんじゃ?〉
〈やはりひやま〉
〈B級の星〉
〈こいつら恵まれてんな〉
〈うらやましい〉
〈下手と上手いの差が〉
〈どういうつながり?〉
コメントが加速して見づらい。
だが、結構知られているようだ。
講習するって、世間に求められている人じゃん。
「今回、教えてくれと頼まれたんですけど、何を教えたらいいんでしょう?」
「岩沢?」
「魔力を自覚する。魔力操作、くらいかな?」
「ああ。岩とか言ったんですか?」
「そこまで進んでない」
「分かりました」
内ポケットからアウトドア用の椅子、ノンアルコールビール、辛いかき餅とピーナッツの菓子を取り出す。
カメラの後ろで組み立てたり、缶を開けたりしていたから、音はしっかり聞こえているようだ。
コメントで色々とバレていた。
それから練習の様子をボーっと見始める。
「まずは、魔法を使ってみよう」
それぞれが得意な魔法を使った。
ひろしは火の魔法。リカたんは水の魔法。1年男は土魔法、鈴木は回復魔法、1年女は強化魔法だった。
「みんな、無意識で魔法が使えるよね。それが重要だって言われてきたと思う」
「はい。すぐにでも反撃できるようにと」
「そう。でも、この前の岩沢さんくらい速く動けるようになりたいなら、魔力操作ができるようにならないと無理だ」
別に俺をダシにしなくても良くないか。樋山さん。
あの時の配信見たんだ。
カメラ以外がこちらを向いているのは、気恥ずかしさがある。
「例えだけど、みんなの魔力は今、大きさの決まった石だ。魔法とかスキルとかを使う度、1個ずつ使ってる」
「それだとダメなんですか?」
「魔法やスキルだけが使える探索者は、C級以上にはなれない」
「でもA級の『魔女』は魔法だけですよね?」
「そう、だけど彼女は状況に合わせて同じ魔法でも、威力を変えられる。魔力操作ができるから強い」
俺の知っている人かと思ったが、知らない人だった。
もしかしたら『魔女』と呼ばれているかもしれないが、威力は変わっていなかったからな。
それに『魔女』というより『魔法少女』の方が合ってた。
「それじゃ、今度は魔法を使って、魔力を意識してみよう。どういう風にあるのか、探ってみて」
樋山さんが言うと、一斉に魔法を使った。
しかし、1度では足りないのか何度も使い始める。
そして、30分が経過した。
「おい、ひろし。まだか?」
「血流とか言ってたやつか?」
「違う。お前の場合は体中にあるだろ」
「岩沢さん、それ分かりませんよ」
「マジで、樋山さん」
〈つまり?〉
〈どういうこと?〉
〈はっきりたのむ〉
〈わかりやすく〉
〈ひやまー〉
〈おい岩沢〉
「えーと、岩沢さんが言いたかったのは、体に満遍なく魔力があるっていうこと」
「うわッ!」
最初に反応を示したのは、リカたんだった。
カメラには、しきりに腕をみるリカたんが映っている。
顔が驚いたまま動かない。
「わかった?」
「はい、体中にありました」
「そんなに感覚派だったのか、俺」
結局、6人全員が魔力に気づけたのは12時になる頃だった。
最後は1年男が自覚でき、全員で食事をする。
「一旦配信切るぞ」
「はーい」
そうして食事が始まったのだが、俺は6人に聞きたいことがあった。
そこまで重要な疑問でもないのだが。
ただ、聞くのに少し躊躇いがある。
「お前らさ、名前なんて言うんだ?」
「岩沢さん……」
「樋山さん、どうしました?」
「みんな、自己紹介してあげてよ」
樋山さんが生徒たちを促し、自己紹介をしてくれた。
2年からのようだった。
ひろしが立ち上がる。
「高森洋(たかもりひろし)」
「私が2年の角川里香(つがわりか)」
「リカたん、な」
「1年、村上祥吾(むらかみしょうご)」
「もう一人の1年男が鈴木陽己(すずきはるき)」
「私は角川早紀(つがわさき)」
「ひろし、リカたん、村上、はるき、サキたん」
俺が覚えるようにと口に出すと、リカたんサキたんが顔で気持ち悪いと訴える。
男衆は何も気にしていないようで、食事していた。
ほぼ坊主のひろし、ロングヘアのリカたん、ファッションに気を使ってそうな村上、純朴な青年鈴木、ショートヘアサキたん。
あと1人名前が分からん。
「木口さんは?」
「木口陽菜(きくちひな)です」
「へー」
木口さんはショートヘアで、重くて持つことが難しいレベルのハンマーを武器にしている。怪力先生だ。
樋山さんが殴られた場合、耐えることはできないだろう。
戦闘でそうなることはありえないが、それだけの怪力を持っている。
「岩沢、興味ねーじゃん」
「わかるか」
確かに興味なかったな。
食後、20分くらいして配信を再開した。
周囲に魔物は来ることなく、快適に練習できている。
「今、みんな魔力を自覚できてると思う。次はそれを動かす、操作する訓練だ」
「あるのは分かるけど、動かすっていうのは?」
「みんなの魔力は石って言ったよね?」
「はい」
「体中に魔力でできた石があるの、分かる?」
「はい」
「それを動かす。まずは少しずつ動かす」
「少しっていうのは?」
「親指にある魔力の石を1個分動かす、くらいかな」
樋山さんの説明を聞きながら、自分の親指を見る。
俺自身の魔力は現状、水のように不定形だから分からん。
昔は生徒と変わらなかったと思うんだけどな。
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