ギルドからの依頼

「『リング』」


 物陰でまず指へと召喚した指輪を装着する。


「正直、正体隠すだけなら鎧一式で事足りるんだけどな」


 全身鎧で隠しているのが怪しいのか、巷で最強と言うことになっているからか、勝負を吹っかけてきたり絡んでくる輩も居るので指輪一つ省略できないのだ。これも強さのタネの一つであるから。


「とはいえギルド内で尋常沙汰はご法度だし、武器はナシだな」


 ただそこだけは省いて、召喚したフル装備を身に着ける。黒を基調とした禍々しいデザインの鎧は出来るだけ絡まれないようにと威圧感を与えることを狙ってのチョイスとなっている。もちろん防御力の方も市販の鎧が紙の鎧と思えるぐらいに強固だ。それでいて重量はゼロに等しい。召喚した装備と言うのが魔力で構成されているからなのだが、重い金属製の鎧を着込んだ重戦士がこれを知ったらふざけんなと叫ぶことだろう。


「俺としてはそれで助かってんだけどな」


 召喚術師は後衛職。普通、前に出て殴り合うような戦い方はしないし、魔力や術を行使するための集中力などが要求されるため、それらを高めるようなサークレットだとか法衣やローブを身に着ける。故に重い鎧を着こんでの戦闘の指南なんて召喚術師にしてくれる人物はいなかった。この鎧に見合った重量があったなら立ち回り方も解らなかっただろうし、そもそも慣れない防具の重さに動けず、動けてもすぐにスタミナが底をついてへばってたことだろう。


「さてと、行くか」


 だが、実際は重さもないが故にいつもと変わらぬ足取りで俺は物陰を出てギルドに向かう。

 当分仕事をせずに豪遊できるぐらいには召喚装備を装着しての冒険者事業で稼がせてもらっているが、名が売れてきてしまったが故に、時々指名依頼と言うものが入るのだ。


「『トルヴェリク城塞の防衛戦への参戦』か」

「はい。以前オーガーたちに奪われた城塞の奪還に兵力を差し向けると防衛線力が心もとなくなるとのことで」

「……引き受けた。ただし、現地である程度の自由裁量を貰えることが条件だ」


 城塞での防衛線と言う話だが、それが城塞前に出撃して迎撃するならいい。召喚装備の力を十全に生かした白兵戦が出来る。だが、城壁の上に陣取って弓や備え付けの巨大弓バリスタで迫ってくるオーガーを迎撃する所謂籠城に近い形だとやれることが極端に少なくなってしまうのだ。


「それは、はい。わかりました、先方にはそうお伝えしておきます」

「それならいい。それから送迎は不要と伝えておいて貰おう」


 指名依頼ともなるとたまに馬車などで現地まで送ろうと申し出てくるケースもあるのだが、俺はそれをすべて断っていた。

 そもそも、召喚装備で正体を隠している身の俺としては有難迷惑以外のなにものでもない。以前断り切れずに馬車に乗せられた時は依頼人と一つの馬車で延々揺られ続け、その間ずっと召喚装備を身に着け続ける羽目となったことがあり、気の休まる暇がなかったのを覚えている。


「現地には自分で出向く」


 正体を知られない為も含んでのマイルール。俺が実績を出しているのもあって、ギルドの受付嬢は何も言わず。


「用件は済んだ、俺はゆく」


 依頼の手続きが終われば、すぐに踵を返す。召喚術師の召喚には一括で魔力を消費し、召喚時にしか魔力が必要ないモノと召喚後に維持のため魔力を消費し続けるモノの2パターンがある。

 後者は前者と比べて召喚に消費する魔力がかなり低い。維持で魔力を持って行かれ続けるので維持時間によっては魔力消費が前者を上回ることもあるが、短期間の召喚なら断然後者の方が魔力消費は少ない。今回はギルドで依頼を受けてくるだけだったので俺は後者を選んでいた。長居したりもたつけばそれだけ魔力を持っていかれるのだ。そっけない態度だったかもしれないが、無駄な魔力消費を抑えるならああせざるを得ず。


「よし」


 尾行者が居ないのと周辺に人の目がないのを確認してから俺は召喚した装備を魔力に還元する。


「被召喚存在を構成しているのは、術者の魔力」


 召喚術師であれば常識として知っていることだが、被召喚存在が生身でないが故に例えば戦闘に喚び出して戦いの中で被召喚存在が死亡しても、被害は構成魔力が失われるだけで済む。

 魔力があれば再召喚で即戦線復帰させることも可能だし、被召喚存在に重度の負傷、部位の欠損などが起きても術者が魔力を継ぎ足すことで失われた部位を元に戻すことも可能だ。

 これだけ聞けば何故召喚術師が不遇職扱いされるのかと言うことになるが、これだけ便利な召喚術だからこそ消費魔力がべらぼうに多い。『生物』の召喚となると自身より格がいくつも下の生き物を召喚するだけで魔力の半分以上を持っていかれると説明すればどう不遇かわかるだろう。

 魔力消費は多いくせに大したモノは呼び出せない役立たず、この世界で召喚術師はそういう職業と見なされていた。

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