第3話
「昨日のうちに、君を探して街を走り回っていた騎士の方に、うちにいることと寝てしまったから朝送り出すと伝えておいたよ。食べたら、送っていく。エリアが昨日僕に話したことを、もう一度御父上に話してみたらどうだろう?」
「ありがとうございます。みなに心配と迷惑をかけてしまいました。盛大に怒られそうですわね…ちゃんと話してみます」
「エリア、君が本当に学びたいなら、うちで学べばいいよ。一応、弟子を取れるくらいの級位は持っているし。君が嫌じゃ無ければ…だけど。君の立場を考えたら、通い弟子になるだろうから、時間はかかるだろうけど」
「クレメンテ様…あの、あの…もし私が、全てを捨ててあなたの元に来たいと言ったら、それが許されたら、受け入れてくださいますか?」
「それは…弟子として?それとも…」
「どちらでも構いません。どちらにしろ、全てを捨てる覚悟です。こちらに来る時には、我が身一つで来ます」
「わかった。エリアが御父上に話をした後で、お時間を頂けないか聞いてほしい。どちらにせよ、エリアが本気なのなら僕も御父上と話をしなければいけないだろうからね」
「クレメンテ様?それは…受け入れて下さると…?どちらとして、なんでしょう?」
「どちらでも構わないと言ったよね?」
「はい」
「ならば、両方ってのは、厚かましすぎるかい?」
「…クレメンテ様っ!いいのですか?本当に?私はまだ、夢を見ているのですか?」
「エリア、エリアーデ、戻ってきて。その手を、頬から離して。僕を見て」
頬をつねっていた手を退けて目を上げれば、私をじっと見つめるクレメンテ様の黒曜石の瞳と視線がぶつかった。
「エリア、君が初めて会った時にしてくれたことを今度は僕が返すよ。僕は、自慢じゃないけど自分の事には結構無頓着だ。エリアが身だしなみや食事に気を使ってくれること、感謝してる。お客様からも、君のお陰でまともになったと言っていただくんだよ。銀細工しか能のない僕だけど、師匠として夫として君を大切にする。僕と、結婚してください」
「…もちろんですわ。銀細工を生業として、生涯あなたを支え、お傍に居ります。どうか、よろしくお願い致します」
「ありがとう。冷めてしまったけど、食べてしまおう。一度は、帰らなくちゃね。御父上も、相当に心配しているだろうから」
「はい」
それからの私は、自分でも驚くほどに行動が早かった。
成人の時に立ち上げた事業を人に任せるための準備も前から根回しはしていたけど、継母である第二妃を味方につけてもいたけど、全ての仕上げにかからなくては。
そう決めてからは、しっかりとした足取りでお城に帰り、お父様の時間が出来るまでの時間に手紙を書き上げ、挨拶に赴き、処分できるものとお返しするものの分別から荷造りの準備まで終わらせていた。
そして、お父様とのお話合いの時間。
お父様は、ごねた。大人げなく、ごねた。
同席してもらったお継母様が、呆れるほどに。
「あなた、わたくしは以前から相談を受けていました。内緒にしていたのは謝りますが、どうかこの純粋な気持ちを認めてあげて貰えないでしょうか。エリアーデの母上のユリア様はあなたと添い遂げたい一心で国を捨てて嫁ぎ、わたくしも同じ気持ちで嫁いで参りました。同じ女として、エリアーデの気持ちを無視することは出来ません。応援してあげたいのです。国の事は、あなたとわたくしとお腹の子とでやっていけるではありませんか。王女であれ平民であれ、エリアーデはエリアーデ。あなたと国の操り人形では無いのですから」
「セシリア…だが、前例がない。わしが寂しいというのは、横に置いておいたとしても、だ。王位継承権第一位の王女を、平民に降嫁させるなど貴族たちも黙ってはおるまい。それに、エリアーデが降嫁することでお前や腹の子に変な噂が流れたりもするのだぞ?」
「人の気持ちを失くした貴族などは、放っておけばよろしいのです。わたくしとお腹の子の事は、わたくしたちが仲睦まじく過ごし、エリアーデを応援して、エリアーデが幸せでいるのであれば、いずれ消えていく類いのもです」
「う…む…」
結局お父様は頷いてくれた。お継母様が味方になってくれてよかった。
その後は、クレメンテ様が来るためにお時間を貰う約束をして、部屋に戻った。
クレメンテ様に詳細を伝える手紙を書いて、荷造りの準備をして、きっとすぐに始まる書類地獄を乗り切るための英気を養った。
クレメンテ様とお父様は、どんな話をするのかしら。お父様は、クレメンテ様一人だけでの面会なら許すと言ったわ。ひどいことを言わないと良いのだけれど…
うとうととしながら考えていたけれど、泣いて腫れた目の重たさに負けて、すぐに眠ってしまった。
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