第2話
衝撃の出会いの日から一年半、適齢期の女性にやって来る婚礼の話が私もやってきていた。
流石に上位貴族のご子息ばかりだったけど、誰も彼もが私をエリアーデ個人としては見てくれない。
『王女の夫で次期国王』の座を虎視眈々と狙っているのが、ギラギラした目の色でわかる殿方ばかり。
理解もしていたし、それが宿命なんだと以前の私なら受け入れていたでしょうけど…
この頃では、銀細工の店にお買い求めに来る方々からも「すっかり押しかけ女房な弟子だねぇ」と声を掛けて頂くようになったし、クレメンテ様との仲も着実に近づいている。
そろそろ本気で押しかけようかと、焦る程には追い詰められてきていた。
「クレメンテ様、今日はもぅ作業は終わりですか?」
「えぇ、終わりますよ。エリアの髪飾りも佳境でしょう?集中してやりましょう」
「ありがとうございます。あの…この髪飾りが無事に完成したら、記念にお店でお茶でもご一緒頂けませんか?」
「良いですよ。ここ暫く、本気で頑張っていたのを見ていましたからね」
さぁ、これが完成したら、一歩踏み出そう。そう思って、小さな髪飾りの完成に向けてひたすらに頑張った。
一日一日と、完成に近づく。
仕上げ磨きの終わる頃には、もう少しだけ勇気が持てるだろうか。
その日も、お父様から2通の結婚の申し込みが渡された。
断るにせよ、ちゃんとお返事は書かねばならない。
どんな文面ならば失礼にならずにお断りできるのか、25通書き続けても分からない。
「エリアーデ、この2人は兎も角、いい加減誰かと会ってみてはどうだ?どんな相手なら会う気になる?」
お父様も下からつつかれ続けては負担にもなるだろうと思ってはいても、コレばかりはどうしょうもない…
しかも、全員会ったことならあるし、顔は知っている。
クレメンテ様ほど、素敵な男性では無いのも残念ながら知っている。
今回の方がたも、家柄は素晴らしく良い。ただ、1人は女を飾り程度にしか思ってないし、もう1人は女よりも剣に夢中で結婚に関しては親の言いなりとの事だと調べがついている。
この2人に嫁ぐのは、お父様でも反対だそうだけど、あまりにお断りしすぎて変なのからしか求婚がないという所まで来ている。
「ごめんなさい。誰でも嫌なのです。わたくしは…わたくしは…」
言いかけて言えず、思わず走り出していた。
気づけば、クレメンテ様のお店の前だった。
「エリア?何をしているんです!こんな時間に!護衛の方は、どうしたんですか?」
「クレメンテ様………私、私…」
「とりあえず、中へ。1人で出歩く時間じゃない。何かあったら、大変です。お茶を入れますから」
案内されたのは、階段を上がって2階の居住空間だった。
いつもは1階のお店兼工房だったから、妙にソワソワしてしまう。
食事を摂るためでは無い、柔らかく深く座れる椅子を薦められて座ると少しだけ身体が沈みこんだ。
隣に置いてある小さな台に甘く香るお茶を置いて、クレメンテ様が私の正面に椅子を持ってきて座った。
何度見ても綺麗な黒曜石の瞳が、心配そうに私を覗き込むのを何も考えずに見ていた。
「エリアが、前に気に入っていたお茶を淹れたよ。飲んで」
勧められて口をつけると、甘い香りのお茶にどこかホッとした。
「それで。どうしたのか聞いてもいい?君は何も無く、こんな無茶をする人じゃない。余程のことがあったんだよね?なにができるかは、分からないけど力になれる事なら協力する。教えて欲しい」
そう問われて、私はポツポツと喋りだした。
求婚を受けていることや相手の方の思惑も、それを拒絶してしまう気持ちと髪飾りを完成させたい気持ちも、銀細工が真剣に学びたい事も。
1番大きくて大切な気持ちは、涙に流されて言えなかった。
クレメンテ様は、相づちを打ちながらずっと聞いてくれていて、私は泣き疲れて眠ってしまっていた。
起きた私の目に入ってきたのは、かけられた毛布と椅子を二つ並べて横になっているクレメンテ様だった。
「クレメンテ様…?」
「あぁ、おはよう。目が腫れちゃったね。顔を、あっちで洗っておいでよ。あ、お化粧してるのか…ごめん、そういう所が気が付かなくて…」
「おはようございます。大丈夫です、薄くしかしていませんし。洗面を、お借りしますね。ありがとうございます」
寝顔を見られた恥ずかしさと、腫れた目をしたボロボロの顔を晒す恥ずかしさから、逃げ出すように洗面に向かった。
「エリア、朝食を作るけど、燻製肉の薄切りを焼いたものでいいかい?あとは、黒パンくらいしかないけど」
「ありがとうござます。大丈夫です。何なら何まで、すみません…」
後ろから、燻製肉の薄切りを焼く良い匂いがしてきて、キュルキュル~とお腹が鳴る。
バッとお腹を押さえて振り向くと、後ろを向いているクレメンテ様の肩が小さく震えているのが見えてしまった。
「笑わないでくださいませ…はしたないところばかり見られてしまっていますわね…ごめんなさい」
「いや?構わないよ。今までで一番、素の君を見れた気がして嬉しく思っているよ。ずっと、お利口さんにしているエリアしか見て来てなかったからかな」
「私は、顔から火が出て、穴があったら潜りたい気分なのですけれど…」
彼は、私の言葉にクスクスと笑いながら、食事を食卓に並べていた。
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